神戸『バカンツァ』の
安心・快適レイアウト術

神戸『バカンツァ』の安心・快適レイアウト術

「リストランテが今後10年を乗り切るためには、衛生面だけを考えていては足りない。安心に加え、心が潤うことも大事なんです」。島田シェフが豪快に笑った。

神戸・北野坂の魚介イタリアン『バカンツァ』の島田英明シェフが取り組んだ今回の改装は、以前の面影がほぼ見当たらないほどの劇的なビフォアーアフター。聞けば工期2カ月、総工費は1000万円以上。ここまで大々的な工事を施したのは、開店22年の中で3回目になる。
コロナ禍で困窮する中でかなり思い切りが必要な投資だったが、「僕は時代に合わせて店を変えていきたいタイプ。コロナ禍の今が、ある意味タイミングかなと」。
改装計画を練り始めたのは今年6月頃。「今(6月)はひと段落していても、きっと冬にもうひと波来る。出来る限りの備えをしないと後悔する」。やらない後悔よりもやって後悔する方がいいとの考えあっての英断だった。

最初に徹底したのは、島田シェフ曰く「レッドゾーンとグリーンゾーンという明確なエリア分け」。簡単に言うと、外界と直接繋がっているエリアがレッドゾーン。長いアプローチを抜けたテーブルフロアがグリーンゾーン。そのレッドゾーンに該当する入口すぐに手洗い場を置いたのは、真っ先に手を洗えるようにするため。その直線上にトイレを配置し直したのも、感染リスクが高いとされる場所だから。トイレと別に手洗いを設けたのは、トイレのドアノブを介しての感染が気になる向きにも配慮してのこともある。


肘まで洗える深さのシンクを備えたセンサー式の手洗い場は入口すぐの左脇に配置。白壁エリアは外界と同じレッドゾーンとして、店内とは壁色を塗り分けている。


トイレは手洗い場の奥に配置。扉は非接触式の自動ドアにしたかったけれど、必要なスペースが取れず断念。「気になる方は再び手洗い場で手を洗っていただければ」と島田シェフ。


手洗い場があるレッドゾーンからグリーンゾーンであるテーブルフロアへと繋がる長いアプローチ。気分を切り替えやすいよう、異世界に向かうような独特の雰囲気にした。

手洗いの徹底だけでなく、ガラリと趣を変えたテーブルフロアにも、明確な理由と目的がある。臨場感あるフルオープンの厨房は好評だったが、「お客様とスタッフの距離が近すぎるのは、感染リスクを高める一因。食材や食器が無防備な状態で晒されることもあり、今は控えるべきだと判断しました」。そうしてテーブルから充分な距離を取った厨房は、作業台を中央に置いたアイランド型の配置に。限られたスペースの中で、スタッフがある程度の距離を保ちながら作業をこなせるよう考えた結果だ。


中央に作業台を配した新厨房は、動線だけでなくスタッフが密にならないスペース取りも考慮したもの。

さらに細心の注意を払ったのが、感染防止対策に欠かせない換気システム。
「単純に換気を強化するだけでは、冷暖房の効率が下がって室温が安定しなくなる。客席の居心地も悪くなってしまうんですよ」。そこでテーブルフロアに導入したのが、三菱電機の"ロスナイ"と呼ばれる最新の換気システム。通常なら換気の際に捨てられてしまう室内の暖かさや涼しさを再利用しながら換気を行うもので、冷暖房への負荷を軽減しつつ、客席の快適性も保つことができるという。

と、これだけではまだ納得しないのが、島田シェフ。「客席とキッチンの空気の流れも、コントロールできるように策を練りました」とニヤリ。熱が籠もりやすいキッチンは、かなり強い排気が基本。だが、それにより客席の空気をキッチンへと引き込んでしまうので、スタッフとお客様との間での見えない接触が高まると危惧したのだ。

では、一体どうしたのか。

「排気だけでなく、吸気装置も厨房に設置。さらに各々の強度を調整できるようにしたんです」。
そうすることで、厨房と客席の空気が混入しにくくなるようコントロールできるのだという。つまり、各々のエリアで独立換気を行えるという訳だ。


キッチンの吸気と換気のバランスを細かくコントロールする装置の操作パネル。「これ、かなり効果ありますよ!」。妙に風を感じる寒い客席があるのも、実はこの吸気と換気のバランスによるもの。実は客席の快適性にも繋がる、ちょっと画期的なシステムだ。

加えて、暖房設備にも力を入れた。「通常の暖房だけでは、空気が乾燥してウイルス活性化につながるので」と選んだのは、バイオエタノールを燃料に燃える暖炉・エコスマートファイアー。「燃焼する際に水蒸気が出るタイプなので、加湿効果がある。それに炎のゆらぎにはリラックス効果もありますから、一石三鳥!」と熱弁する。

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バイオエタノールを燃料にした暖炉、エコスマートファイアー。燃焼中に水蒸気を発生するため、フロア全体を加湿することができる優れモノ。

席数は以前の約半数にあたる8席に減らし、各テーブルに消毒用アルコールを常備。任意ではあるが、ドリンクの注文を伺うと同時に、兵庫県新型コロナ追跡システムの登録を促している。思い付く限り、実現可能な範囲でのコロナ対策を施している様に見えるが、島田シェフにとってはこれでもまだ終わりではなかった。

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メニュー表の最初に、兵庫県新型コロナ追跡システムの登録用QRコードを掲載。任意での登録をお願いしている。

それが、この度の空間の大幅なイメージチェンジ。
何倍もかかる費用に普通なら躊躇するところだが、「単純にコロナ対策の設備を導入するだけでは、味気ない。店を選ぶ目がどんどん厳しくなっていく中、レストランとしての質も上げないと、お客様がついてきてくれない。何より、僕自身が楽しくない。そう思ったんです」。
今までがシチリアンで陽気な海の家だったとしたら、新生ヴァカンツァのコンセプトは、"深海の隠れ家"。
ブラックブルーで統一した洞窟的なほの暗いアプローチは、その始まり。ゆらめく炎が映えるテーブルフロアは、密やかでムーディーな照明にチェンジ。肌触りいい削り出しの椅子とサクラの木のテーブルももちろん新調。テーブル席から遠く見えるキッチンでシェフらが料理を仕上げる姿がまた、一枚の画のように美しい。
「世情に合わせて、賑やかに酔うよりも、心が安らいで品よく静かに過ごしたくなる店に変えたかったんですよね」と島田シェフ。味わいあるテクスチャーのグレーの塗り壁は、明石の白波をイメージして馴染みの左官屋に頼んだもの。壁に飾ったギターはかつて音楽の道を志していた島田青年の夢の欠片。BGMはシェフが大好きな西宮出身のミュージシャン、大橋トリオに。「大好きなものを集めてみたら、これが違和感なく馴染むんですよ」と満面の笑みを見せる。

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改装直前のテーブルフロア。カウンター式の作業台と客席との距離をあえて近くし、臨場感を意識したデザイン。見比べると、今回、椅子とテーブルも新調したことが分かる。

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改装後のテーブルフロア。打って変わってシックな雰囲気に。想い出のギターは「見る人が見たら興奮するだろう品」と笑う島田シェフ。

「僕ももう50歳。残りの料理人人生があと10年だと仮定したら、やりたいことをとことんやりたくなった。これはその始まりに過ぎないんです」。
立ち止まって後悔するより、リスクを背負ってでも挑戦することを選んだ島田シェフ。「僕の都合でやったことだから」と、ここまでの改装を経てもコース料理の価格は10000円のまま据え置くというのもまた、島田シェフらしい決断。
まさに勝負は、これからだ。
(撮影/岡森大輔 文/川島美保)

店舗情報

【住所】神戸市中央区山本通2-6-11 
【電話番号】078-222-0949

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