うつわ×食ジャーナル

茶陶400年の「朝日焼」がつむぐ、伝統×料理の豊かなストーリー

宇治・平等院の対岸、朝日山の麓にある窯元「朝日焼」。約400年前の慶長年間に始まり、初代が大名茶人の小堀遠州(こぼりえんしゅう)から窯名の「朝日」の二字を与えられた由緒があり、「遠州七窯」の一つとして知られています。茶碗や水指などの茶道具をつくる茶陶としての歴史を重ねながらも、近年は「お茶」から広がる新しいアイデアを発信。2017年7月には宇治川添いに新しい店舗『ASAHIYAKI shop & gallery』をオープンし、より柔軟で現代的な挑戦を続ける「朝日焼」の今をご紹介します。

撮影・文:沢田眉香子

茶陶をもっぱらにする窯は数あれど、朝日焼のユニークさは、八世以降、煎茶のうつわも手がけ始めたことにある。侘びた素朴さが好まれる抹茶の道具と、風雅で繊細な煎茶器。現在も、その両方を制作している。

jor0006サ蜒十IMG_7052朝日焼は「きれいさび」という美意識を打ち立てた小堀遠州ゆかりの「遠州七窯」に数えられる。刷毛目が素朴な抹茶茶碗は、野趣と上品さが調和する。

jor0006サ蜒十IMG_7035煎茶の窯が提案する、日常で使いやすい急須と茶杯。涼やかな青磁は煎茶の世界で尊ばれた色だ。

jor0006サ蜒十IMG_7038X朝日焼の精神を表現した言葉「河濱清器」の名をつけた茶箱。箱は宇治の家具工房『永野製作所』、茶筒は『開化堂』製。

さらに、朝日焼十六世の当代・松林豊斎(ほうさい)さんは、京都の伝統工芸を現代のアートやデザイン、プロダクトに展開するプロジェクト「GO ON」のメンバーとして、国内外のデザイナー、クリエイターとのコラボレーションも行い、茶器だけでなく、和洋の料理店とのうつわのコラボレーションや、受注制作にも取り組んでいる。

最近のプロジェクトの一つが、京都・東山のイノベーティブ・フュージョン料理『LURRA˚(ルーラ)』と制作した「ポーセリンカップ」。
「レストランさんとのお仕事は、まず料理人さんとのディスカッションから始まります。『LURRA˚』には薪の火で料理をするというスタイルに、登り窯でやきものをつくる朝日焼との共通性、通じ合う世界観を発見しました」と、コラボレーションを担当した『ASAHIYAKI shop & gallery』の店主・松林俊幸さん。

「オリジナルカクテルのための特別なカップをつくりたい、という希望でしたので、普段、朝日焼でつくっている煎茶杯の、飲み口の広がった形を生かして、香りの広がりを味わっていただけるカップを提案しました」。

jor0006サ蜒十IMG_7040登り窯で焼かれたポーセリンカップ。1点ずつ表情が違い、味わい深い。「ワインにも合う」と評判。プロダクトとして販売もしている。

jor0006サ蜒十0006_originalガラス質の釉薬に入ったヒビ=貫入が一つ一つのうつわに個性を添える。使い続けるうちに貫入がくっきりして「育って」くるのも楽しみだ。

やきものには、土っぽい陶器と、硬質な磁器(一般に“せともの”とよばれる)があるが、レストラン側の希望は、磁器のグラス。それも、ガスや電気窯で焼いた均一な仕上がりではない、昔ながらの登り窯の薪の火で焼いた素朴な風合いのあるものだった。

そこで、豊斎さんは「朝日焼ではしばらく途絶えていた、登り窯で磁器を焼くことを何十年ぶりかに復活させました。昔は登り窯ではサヤ(覆い)に入れて磁器を焼きましたが、今回は釉薬のムラや焼き上がり、生地の上に灰が降りかかってできたシミなど、一つ一つ表情の違いが出るよう、サヤに入れずに焼くことにしました」。

工房の職人たちによって完成したカップは、手触りはあたたかく、色ムラ、細やかな貫入が味わい深い。煎茶杯に脚がついたような独特の形だ。茶杯の広がりは茶の香りを立たせるためのものだが、その働きをお酒のうつわに生かした。これでワインを飲むとグラスより、香りもふんわりと広がると好評だ。

jor0006サ蜒十0003_original「ポーセリンカップ」は、『LURRA˚』でカクテルを出すカップとして使われている。煎茶杯の、お茶の香りを立たせる形状を生かした形だ。

朝日焼では、近年、レストランやホテルで使ううつわをトータルで制作する仕事も受注している。レストランでは、和食器にはない形のボウルやフラットな皿も必要になるが、様々なうつわの形に対応できるのは、朝日焼が、陶器と磁器の両方をつくる技術があり、釉薬にも幅広いバリエーションを持っているから。さらに、代々が茶人の注文制作で「好み」を形にしてきた中で培って来た柔軟性、そしてコミュニケーションの経験値も生きているのではないか。

俊幸さんは「料理とうつわは同時に歩んできたものですから、西洋料理の文化が、やきものの世界に入ってくるのは自然なことだと思っています。うつわの持つ力を、料理人さんに改めて感じていただいて、価値を見出してもらいたい」と言う。

豊斎さんは、収める先のニーズに応じながらも、あくまで「朝日焼らしさにこだわりたい」と言い、「まだまだ多くの料理人さんは、うつわを“手段”でしかないと考えているかもしれませんが、料理人さんの思いと重なりあって食の表現を伝わりやすくするのが、うつわの使命」と、うつわと茶陶に共通する心を語る。

和のうつわが洋の料理に用いられると、フュージョン的な新鮮さがあるが、歴史あるやきものには、それ以上の「食を特別なものにする何か」が宿っている。朝日焼にうつわをオーダーした東山のホテルは、京都の市街地で唯一、登り窯の火を保っている朝日焼を、ホテルがある清水の地の文化と重ねることで、そこでの食の体験をより豊かにしようと試みている。

伝統の窯の持つ歴史と土地の味わいとが、料理人、そして食事する人のインスピレーションを刺激することで、新しいストーリーが生まれてゆく。

jor0006サ蜒十IMG_7049D2017年に『Asahiyaki Shop & Gallery』をオープン。宇治川を見渡す開放的な空間で400年の歴史を持つ「朝日焼の現在」に触れられる。

jor0006サ蜒十IMG_7057店舗エントランスにある釉薬のテストピースのモザイク。下から上へと古今の「朝日焼の色」の釉色の展開を、目で見ることができる。

jor0006サ蜒十IMG_7060抹茶、煎茶、そして現代の茶器への展開。シグニチャーともいえる「月白釉」×黒のツートーンのカップ。デザインは京都『sfera』眞城 成男氏。

jor0006サ蜒十IMG_7033ティーバッグが主流になっている紅茶の本場、イギリスに向けて、リーフティーを楽しむための茶器を提案。日本の茶陶の窯が、お茶の美味しさを世界に伝える。

jor0006サ蜒十IMG_7065D『ASAHIYAKI shop & gallery』の店主で、さまざまなプロジェクトのディレクションを務める松林俊幸さん(左)と、兄で朝日焼十六世の当代・松林豊斎さん(右)。家業の茶陶を制作する。

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