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江戸時代の「肥後御国酒」を復刻! 熊本『花の香酒造』の「赤酒」

遡ること400年以上前、安土桃山時代から江戸時代にかけて、肥後の国(現:熊本県)を治めていた加藤清正公、その後の細川家により「肥後御国酒」として庇護され、大切に受け継がれてきた「赤酒」。熊本では今なお、お屠蘇(とそ)やお神酒(みき)、祝い酒、あるいは料理酒として愛され続けているお酒です。
そんな中、近年、日本酒の「産土(うぶすな)」で注目を集める『花の香(はなのか)酒造』(熊本県和水町)が、2022年11月、伝統製法を用いて徹底的に味わいを追求した赤酒を発表。こだわりの造りを見てみたいと、共に熊本・天草出身の『天ぷら ぬま田』(大阪・北新地)店主の沼田和也さんと、沼田さんの右腕で『天星 はなれ』店長の坂田勇太さんと共に現地へ訪れました。

文:寺脇あゆ子 / 撮影:竹内さくら

目次

熊本・天草出身の沼田和也さん(左)と、同じく天草出身の坂田勇太さん。1985年生まれの沼田さんは、高校卒業後、辻󠄀調理師専門学校に進学し、卒業後は日本料理店を経て26歳でカジュアルに天ぷらを味わえる店を開く。その後、天神橋筋六丁目に天ぷら店『沼田』や、本格的ながら気軽なスタイルの『天星』を開業。2020年秋、『沼田』は北新地に移転。ミシュランガイド大阪2023では二つ星に掲載されている。
『花の香酒造』の六代目・神田清隆さんは1977年生まれ。2011年に34歳の若さで蔵を継ぎ、再建に尽力してきた。短期間で酒質を向上させ、「花の香」(2015年リリース)や「産土」(2021年リリース)で日本酒業界の注目を集める。2021年には今後、馬耕で活躍する予定の在来馬「菊之進」が仲間入り。熊本在来種「穂増(ほませ)」の栽培にとって重要な役割を担っている。
2023年6月下旬、鳥取で馬耕を行なう岩田和明氏と2頭の馬を招き、馬耕を実施。トラクターとは異なり、練ったようなとろとろの土壌になるという。
2019年の赤酒免許取得から毎シーズン醸されてきた4シーズン分をアッサンブラージュした2021ヴィンテージの「赤酒」。貴腐ワインを思わせる気品あふれる味わいが楽しめる。
熊本県の北西、現在の熊本県玉名郡和水町(なごみまち)にある『花の香酒造』。自然豊かな山々や田園、川に囲まれた場所に蔵を構えている。販売・試飲スペースも。

“産まれた土地”で最高の酒造りを目指す

早朝の新幹線に乗り、新大牟田(おおむた)駅で下車。福岡と熊本の県境を超え、車で約15分走った和水町(なごみまち)に『花の香酒造』はある。

今回、同行いただいた『ぬま田』の店主・沼田和也さんと、沼田さんの右腕として系列店の『天星 はなれ』の店長を任される坂田勇太さんは、ともに熊本・天草の出身。全国から極上の食材を厳選する中で、自然と熊本の食材も組み込むようになったという。

「私たちのお店でも、『産土』を使わせていただいていますが、すっきりとした呑み口で、天ぷらの油をスーッと切ってくれるんです。お客様からも大変美味しいとお褒めの言葉をいただいています。その『産土』の蔵元であり、昨年11月にリリースされた『肥後御国酒 赤酒 花ノ香』のことも教えていただけるとあって、とても楽しみにして来ました」と、沼田さんたちは目を輝かせる。

一方、「昨日まで馬耕(馬と共に土を耕す作業)をしていたんですよ」と話すのは、『花の香酒造』六代目の神田清隆さん。2011年に経営難の蔵を継ぎ、2015年には日本酒の「花の香」を、2021年には「産土」をリリースするなど、国内外で注目を集める杜氏の一人だ。

「『産土』とは、日本に古くから伝わる“産まれた土地”“土地の神々”という意味の言葉。産まれた土地で、土着の環境と文化を守りながら、ここにしかない最高の酒造りを目指すというのが、『花の香酒造』の哲学です。今年から馬耕を始めたのも、この『産土』という哲学に基づいているんですよ」と、神田さん。

江戸時代の赤酒を現代に蘇らせる

そもそも、赤酒とはどのようなお酒なのか。大きな特徴の一つとして、灰持(あくもち)酒であることが挙げられる。灰持酒とは、木灰を投入して保存性を高めた日本古来のお酒で、熊本の赤酒の他にも、鹿児島の「地酒」、島根の「地伝酒」が現存する。

灰で酒の酸を中和することで、もともと酸性だった酒が中性、もしくは微アルカリ性に変わり、成分中の糖分が褐変反応やメイラード反応を起こす。酒の色が茶褐色に変化することから、赤酒と呼ばれるようになったとか。

「南九州では古くからこんにゃくや灰汁(あく)巻きなど、食品の保存性を高めるために灰を用いる文化がありましたので、お酒に関しても保存性を高めるために木灰を入れるというのは当然の流れだったのでしょう」と、神田さん。加熱(火入れ)することで殺菌し保存性を高める「火持酒」の製法が生まれる以前は、灰持酒が全国で造られていたという。
「私たちの地元・天草でも、お正月にはお屠蘇として赤酒をいただいていました。熊本県内の多くの家庭では、年末になると赤酒を常備するんですよ」と、沼田さん。


かつてフランスでワインの醸造哲学を学んだ神田さんは、テロワールという言葉と出合い、受け継いだ蔵で赤酒を復刻させることを決意する。
「土地それぞれに永く守り伝えられていた文化、その哲学と意志こそがテロワールの根幹です。日本の『産土』を考えた時、現代に蘇る江戸時代の赤酒のイメージが明確に湧いてきました」。

構想から約3年。2022年11月29日、「肥後御国酒 赤酒 花ノ香」は復刻を遂げた。



米と木灰のみで醸す極めて貴重で高貴な酒

『花の香酒造』では、6月から7月にかけて「赤酒」づくりが行なわれる。この時季は、日本酒の「花の香」や「産土」の造りが終わり、9月から始まる仕込みまでの期間だ。

伝統的な木桶を用い、江戸時代の製法に習って清酒と同じ製法で醸される赤酒。異なるのは、「五水(ごみず)」で醸されることだ。五水とは、米10石に対し、仕込み水5石を使用したもの。清酒は「十水(とみず)」で醸されたため、赤酒は米に対する水の量が約半分となり、米の濃厚な甘みと、まろやかなとろみが強い酒となる。近年、多くの赤酒が醸造用アルコールやうま味成分を添加して製造される中、『花の香酒造』では米と水、木灰のみで造られている。

「元禄時代までの酒宴は、甘く粘稠(ねんちゅう)な酒だけを少しずつ嗜むスタイルで、料理と共に楽しむものではなかったようです。細川家の庇護により品質を高めてきた赤酒は、大変貴重で高貴なお酒でした。私たちは、徹底的に味わいを追求し、その当時の赤酒を復活させたいと考えました」と、神田さんは語る。

また、味わいを追求した結果、一般的な三段仕込みに3〜5年物を加える四段仕込みを行なうことで、極めてきれいな甘さを引き出すことに成功したのだ。

料理酒としてはもちろん、デザートワインとしても活躍!

木灰を投入する様子や田んぼなどを見学し、「赤酒」を用いた料理を試食した後に訪れたのは、かつて使われていた道具や造りの工程を展示するギャラリー「花回廊」。沼田さんと坂田さんは、立派な庭を臨むテイスティングバーで試飲を行なった。

「とても美味しいですね。子どもの頃から慣れ親しんでいた赤酒とは全く違います。これは料理酒としてだけでなく、ソーテルヌのようなデザートワインの代わりにもなるし、チーズやバニラアイスと共にいただくのもいいかもしれません」と、沼田さん。

その様子を見た神田さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「大自然に囲まれた蔵だからこそ、和水町と菊池川流域の自然環境や生態系を守っていかなければいけません」と、熱く語る神田さん。

土着の環境と文化を守りながら「ここにしかない最高の酒造りを目指す」神田さんたちにとって、赤酒の復刻は、まだ序章に過ぎないのかもしれない。

取材の日、蔵人たちが熊本の在来種「穂増(ほませ)」の苗を1本1本、手で植えていた。また、6月10日には地域の人々から広く参加者を募り、田植え体験や農耕儀礼の「早苗饗祭(さなぶりさい)」が行われた。
『花の香酒造』の赤酒造りでは、粒子の細かさが異なる2種類の樫木の灰を混ぜて使用する。
混ぜた木灰を木桶の中のもろみに入れ、中和させる。米と水、木灰以外は一切使わない、江戸時代の製法を守り続けている。
江戸時代から大正時代までは当たり前だったという木桶醸造。菌や微生物を大切にする酒造りは、『花の香酒造』の哲学でもある「産土」には欠かせない要素の一つだ。
自然農法で育てられた地元野菜で作られた料理。「赤酒」を使ったものと使っていないものを食べ比べたところ、沼田さんは「赤酒を使った方がキレが良く、食材の苦味が料理に生きていますね」と話していた。
写真左から「産土2022山田錦」「花ノ香 赤酒」「産土2022穂増」。

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