産地ルポ これからの和食材

奈良・五條『アスカグリーンファーム』の白いキクラゲ

奈良県南部、五條市の吉野川沿い。この空気が澄んだ土地で、近年、料理人の間でウワサされるキノコが育てられているという。それは、真っ白で、純国産、そして無農薬のキクラゲ。その他にも“ここだけ”の栽培技術やこだわりがあると聞き、『アスカグリーンファーム』へ向かった。

文:柴田くみ子 / 撮影:太田恭史

目次

『アスカグリーンファーム』(株式会社エー・ジー・エフ・ホールディングス)取締役 営業統括本部長 蔡 顯人さん。古くからの友人でもある社長・山本人彰(ひとあき)さんの助っ人として、2017年に流通業界から転身。営業経験を生かし、キクラゲの広報活動から販売促進、商品企画まで幅広く担当する、自称“なんでも屋”。
敷地内には、湿度と温度を一定に保つ空調設備を備えた栽培ハウスが建ち並ぶ。稼働中の3棟に加え、今年中にはさらに3棟が完成する予定。1週間前までに予約をすればハウス見学も可能。

1/10000の奇跡が生んだ唯一無二のキクラゲ

キクラゲといって思い浮かぶのは、中国料理の炒め物などに入っている茶色っぽいプルプルのアレ。和食では細く刻んだ佃煮や飛竜頭(ひろうす)の中に入っている“脇役”のイメージが強い。ところが、それとは違う希少な“白いキクラゲ”を育てている農場があるという。「味にクセがなく、五味五法、どんな料理にも応用できる上、1年を通して使える」と和食料理人の間でも噂の白いキクラゲを求め、五條市を訪ねた。

「白キクラゲと“白いきくらげ”は、全く別物なんですよ」。
吉野川のほとりにある『アスカグリーンファーム』で迎えてくれたのは、取締役 営業統括本部長の蔡 顯人(さい けんと)さん。
蔡さんによれば、ここで菌床栽培されているのは、あの茶色っぽいキクラゲの突然変異種で、生まれる確率はわずか1/10000だという。その希少な白いキクラゲの菌を培養し、安定的に栽培できるようにしたのが、「白い明日香きくらげ」なんだとか。



プルプルで真っ白な純日本産

今、日本国内に流通しているキクラゲは95%が中国や台湾、ベトナムから輸入されたもので、国内で栽培されているのはわずか5%。
「国内産の中でも、菌床の原料となるオガクズの製造から栽培まで、全てを国内で行う純国産は1%にも満たないんです」。
しかも輸入品のほとんどは乾燥させたもので、「明日香きくらげ」のようにフレッシュな状態で出回っているものは特に珍しい。
「その中でもうちは“無農薬、無添加”にこだわっています」。

2004年に設立された『アスカグリーンファーム』は、もともと大和野菜の栽培を中心に手がけてきた農業法人。だが、野菜生産だけではなかなか収益が上がらないことに悩んでいたある時、山口県で「純国産の無農薬キクラゲの栽培に成功した農家がある」と聞き、社長の山本さんはそこに新たな可能性を見出した。

2015年から新たな事業として栽培をスタートさせ、並行してキクラゲの生態や栄養素などを解き明かすためのラボも設立。研究開発の中で生まれたのが、突然変異の白いキクラゲだった。大学の薬学部などと連携して食品分析したところ、「素晴らしく栄養価が高い食品であるというお墨付きをいただきました」。


早速、栽培ハウスへと案内していただくことにすると、蔡さんから「納豆は食べてませんよね?」と念押しが。実は事前に「取材の4日前からは納豆は食べないでください」と強く釘を刺されていたのだ。
キクラゲは、一般的なキノコに比べてとても繊細で、納豆菌や麹菌が侵入すると、飛沫一つでハウス1棟丸ごと死滅ということもあるからだ。
もちろん我慢してきたことを伝え、栽培ハウスの中へ。

遮光されたハウスの中には、菌床棚がびっしり。キクラゲが健康的に育つよう温度は22〜25℃、湿度80〜90%に保たれているのだが、実はこれ、カビにとっても快適な環境。
「毎朝チェックして少しでも兆しがあれば取り除く。カビとの戦いです」。

成長の度合いを見て、噴霧器から出るミストの量を調整したり、菌床の場所を移し替えたり。収穫できる12㎝程度までの大きさになるまでおよそ3週間、大切に見守り育てられる。

収穫作業ももちろん手仕事だ。真っ暗なハウスの中、懐中電灯で照らしつつ、傷つけないようにスプーンで丁寧にこそげ取る。
収穫されたばかりのキクラゲは、透き通るように真っ白で表面はしっとり。肉厚のボディはグミのようにプルプルで弾力もしっかりしている。

変幻自在の“無垢”な素材

「無味無臭なので料理の中では食感の役割を担っているだけと思われがちですが、キクラゲは優れたパワーフードなんです」。

なんでもビタミンDや不溶性食物繊維が豊富で、カルシウムやコラーゲンもたっぷり。免疫力アップやアンチエイジングにも効果が高く、かの楊貴妃も好んで食べたというから、女性客には特に喜ばれそうだ。

収穫後はすぐさまボイルし、冷凍保存。それを解凍しただけのフレッシュなものを試食させてもらうと、刻んでポン酢をかけたものはコリコリと小気味好い歯ごたえ。白い色の魔力か、コラーゲンそのものを食べているような気分にもなる。肉厚で大きなサイズのものは、歯を押し返すような弾力がすごい。

フレッシュで味にクセがないので、どんな食材とも合わせられそうだ。
献立に取り入れたことがある料理人に話を聞いてみると「酢の物、あんかけ、小鍋となんでもいけますが、特にスッポンの上品でコクのあるだしに合わせると絶品です」とは、心斎橋の日本料理『翠』の店主・大屋友和さん。
河内長野の日本料理『喜一』の二代目・北野博稔さんは「胡麻和えや魚介を使った椀物によく合いますね。珍しい食材なので、お客さんから『これ何?』と聞かれることも多く、会話のきっかけにもなっています」と話す。ちなみに、加熱してもコリコリ食感は変わらないが、ミキサーにかけると山芋のようなとろみが出るという。

味付けや調理法次第でどんな料理にも向く変幻自在の「白いキクラゲ」。料理だけでなく、アイスクリームなどと合わせてデザートにもと、アイデア次第で可能性は無限に広がりそうだ。


1棟のハウスに並ぶ菌床の数は約4000床。年間で約50トンの収穫量を目指している。収穫された白いキクラゲは、石づきを取ってサッとボイルした後に急速冷凍し、出荷される。
収穫作業はヘッドライトの灯りが頼り。(周りにギザギザのあるイチゴスプーンで)柔らかい肌を傷つけないよう一つひとつ丁寧にこそげとる。
菌床からニョキニョキと出始めてから約3週間で収穫できる大きさに成長する。
現在建設中の栽培ハウスには、最先端技術も導入。菌床の製造から手がける『アスカグリーンファーム』では、キクラゲ栽培のノウハウを収益の上がるビジネスモデルとして確立。「高齢化や離農などの問題を抱える日本の農業に一石を投じたい」という。
『アスカグリーンファーム』の目の前を滔々(とうとう)と流れる吉野川。
大和野菜の畑。役目を終えた廃菌床に鶏糞などを混ぜた堆肥で栽培する循環型農業を実践している。
「明日香きくらげ」は、フレッシュな状態で冷凍したもの(上)と長期保存が可能な乾燥品(下)がある。白いキクラゲは変色を防ぐため収穫後すぐにボイルしてから冷凍される。キクラゲそのものは無味無臭だがイノシン酸が豊富なので、鍋や椀物などに入れるといいだしが出る。現在、生の「明日香きくらげ」がスーパー『オークワ』(大阪・奈良・和歌山にある30数店舗)や、生協(市民生活協同組合ならコープ)などで販売中。

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