料理のうつわ十問十答

師走のうつわ選びは難しい!?

秋風が立ち始めると季節は急速に冬へと向かいます。今回は、『菊乃井』の村田知晴さんが、「冬のうつわのことを改めて知りたい」とリクエストし、冬ならではの文様や形状などを学ぶ十問十答に。ところが、『梶古美術』の梶 高明さん曰く「錦秋と新春に挟まれた12月のうつわが一年で一番難しいんですよ」。その理由とは? 「文様の意味合いを読む」ことの大切さとは? 梶さんが師走向きとして提案するうつわも必見です。

文:梶 高明 / 撮影:内藤貞保
答える人:梶 高明さん

『梶 古美術』七代目当主。その見識と目利きを頼りに、京都をはじめ全国の料理人が訪ねてくるという。朝日カルチャーセンターでは骨董講座の講師も担当。現在、「社団法人茶道裏千家淡交会」講師、「NPO法人 日本料理アカデミー」正会員、「京都料理芽生会」賛助会員。
梶 古美術●京都市東山区新門前通東大路通西入ル梅本町260 
https://kajiantiques.com/

質問する人:村田知晴さん

1981年、群馬県生まれ。『株式会社 菊の井』専務取締役を務めながら、京都の名料亭『菊乃井』四代目として料理修業中。35歳で厨房に入り、現在5年目。「京都料理芽生会」「NPO法人 日本料理アカデミー」所属。龍谷大学大学院農学研究科博士後期課程に在籍し、食農科学を専攻している。

共に学ぶ人:梶 燦太さん

1993年、梶さんの次男として京都に生まれる。立命館アジア太平洋大学国際経営学部を卒業後、『梶 古美術』に入り、現在2年目。八代目となるべく勉強中。

(第1問)

冬らしいうつわの文様とは?

梶 燦太(以下:燦太)
今日は「冬のうつわを知りたい」という知晴さんのリクエストに応えて、幾つか出しておきました。
絵柄としては、雪松、槍梅などがあります。雪松は、松に雪が積もる様子。槍梅は、槍のように真っ直ぐ伸びた枝に梅の花やつぼみを描いたものです。水仙も冬の文様ですね。
梶 高明(以下:梶)
といっても、どれも正月が明けてから使ううつわですね。
「松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)」という有名な禅語で語られるように、松は千年の常盤木(ときわぎ)で、年中豊かに翠をたたえていて、昔から貞節・長寿・繁茂の象徴なのです。その松の持つ意味に純白の雪の清廉さを合わせて愛でれば、益々お目出度いうつわだということです。
冬に可憐な花をつける水仙は、中心部の黄色い副花弁を金の盃に、白い花弁を白銀の台に見立てて金盞銀臺(きんさんぎんだい)という名前で歌に読まれることもある吉祥の花で、新春を寿ぐ文様としてうつわに描かれてもいます。
槍梅は、やはり寒梅の季節、つまり節分の頃から用いるのがいいのですが。節分と言うのは立春の前日で、だいたい旧暦ではお正月にあたるのです。今の新暦ではお正月が1月1日に固定されましたから新春とはいっても冬の真ん中になります。ですから、少々気が早くても華やいだ正月の気分で梅の文様のうつわを使うのもありですね。
村田知晴(以下:村田)
となると、どのうつわも12月にはお出しできないですよね?
梶:
そうなんですよ。師走というのは難しい月ですよね。12月13日にお世話になった人にご挨拶を終えて、お正月の準備を始めるのが事始めの意味ですから、クリスマスや歳末の売り出しのような街の賑やかさとは異なって、茶会や行事などもぐっと少ない月なのです。

(第2問)

12月のうつわの選び方は?

村田:
なぜ12月は難しい月なんですか?
梶:
日本には「先取り」「先駆け」という美意識があるでしょう。例えば桜の掛軸でも、桃の節句が終わって、桜のつぼみが付くか付かないかの頃から飾って楽しむ。満開になった頃には、もう次の季節の掛軸に替えていきます。まるでクリスマスケーキみたいで、24日以前に家に買って帰ると喜ばれるけれど、クリスマスが終わってからでは「なんで買ってきたの?」と冷めた目で見られます。
ところが、師走の時期に先取りするとしたら新春になってしまう。「良いお年をお迎えください」とご挨拶をしたお部屋にお正月の日の出の掛軸が飾ってある…というのはやはりおかしいですよね。同様に、明らかに正月のイメージのうつわは12月には使えないでしょう。これが、先駆けが出来ない師走という月だけにある難しさなのです。
村田:
なるほど…。では、12月だけに使ううつわというのは無いのでしょうか?
梶:
一つ、コレというものがあります。樂の「柚味噌(ゆずみそ)」です。
まさに、風呂吹き大根に柚子味噌をかけた料理のためにつくられたものです。冬至の頃に柚子が完熟し、大根も美味しくなる。まさに12月にぴったりのうつわでしょう。千家三代目の宗旦のお好みで樂家四代の一入が手掛けたと言われるうつわですが、以来、代々の樂さんがつくっています。樂家のうつわの中でも、もっとも数が作られていることから想像すると、11月になって夏の風炉から冬の炉の設えに変わり、炉開きの茶会以降の寒い時期には柚味噌大根がいかにご馳走だったかがよく分かりますよね。

ten0008 b左は樂八代・得入造、右は十代・旦入造の柚味噌皿。樂家が古い時代から手掛けている向付。

村田:
料理名のついたうつわというのは珍しいですよね?
梶:
「柚味噌」くらいだと思いますよ。でも、僕は京都のお料理屋さんで、12月にこのうつわを使って柚子味噌田楽をいただいたことがないのです。もし、そんなことがあったら、風情たっぷりで粋やな~と感激するでしょうね。

(第3問)

クリスマスを意識した和食のうつわとは?

村田:
冬至や年越しにちなんだうつわというのは無いのでしょうか?
梶:
ちょっと思いつかないですね…。でも、冬至と年越しの間に、日本中が沸く行事があるじゃないですか。クリスマスです。ジングルベルも師走に入った瞬間から鳴っているような感じでしょう。和食でも、師走だけれどガラスのうつわが持つ西洋文化の香りを使って、華やかな演出をするというのも手だと思うんですよ。
村田:
クリスマスを日本料理に取り入れるという発想はなかったです…。
燦太:
今はクリスマス茶会なんかもありますし、違和感ないんじゃないかな、と思いますよ。
梶:
日本人はクリスマスを独特の感性で捉えているでしょう。キリストの誕生を祝うというより、カップルで過ごす華やかなイベントごとみたいな。
そういう日本のクリスマス文化を和食の世界もある程度取り入れていいのではないでしょうか。例えば、これはバカラのデキャンタなんですが、金彩があって華やかでしょう。ここにちょっといい日本酒を入れて、「今月はクリスマスがありますので、お遊びでデキャンタを使ってみました」とお出しするなんて、洒落ているじゃないですか。

ten0008 c左はバカラ エリザベートスモールグラス。右はバカラ 金彩デキャンタ。「金彩と背の高い形がツリーを思わせ、ガラスの栓は先端の星のよう。先日の茶会では、このアンティークバカラにカニ酢を入れて、皆さんのうつわに注いで回りましたが、喜ばれましたよ」と梶さん。

(第4問)

義山(ギヤマン)は、どんなうつわ?

ten0008 d

ten0008 e義山青鉢(上)、義山赤鉢。透明ガラスに色ガラスを重ねてからカットされたアンティークのバカラ。「私が最初に参加したオークションで見かけて、美しさに釘付けになったのですが、価値も分からずいたら400万円で誰かに落札されて…。以来忘れられなかった鉢です。長い年月を経て手に入れました」。

燦太:
クリスマスカラーの緑と赤のガラス鉢を組み合わせるというのも12月にはいいですよね。
梶:
これは明治期のバカラで、日本人が注文してつくらせた籠目模様と呼ばれるものです。竹細工の籠の編み目のようなラインでカットが入っているでしょう。
村田:
カットガラスのうつわは、うちでもよく使います。これは義山(ギヤマン)ですよね?
梶:
そうです。義山は、オランダから伝わった分厚いカットガラスのうつわ、つまり切子ガラスのことです。
ガラスは平安時代までは我が国にもありました。勾玉(まがたま)などがそうですね。ですが、なぜか廃れて日本の歴史から消えてしまいました。
時は流れて戦国時代、鉄砲伝来と共にポルトガルから吹きガラスのビードロが伝わりました。ですが、ポルトガルはキリスト教を布教し、それを足がかりに日本を植民地化しようとした。これに怒ったのが豊臣秀吉で、バテレン(宣教師)を追っ払ってしまいます。
でも、西洋の技術や品物は欲しいということで、徳川家康の時代に、オランダとの交易を始めた中で渡来したガラスが義山なのです。
村田:
ギヤマンというのは、オランダ語なんですか?
梶:
そうです。ダイヤモンドという意味のギヤマンテ(diamant)から来ています。
西洋から伝わったガラスには鉛が含まれています。鉛が含まれると、硬さが出て、光の屈折が高まり、透明度も上がります。装飾的なカットを施すと、ダイヤモンドのように煌めくんですね。これが、日本人の造語ですがクリスタルガラスと呼ばれる所以です。英語ではlead glass(レッドグラス)と言います。
硬度が高いとカットを施す作業が難しくなり、高い加工技術が必要になります。それで、義山は稀少かつ高価なものとして、数寄者たちに好まれて、和食の世界にも取り入れられていったのでしょうね。

(第5問)

大根の意匠にはどんな意味が?

村田:
燦太さんが出してくれた冬のうつわの中に、大根がモチーフのものがありましたよね。このうつわに大根を盛っても野暮ではないんですか?
梶:
野暮ということはないですよ。
ですが、大根の季節に使う、というだけでは、ちょっと「読めていないな」と思います。大根というのは、大地にしっかり根を張るでしょう。これを昔の人は、安泰の象徴と捉えました。ですから、大根の意匠には、家が繁栄しますように、という願いが込められているのです。
村田:
うつわにそんな想いが込められているとは知りませんでした。ということは、大根のうつわはご家族のお祝いの席などに用いるといいのでしょうね。

ten0008 f

ten0008 g桃山時代 黄瀬戸大根絵銅鑼鉢(上)。永楽十六代・即全造の黄瀬戸写向付(下)。「写すと言うのはコピーを作るだけでなく、もう一度解釈をし直すということもあると学ばせてくれるよい例です」と梶さん。本歌を忠実に写すことより、繊細で上品な永楽家の解釈で京焼風に作り変えている。

(第6問)

筒向はどんな風に使いますか?

燦太:
こちらも冬のうつわです。4つとも筒向(つつむこう)、または細向(ほそむこう)と呼ばれるものです。茶会でも冬は筒茶碗といわれる深いものが使われるというお話は、樂の回でもしましたよね?
この筒向に、知晴さんなら何を盛りますか?

ten0008 h左から順に、北大路魯山人作 織部筒向、久楽弥介作 おもだか筒向、北大路魯山人作 色むぎわら筒向付、白井半七作 武蔵野筒向付。

村田:
随分と深いし、ものすごく盛りにくそう…。
梶:
少しだけしか入りませんから、熟れずしのような、たくさんは食べられない珍味なんかを盛るというのが一つあります。それから、保温性に富んでいますから、温かくて香りが高いもの。覗かないと中身が分からないので、いい香りがするけれど何が入っているのだろう?と期待も高まるでしょう。
それともう一つ、食べた後が汚くなってしまうものを盛るというのも気が利いています。特に女性は、食べた後のうつわを見られたくないでしょうから。
村田:
なるほど! コノワタみたいな見た目がグロテスクなものにもいいでしょうね。味が濃いからたくさんお出しできないし。
梶:
骨や種が残る料理にも向いています。筒向というのは、そういう役目を持っているところがあるのです。

(第7問)

茶会では筒向をどう使う?

燦太:
うちでは、半端になってしまった筒向を火入(ひいれ 灰皿)としてよく使っています。
梶:
筒向は向付の一種ですから、数ものです。始めは10客なりの数が揃っていたけれど、一つ割れ、二つ割れ…残り少なくなったら、昔の茶人はバラしてこれを火入れにしたようですね。煙草盆に火入・煙管(キセル)・煙草壷(たばこつぼ)・灰吹(はいふき)を一緒にのせて、茶会ではお正客(しょうきゃく)の前に置くのです。
村田:
お正客のお座りになる位置の目印になるワケですね。
梶:
そうです。半端になってしまった筒向を火入に転用することが定着して、箱に「向付」と書いてあっても、茶道具の火入として流通するようになったわけです。

(第8問)

白井半七の作風とは?

村田:
この白井半七の筒向、いいですね…。手にすごく馴染みます。さっきからずっと手放せないでいます(笑)。
燦太:
図柄は秋草ですね。
梶:
秋草はなぜだか年中使うような道具にも描かれている図柄で、あまり季節を気にせず使っていたようなんです。でも、これは筒向ですから肌寒くなってきた頃からがいいですね。ちょっと枯れた感じもあるので。
手に馴染むのは、真円ではないからですよ。うつわを包んだ時の手の形を考えて、わざとちょっと楕円に造られています。おそらく数寄者の指示があったのでしょうね。白井半七の周りには、茶人や財界人など茶に通じている人がたくさんいましたから。
村田:
財界人がパトロンだったんですか?
梶:
白井半七の初代は、江戸時代に活躍した今戸焼の名工でした。東京の浅草あたりに窯があって、土に恵まれなかったことから逆に技術が磨かれたようです。その後、隅田川焼という茶道具の工房も持ち、代を重ねていきます。ところが七代目の頃、関東大震災で窯は壊滅。それで関西に移り住んだわけです。
燦太:
小林一三氏(阪急東宝グループの創始者)の招きを受けて宝塚に移窯したようです。
梶:
それで、『𠮷兆』の湯木貞一氏とも出会い、「わしらの持ってるもの、ちょっと写してみ」となったんでしょうね。乾山や仁清の写しを手掛け、京焼の作風を取り入れた茶道具だけでなく懐石のうつわもたくさん残しています。

(第9問)

貫入はどうやってできるのか?

燦太:
これは弥介の筒向なんですが、貫入を強調した味のあるうつわでしょう。

ten0008 i

村田:
貫入はどうやってできるのでしょうか?
梶:
陶器は大概、もとになる素地をつくって、その上に釉薬をかけて焼成します。焼き上がった時、この二つはピタッとくっついているのですが、冷めていく過程で、釉薬が素地より縮もうとした場合、パリパリっと割れてしまう。それで釉薬に入ったヒビが貫入です。つまり生地と釉薬の収縮率の差で生じるものです。
村田:
貫入のないうつわもありますよね?
燦太:
実は陶器であれば、大概は貫入が入っているんですよ。目立つものとそうでないものがある、というだけで。
梶:
先ほどお話しした「柚味噌」は、貫入がくっきりしているでしょう。焼き上げた後、釉薬の上に墨汁をかけて拭き取り、墨を貫入に入れて際立たせているわけです。
青磁なんかは、べんがらを塗って貫入に赤を入れ、面白い景色をつくることもありますね。

ten0008 j

(第10問)

菊の文様はなぜ年中使えるのか?

村田:
先ほど秋草は年中用いる図柄だと伺いましたが、他にもありますか?
梶:
菊は季節問わずに使える文様だと言われていますね。菊というのは一年の最後に咲く花とされてきました。日本人にとっては皇室の御紋になるほどの特別な花です。中国でも仙界に咲く高貴な花として仙花と呼ばれ、延命長寿の力があると信じられていたため、季節を問われなくなっているのです。

ten0008 k北大路魯山人作 黄瀬戸風キク向付。「桃山や江戸初期のうつわと一緒に使っても遜色がないほどのゆとりある風格は魯山人の凄さです。花弁を表す凹凸の一つ一つが微かに不揃いで、数物のうつわでありながら、それが良い個性になっている。秋だけのうつわにするにはもったいないです」と梶さん。

村田:
菊というと、僕は重陽の節句の頃に、と思うのですが…。
梶:
一番はまるのは、やはり秋ですよね。ただ、重陽の節句は9月9日で、新暦となった今では、まだ菊は咲かないので、ちょっと違和感があるでしょう。ですから、重陽の節句も旧暦で考えて、菊模様のうつわは10月から11月のおもてなしに使えると考えてもよいでしょうね。
それから、昔は重陽の節句の前夜に、菊に真綿を被せて夜露を染み込ませ、これで体や顔を拭うと不老長寿になるという言い伝えがありました。この風習を「着せ綿」と言います。
ですから、長寿をお祝いする席にも菊の文様は相応しい。このように、一つの絵柄でも、季節だけでなく、いろんな意味を読んで、料理屋さんには使っていただき、それをお客様にもお話しして欲しいと僕は思います。

ten0008 l

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事料理のうつわ十問十答

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です