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大阪・千里山の料亭『柏屋』が北新地で魅せるカウンターのもてなし

五節句や宮廷行事などを映した“季のもてなし”を身上とする、大阪・千里山の料亭『柏屋』は、今年、創業45年を迎えました。この節目の年に、亭主の松尾英明さんは著書『柏屋の「季(とき)』を上梓。6月17日、大阪きっての繁華街・北新地にカウンター8席の支店をオープンしました。料理長を務めるのは、長年の右腕である髙橋 淳さん。料亭のもてなしをカウンターで。その挑戦は始まったばかりです。

文:中本由美子 / 撮影:塩崎 聰

名料亭の新展開、8席のカウンター

真新しいカウンターは、フルフラットだ。
8席の客席は清々しい檜(ひのき)、調理を行うスペースは硬質的な銀杏(いちょう)の木。木質の違いでさりげなく結界を表現する工夫が洒落ている。

大阪随一の繁華街・北新地、ビルの5階に今年6月オープンしたこちらは、創業45年を数える千里山の料亭『柏屋』の新展開。
本店は、住宅街に佇む一軒家。四季折々の表情を見せる庭に、大小の座敷。床の間には軸が掛けられ、季の花が活けられている。

料亭の客室は、その日、その時、どんな目的のお食事なのか、その用向きによって設えられる。お祝いの席ならば、お目出度いお軸が掛かり、吉祥文のうつわなどが使われる。
「料亭とは、そういう場所です。一期一会のおもてなしを心掛けて、座敷もお料理もご用意いたします。8席のカウンターで、どこまで料亭のおもてなしができるか。それが北新地店のテーマです」。

亭主の松尾英明さんの、そんな想いを受け取って日々カウンターに立つのは、料理長の髙橋 淳さん。長らく本店で腕を磨き、香港の支店では料理長としてカウンター主体の日本料理店を約6年率いた経験も持つ。

9月のコースのテーマは月見

コースは33000円のおまかせのみ。
『柏屋』では、旬の食材を使うということに留まらず、日本古来の節句や行事ごとなどを含めた“季の表現”を大切に、献立が組まれている。「9月は月見がテーマです。秋の訪れを感じていただけたら」と髙橋さん。

替(かえ)として供されるのは、伊勢海老炙りを主役に、翡翠ナスと舞茸のホイル焼きを合わせ、山葵(ワサビ)の乳化地でまとめた一品。
「夏に清涼感を求めるように、秋になると香ばしさや燻した香りが恋しくなりませんか?」。
そんな台詞に、カウンターに居並ぶ客の期待がふくらむ。

伊勢海老は昆布だしに浸けて甘みを引き出し、供す直前に炙って香ばしさをまとわせている。ほんのり赤身を帯びた部分と、透明感のある生の身のコントラストが美しい。

そこへ、夏の名残りを思わせる青い風味を添えるのが、山葵乳化地。煮切り酒に塩味をつけ、太白ゴマ油で乳化し、すりおろしたワサビを加えている。

was0016a翡翠ナスは、皮付きで揚げて冷水に落とし、皮をむいて八方地に浸したもの。舞茸はホイル焼きにし、濃密なキノコの香りを閉じ込めている。

続く煮物椀は、蓋を開けた瞬間、馥郁とした松茸の香り。
真昆布とカツオ節でとる一番だしで松茸をさっと煮て、秋の香りを移し、これを吸い地として用いているという。

椀種には、炭火で焼き上げた甘鯛の酒汐焼きと、満月を思わせる玉子葛豆腐。「青柚子でススキを表現しているんですよ」。さりげない月見の表現に心が和み、繁華街の喧騒が遠のいていく。

was0016b日月椀で供す煮物椀。甘鯛は薄塩して半日おき、昆布だし・酒・塩にさらに30分浸してから炭火で焼き上げている。卵に水と葛を加え、30分かけて煉り上げた玉子葛豆腐は、シルキーな食感。シンプルに卵の旨みを楽しませる。

名物「雲龍焼」も秋の仕立てで

『柏屋』の名物として知られる「雲龍焼」は、お凌ぎとして登場。
フランス菓子のスフレの技法に倣い、卵白をメレンゲにして、季節の食材のペーストなどと合わせて焼き上げたもの。焼くと雲のようにもくもくふくらむ様が、雲をまとって昇天する龍を連想させるとして名付けられた。

秋らしく、生地にはホワイトマッシュルームと百合根を加え、岩茸やナメコなどを食感に添え、贅沢に生ウニを忍ばせている。
器との境目に砂糖を潜ませることで、生地が器の中に納まることなく、上へ上へとふくらんでいくのだそう。

スフレのようなほわほわの生地の中に、マッシュルームのコク。松前醤油とワサビを絡めた岩茸が豊かに香り、ウニの磯の香が重なる。食べ進める中で表情を変えていく、妙趣に富む一品だ。

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きのこの雲龍焼。マッシュルームはホイル焼きにした後、八方だしで炊き、ミキサーにかけてペーストに。これを蒸して裏漉しした百合根と共に、雲龍生地に混ぜている。

カウンターならではの“見せ場”

八寸を楽しんでいると、髙橋さんがおもむろにカウンターの内側に設えられた小窓の障子を開けて、一言。「フグはこちらでお焼きしますね」。
顔を上げると、奥の焼き場で若手が炭火を操っている。

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本店は厨房が見えない設計になっているため、焼き場を見せる演出は北新地店ならではもの。耐熱ガラスで遮られ、煙が客席に流れない心遣いが、いかにも料亭らしい。

「戻りガツオの季節には、ダイナミックな藁(わら)焼きをお見せしたいと思っています」と髙橋さん。炎の上がる様は、さぞかし座を沸かせることだろう。

was0016e河豚タレ焼き。フグは淡口醤油と酒に10分ほど漬けてから、この漬けダレをかけながらしっとりと焼き上げ、仕上げにカラスミパウダーを。遠江は醤油・みりん・酒に浸けて炭火焼き。干し子は、酒をかけてからふっくらと蒸し、炙っている。

ソムリエが選ぶ、ペアリング

『柏屋』はソムリエがいる料亭としても知られている。
日本料理店としてはまだ珍しいアルコールのペアリングも提案し、全12~13品のコースに、日本酒あり、ワインありで10種以上のアルコールを添わせる。

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例えば9月のコースならば、替には、金沢の地酒「遊穂」の「ゆうほのあか 山おろし純米吟醸」を。「青い香りと酸が、山葵乳化地をまろやかにしてくれるんですよ」と髙橋さん。

煮物椀に合わせて登場は、なんとフランス・ジュラ地方の赤ワイン。「コート・デュ・ジュラ・ルージュ・コライユ 2012 シャトー・ダルレイ」は、タンニンがやわらかく熟成感はあるが、意外やさっぱりとした後味。ジューシーと表現したくなるような旨みが、松茸の風味を移したふくよかな吸い地と呼応する。

雲龍焼は、リースリング主体のドイツ産白ワイン、2018年の「グローセス・ゲヴェックス」と。芳醇な樽香と、スフレ生地の甘みやキノコの馥郁たる香りがリンクして心地よい。

フグの焼物には、奈良の「大倉」の「特別純米 秋あがり 加水火入れ」。パンチのある深い旨みが、フグの品のいい味わいに重厚感を与えている。

カウンターならではの“季のもてなし”

興趣が尽きないコースのラストを飾るのは、手作りの和菓子と、一服の抹茶。

『柏屋』は、この和菓子にも定評がある。平安王朝の貴族が季節を表現した「かさね色」を、着色料を使わず、食材の自然な色で表現した一口サイズの羊羹「かさね」は、今や『柏屋』の代名詞的存在だ。

9月のコースで供されるのは、月見団子。
真っ白な皿に、ころんと白玉が一つ。割ると、中から黄身餡が姿を見せる。そこへ黒蜜を注ぎ入れると…。「夜空の雲間から月がのぞく様子をお楽しみください」。髙橋さんの言葉に、客席のそこここからため息がこぼれる。

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北新地という都会の只中で、風流に月見を愉しむ。
料亭『柏屋』の“季のもてなし”は、カウンター席でも健在だ。

髙橋さんとの会話が料理の表情をより豊かにし、焼物の見せ場あり、ペアリングありで飽きさせない。料亭のもてなしをカウンターで。本店とはまた違う、豊かな時間が北新地店には流れている。

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