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移転・拡張で躍進する『さゝ木』イズム。大阪・西天満『老松 喜多川』

2012年に大阪・西天満で暖簾を掲げた『老松 喜多川』の喜多川 達(とおる)さん。持ち前の愛嬌と、京都の名店『祇園 さゝ木』譲りの魅せる技が、多くの食通の心と胃袋を掴んできました。11年目を迎えた今年1月、同じ西天満内で移転・拡張オープン。注目は、厨房と繋がっているようなライブ感あるカウンターやウェイティングルーム。そこには、喜多川さんの揺るぎない想いがありました。

文:船井香緒里 / 撮影:高見尊裕、東谷幸一(上写真)

目次


スタッフの成長を意識した、店作り

「ウェイティングスペースを設けることができる物件を、ずっと探していました」。
店主の喜多川 達さんは、移転の大きな理由をそう明かす。

「以前は、早めに来店するお客には店先で待っていただく他なく、申し訳ない気持ちがいつもありました。しかも、狭いカウンター席だったので、お客様の滞在時間によっては片付けが長引き、スタッフを帰らせるのが遅くなることも。食後の一杯をウェイティングスペースで楽しんでいただければ、遠慮なく片付けができます」。

「皆のストレスをなくしたい」と、移転を考え始めた矢先だった。「同業の友人から、この場所が売り地に出ていると聞いて」もともと酒庫だった物件を、土地ごと取得するに至る。

『老松 喜多川』店主・喜多川達さん喜多川さんは、1980年大阪府生まれ。辻󠄀調理師専門学校卒業後、大阪『船場𠮷兆』『一汁二菜うえの』での修業を経て京都『祇園 さゝ木』※の門をくぐる。師匠・佐々木 浩さんに料理人、人間として大きな影響を受ける。その後、『一汁二菜うえの』で料理長を経て、2012年6月に独立。
※『祇園 さゝ木』:“佐々木劇場”とも称される、ライブ感あるパフォーマンスと軽妙な話術でお客を楽しませる、割烹の名店。その薫陶を受けた弟子たちも揃って活躍し、師弟は今なお厚い信頼関係で結ばれている。「祇園 さゝ木一門会 師弟セッション」では、師匠と弟子が一品ずつ料理を作り、真剣勝負を繰り広げた。

石畳のアプローチを抜けると、ケヤキ一枚板のカウンターを据えた、純日本建築の空間が広がる。眼前の広々とした厨房に驚いていると、「以前は板場に2人しか立てなかったから、めいっぱい広くしました」。そう嬉しそうに話す喜多川さんを筆頭に、4人の弟子たちが、のびのびと持ち場を担当する。

「スタッフの仕事に目が行き届き、すぐに指導できます。これってお互いにとって良いんです。ちょっとしたことで味は変わりますから。そして、“お客様に見られている”という緊張感を持つことができますし、生の声が聞ける。若いスタッフには、どんどんチャレンジしてもらいたいですね」。

喜多川さんと弟子、お客が和気藹々と場を共にする臨場感も、移転前より色濃くなった。

『老松 喜多川』の店内1階のメインカウンターは8席。デンマークの家具デザイナー・カイ クリスチャンセンによる椅子が並ぶ。設計は、日本の建築と北欧家具の融合を得意とする『5 House』。建築は大阪『コアー建築工房』。厨房の真ん中には、アイランド型の炭床を設置。炭台を囲う石壁は、栃木の宇都宮周辺だけで採れる「大谷(おおや)石」。淡い青緑色が、厨房全体に清々しい印象を与えてくれる(撮影:東谷幸一)。

『老松 喜多川』2Fウェイティングルームと外観左/念願だったウェイティングスペースは、2階に設けた。柔らかな光の間接照明が土壁を照らす。檜のカウンターに、椅子はコペンハーゲンの家具職人・ハンス・J・ウェグナーによるもの。「広々としたスペースなので、ポップアップなどギャラリーのような使い方もしてみたい」と喜多川さんは語る。右/店の外には腰かけられる喫煙スペースも。竹垣で道路からは見えないよう配慮している。

「八寸」は作りたて&取り分けスタイルで

おまかせコースは、魚菜を軸にした全10品の構成。中でも先付、前菜に続いて登場する「八寸」には、新たな試みが。「可能な限り、出来たてを盛り込みます」。そう言うと朱塗りの折敷に、菖蒲(しょうぶ)の葉を敷き始めた。

金目鯛の粽(ちまき)は、笹の葉で包み、いぐさで縛るところから。また、小鉢には自家製のゴマ豆腐と霜降りにしたミル貝を盛り、叩きワラビとショウガ酢を添えて。かき揚げは、揚げたてだ。

『老松 喜多川』喜多川さんと弟子盛り込みは、カウンター前で。弟子と共に仕上げていくライブ感も見ていて楽しい。「前店では折敷を収納するスペースもなくて」と喜多川さん。

『老松 喜多川』の八寸料理はすべてコース22000円より。皐月の八寸(2名分)。左下は熟成で旨みを増した金目鯛の粽。正木春蔵作「花型小鉢 深向付 菖蒲文」のうつわには、ふくよかな風味のゴマ豆腐と、嚙むほどに甘みと旨みが満ちるミル貝。ショウガ酢で爽やかに。右手前は、桜エビと河内一寸そら豆のかき揚げ。折敷は西天満『古美術和田』で出合ったもの。日によっては、2名分の盛り込みは八寸ではなく、お造りの場合もあるという。

盛り込んだら、すぐさまお客の前へ。あえて2名分の取り分けスタイルにしたのは、「料理やうつわ、かいしきで、折敷の中に四季の景色を描きたいからです」と喜多川さん。
季節感と共に、3種の料理を大胆に盛ったインパクト、出来たての美味しさが食べ手に大きな印象を残す。

“大阪・京都らしくない”煮物椀

大阪と京都の名店で経験を積んだ喜多川さんだが、煮物椀のだしに独創性が見て取れる。「僕の印象ですが、一般的に京都のだしは利尻昆布のキレイな旨みに、気持ちカツオ節が強めに利いています。一方で大阪は、真昆布のコクと香りの膨らみを感じながらもキレのある味わい。ウチのだしは、どちらにも当てはまらないと思っています」。

利尻昆布を90℃で3時間かけて煮出し、枕崎産の本枯節(雄節7:雌節3)を一気に加えてすぐに火を止めて濾す。「カツオが控えめに香り、昆布のまるい旨みが長く残るように、と思って作っています」。

『老松 喜多川』の煮物椀煮椀物は毛ガニの真丈と秋田のじゅんさい。だしはまぁるい旨みを蓄え、わずかな雑味も感じさせない、ふくよかな味わいの余韻が印象的。インゲン豆、木ノ芽を添えて。

椀種には毛ガニの真丈を。ごく少量の白身魚のすり身をつなぎとし、毛ガニの繊維質を残した食べ応えのある仕立てに。秋田のじゅんさいのつるりとした喉越しと、昆布の旨みの余韻が心地よい。

輪島の蒔絵師による絵柄は、雨音奏でる紫陽花(アジサイ)と、大阪市中央公会堂。「春なら大阪城と桜、夏は天神祭の花火…と、大阪をテーマに蒔絵を仕上げていただいています」。その艶やかな椀使いもまた、大阪ならではの四季の表情を豊かなものに感じさせてくれる。

『祇園 さゝ木』イズムを継承する“遊び心”

コース中盤に差し掛かり、酒が少し回る頃合いには、あえて印象に残る、インパクト重視の一品を供する。

その理由は、喜多川さんがずっと心に留めている言葉にある。
「“遊び”がないとおもんないねん」。
師匠である『祇園 さゝ木』店主・佐々木さんの名言だ。「オヤジ(佐々木さんのこと)は『100人食べて90人に旨い!と言われなければ、自己満足で終わる』と言い続けていました」。

この日、登場したのは「アワビと赤ウニの和え麺」。麺は京都の製麺所『麺屋棣鄂(ていがく)』による国産小麦を用いたオーダーメイド。「20種ほど試作してもらって、素材の個性を際立たせる、旨みが強すぎない麺に辿り着きました」。

『老松 喜多川』の和え麺アワビと赤ウニの和え麺。漆の高台皿は、大阪・豊中在住の漆器職人・林 源太作。

ソースは、裏漉ししたアワビの肝に酒とみりん、濃口醤油であたりをつけ、卵黄でコクをプラス。麺に絡め、さらに赤ウニで和える。また、蒸しアワビはすっと歯が入り、驚くほど濃厚な味。

「アワビの重量に対して1.2%の塩で揉み、大根おろしと酒で3時間蒸しました。アワビの味を引き立たせる、この塩の加減が重要です」。
太白ゴマ油で炒めた黄ニラの香りも重なり合い、おのずと杯が重なる。圧巻の旨みに場が華やぐ一皿だ。

『老松 喜多川』のご飯桜鱒(マス)と新ショウガのご飯。福井・永平寺町で栽培するコシヒカリは、天日干しにこだわり「乾燥させたものを使います。そうすると、だしをしっかり吸ってくれます」。

緩急のあるコース構成の最後のご飯物は「季節に寄り添いつつ、いかにお客様の心をほぐすことができるかが重要だと思っています」と喜多川さん。

福井県産のコシヒカリを用いた土鍋炊きのご飯には、炭火焼の桜鱒がこれでもかというほどたっぷり。「ご常連の中には、入店されてすぐに『今日のご飯、何?』っておっしゃる方も。『いきなりですかー?』と笑っちゃいますが、めちゃ嬉しいです」と喜多川さんの表情が和らいだ。

移転・拡張したことで表現の幅は縦横無尽に広がった。
「設えやうつわ、料理。総合的に季節感を演出できるようになりました。そしてインパクトのある食い味(素材の持ち味を生かしつつ深い味わいに仕立てる大阪料理特有の表現)を、スタッフと共に作っていければ」と喜多川さんは意気込む。

師匠譲りの技と心が、次世代に繋がっていく。

『老松 喜多川』1階個室と2階個室左/1階には、カウンター5席の個室も設けた。オレンジがかった照明と、赤杉のカウンターが、温もりのある雰囲気を演出。右/2階にはテーブル席(最大6名)の個室も完備する。


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