料理のうつわ十問十答

春のうつわ【前編】

暦の上では立春から春が始まります。この頃から梅、桃、桜…と次々に花が咲き、陽射しも温かくなっていきます。料理屋でも、冬から春仕様へと花や設え、そしてうつわを入れ替える時季。今回、『菊乃井』の村田知晴さんが選んだテーマは「春のうつわ」です。前編でお届けする5問は、立春や桃の節句にちなんだもの。『梶 古美術』の梶 高明さんの“春を匂わせる”提案にもご注目を!

文:梶 高明 / 撮影:内藤貞保
答える人:梶 高明さん

『梶 古美術』七代目当主。その見識と目利きを頼りに、京都をはじめ全国の料理人が訪ねてくるという。朝日カルチャーセンターでは骨董講座の講師も担当。現在、「社団法人茶道裏千家淡交会」講師、「NPO法人 日本料理アカデミー」正会員、「京都料理芽生会」賛助会員。
梶 古美術●京都市東山区新門前通東大路通西入ル梅本町260 
https://kajiantiques.com/

質問する人:村田知晴さん

1981年、群馬県生まれ。『株式会社 菊の井』専務取締役を務めながら、京都の名料亭『菊乃井』四代目として料理修業中。35歳で厨房に入り、現在5年目。「京都料理芽生会」「NPO法人 日本料理アカデミー」所属。龍谷大学大学院農学研究科博士後期課程に在籍し、食農科学を専攻している。

共に学ぶ人:梶 燦太さん

1993年、梶さんの次男として京都に生まれる。立命館アジア太平洋大学国際経営学部を卒業後、『梶 古美術』に入り、現在2年目。八代目となるべく勉強中。

(第1問)

春はいつからなのでしょう?

村田知晴(以下:村田)
立春も桃の節句も過ぎて…いよいよ春本番です。桜が咲く前に、今日は“春のうつわ”を学びたいと思いまして。
梶 高明(以下:梶)
知晴さん、春っていつからだと思いますか?
村田:
立春からと言いますが、料理として考えると3・4月なのかな?と思うのですが…。
梶:
改めて考えてみると、ちゃんと理解している人は少ないようです。正月は年が改まることの祝いを強調して、新春・迎春と言いますよね。ですが、年が明けて春が来たはずが、冬はさらに深まっていきます。まだまだ寒いながら、春の気配が漂い始めるのは節分の頃からですね。
この季節感と日付のずれは、明治期に採用された新暦(太陽暦)によって発生しています。私たちの暮らしは旧暦(太陰太陽暦)に合わせてすでに築かれていたため、季節と日付の間に時差のようなものが生まれているのです。その時差が一番強く表れるのが、行事ごとの多い正月から春の節分にかけて。だから「春」という時期は、正月と、体感としての立春からの2種類あると考えると分かりやすいかもしれません。
梶 燦太(以下:燦太)
料理屋さんとしては、この時差をどう上手く解決して、うつわや設えなどで遊んでみせるかが、腕の見せ所となるのでしょうね。
春の節分と言いましたが、実は節分は年4回あり、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日、つまり晦日(みそか)を表しています。茶の湯も料理の世界と同様に季節に敏感で、魁(さきがけ)または走り、旬、名残(なごり)を大切にします。茶会では亭主が暦を読み取って、そのセンスで季節を表現します。
懐石料理はこの両方の要素を組み合わせるわけですから、料理と食材の知識だけでなく、茶の湯の教養も大事なのでしょうね。
村田:
例えば、梶さんのところでは、どんなもので春を表現されるのですか?
燦太:
さりげなく立春を匂わせるおもてなしとして、父が好んで使うのに懸想文の掛軸があります。
村田:
懸想文って何でしょう?
燦太:
恋文のことですね。京都では、昔から旧暦の正月や春の節分に懸想文を売り歩く習慣があったそうです。それが春の風習となって残ったのでしょう。
平安神宮の北側にある須賀神社では、節分祭に毎年、懸想文売りが登場します。烏帽子(えぼうし)に、平安装束の水干(すいかん)を身にまとい、白い布で顔を隠した姿は、この人形の通りです。そして、こちらが須賀神社で売られている懸想文です。

ten0012a原田宰慶造、木彫の懸想文売りの置物と、2月2日と3日だけ売られている縁起物のお札。

梶:
昔は誰もが文字を書けたわけではありません。平安時代、文字を使えたのは僧侶や貴族。懸想文というのは、下級の貴族が依頼され、内職として認(したた)めたものだったようです。代筆業にしても売り歩くにしても、家計の苦しさを見透かされそうで憚(はばか)られる。それで、公家の装束をしても顔は隠していたわけです。
女性は恋文をもらうと嬉しいでしょう。懸想文は飛ぶように売れたそうです。この懸想文を衣装箱や鏡台の引き出しにしまっておくと、顔かたちがよくなり、両縁に恵まれると言われていたようです。
燦太:
平安時代から残っている風習なのに、多くの人に知られてはいない。とてもいいお話ですから、お客様は興味を持って聞いてくださると思いますよ。

ten0012b浮田一蕙(いっけい)筆 懸想文 幅。懸想文売りが代筆した恋文を受け取ったにもかかわらず、表情を見られるのが恥ずかしいのか反対を向いて読んでいる女性の姿が、さらりとした絵にしっかり表現されている。

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