世界に挑む、和の料理人

N.Y.で和食を発信、 大堂浩樹さんの表現のカタチ

京都と東京での和食の修業を経て、2015年にニューヨークへ渡った大堂浩樹氏。マンハッタンのミシュラン一ツ星『Kajitsu(カジツ/嘉日)』で、ニューヨーカーに精進料理の魅力を伝えた料理人として日本でも話題になりました。密な5年半の間に培った経験をバネに、現在、マンハッタンに5つの店舗を展開。異文化の刺激とエネルギーに満ちたこの街に強く生きる氏の理念と原動力、独自の表現の形を紹介します。

文・撮影:片山晶子

目次


「求められる和食」をどう生み出すか

ニューヨークの和食史はダイナミックに変貌してきた。1950年代には「生魚なんか口にできない」とスキヤキやテリヤキばかり好んでいたニューヨーカーが、今や客単価300ドルを超える伝統的な鮨店や会席料理店の席を埋め、連日予約が取れない状態だ。

その背景にあるのは、和食の健康的なイメージはもちろん、米国にはない歴史と伝統に根ざした深く繊細な味わいと、それをしっかり理解する感性の高い人々が数多に存在していることだ。居酒屋からミシュラン三ツ星鮨店まで、約2000軒の店があるこの街は、世界屈指の和食都市であることは間違いない。

そんな中、独自の発想と美学、そしてその穏やかな笑顔と柔和な人柄からは想像しがたい行動力で、和食文化の進化を図るのが大堂浩樹氏である。現在マンハッタンの中心、フラットアイアン地区に、会席・カフェバー・デリバリー専門鮨・アートギャラリー・隠れ家バーをテーマにした多彩な5業態を、一つの敷地内に展開する注目の料理人だ。

氏は1983年生まれ、鹿児島県の長島出身。地元産有機食材を食べて育ち、「とても身近で、食べるとなくなってしまうけれど、心に残る貴重な儚(はかな)さがある」と感じた料理を、自らの表現方法に選んだ。
調理師専門学校を卒業後『京都和久傳』で3年間修業。『京天神 野口』を経て、著名デザイナー緒方慎一郎氏が手がける東京の懐石料理店『八雲茶寮』の立ち上げに加わった。その際、「住む、食べるといった日常の中で、高い美意識を持って生きることの価値を学びました」と氏。

思ったら行動に移す氏の生き方を示す一例は、フランスでの半年間の、農家での住み込み労働。ミシュラン星付きシェフの間で人気の、日本野菜を作る山下朝史氏をテレビで見て、飛び込みで訪れて食材生産に直に携わり、日本の野菜は海外で育てても美味しいことを知ったという。

そして2012年に渡米。京都の老舗の生麩専門店『麩嘉』が手掛ける、マンハッタンのミシュラン一ツ星精進料理店『Kajitsu(カジツ/嘉日)』のオーナーで、長年付き合いのある小堀周一郎氏の誘いを受け、料理長4年を含む計5年半、この街で数少ない精進料理の魅力をニューヨーカーに伝え続けた。
「この街でニンニクも使えない多大な制約の中でどう自分を表現するかを学びました。京都に比べ旬の素材も少ないので、季節感の表現にも苦労しましたね。口にするものだけではなく、夏は清涼感、冬は雪の趣などといった盛付けの中のビジュアルの効果もひときわ大事と痛感しました」。

こうして『Kajitsu』で実績を上げた氏は2018年冬に独立。
「精進料理の多くの規則の中で不完全燃焼している自分を感じ、肉も自由に使ってニューヨークの食のポテンシャルを引き出してみたいという思いが募り、心を決めました」と氏。
「この街は、日本に比べて食への関心が薄いという印象があります。例えばサラダボウルには旬がない。ないものに関心が生まれないのは当然のこと。ならばその関心を高める種を、自分なりに提供してみたいと思ったんです。」

この街のために作る料理

自店の場所には、話題の店が林立しながらも和食店が少ない、フラットアイアン地区を選んだ。2018年11月、翌12月の同敷地内にある会席料理店『odo (オー・ディー・オー)』の開店に先立って、氏が最初にオープンしたのは『HALL(ホール)』。意外にも、カジュアルなカフェバーである。
「一般にはちょっと敷居が高い会席料理店とは違って日常使いができる、この街に溶け込んだ空間をまず作りたかった」と氏は話す。

料理は米国人に馴染み深いハンバーガーがテーマだ。とはいえ各品には和牛を駆使し、和素材の魅力を紹介。旧知の緒方慎一郎氏がデザインした15席の店内は、20世紀初頭築の古い教会の壁や、コネチカット州のアンティークショップなどで買い集めたアメリカンな備品が強い個性を放ち、どこか時間を止めるような寛ぎ感を与える。客層は、近隣に多いアーティスト系が中心だ。

この店を開いたもう一つの理由は、本格会席料理に距離を感じる人々に、文字通り接点を提供したかったから。「『HALL』 の奥にある隠れ家的な『odo』にお客が入っていくのを見て、〝この店の先には何があるんだろう?”とふと興味を持ってもらえたら嬉しい」と大堂氏。

wor0008逕サ蜒十23現代のカフェバーに、いにしえのアメリカンの趣を取り入れ、伝統と進化の重なりを表現した『HALL』の店内。
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『HALL』のメニューは和牛の味わいを楽しませるハンバーガーが主軸。パンは試行錯誤の上、日本製ならではの繊細な食感を出す日系ベーカリーのものを使用。「一度事情で他のメーカーに変えたら、お客様からクレームが出ました。皆さん味をしっかり理解してくださっています」と大堂氏。

その全12席の『odo』は19年3月、開店4カ月足らずでレストランの命運を決めるとも言われる定評高い「ニューヨークタイムズ」紙の稀有な三ツ星を獲得(この年市内にある24000軒のうち、三ツ星を持つのは7店のみ)。また同年10月、開店10カ月後にはミシュラン一ツ星、さらに11月には「エスクワイア」誌の同年の「全米ベスト・ニュー・レストラン」に選ばれている。

この店の何がそこまで高く評価されているのだろう?

同店のおまかせは、「この街のために調理する」という大堂氏の姿勢を反映する。伝統の枠は決して外さない。しかし、食べる側の目線で柔軟に表現方法は変える。例えば水菜。日本ではハリハリ鍋など主役級の存在にもなるが、米国人にはなんとも物足りない。

それならそのお客が好むようなトッピングを選んで添える。和食に不慣れな様子のお客なら、肉の皿を増やす。つまり、これは日本のおもてなしそのものであり、お客の気持ちに歩み寄る繊細な心がこの街に通じているということだ。帰る際に次回の予約をするお客が多いというのも納得がいく。ちなみに、この街に和食店は多いが、こうしたおもてなしを伝える鮨店や会席料理店は稀である。

wor0008逕サ蜒十3『odo』の内装には、現地の要素をふんだんに取り入れて日本のテイストを表現。カウンターはペンシルベニア州産の木材、壁はニューヨーク州内の川の砂利を合わせた素材。湖底の浅い琵琶湖特有の船の平たい底板を壁面に飾り、和の歴史と文化を自然体で醸し出す。

wor0008譁ー隕冗判蜒十50『odo 』で供す、秋の到来を伝える松茸と紅葉鯛の葛煮のお椀。wor0008譁ー隕冗判蜒十72大堂氏のお気に入りの器は、京都在住の小児科医であり陶芸家でもある加藤静允氏の作品。「ほっとさせるような作意のない絵柄がお客様を和ませてくれます」。

コロナが飲食店の存在意義を変えた

コロナ禍の影響で、2020年3月、ニューヨーク州内のすべての飲食店はテイクアウトとデリバリー営業に制限され、以来21年6月に至るまで、店内飲食が大きく規制を受けた。そんな中、20年12月に大堂氏が始めたのが、テイクアウトとデリバリーに特化した鮨店『SUSHI MUSE(スシ・ミューズ)』である。
「日本には出前の鮨がありますが、ニューヨークでは高級店に行かないとなかなか食べられない。日本のように手軽に家庭で鮨を堪能してほしいと、コロナ前から温めていたコンセプトです」と氏。

メニューには、伝統にぎりから鮨初心者にも親しみやすい創作系の巻物まで、多彩な品々が並ぶ。例えば「YOLO BOX」(YOLO=人生1度しかない)は、この街の鮨店ならチップ込みで200ドル相当の料理を、95ドルで楽しめる内容だ。デリバリーの気軽さもあり、客層はこれまでリーチしていなかった鮨の初心者が目立つという。

九州出身の氏が福岡港から仕入れる食材も、同店の重要なテーマだ。ホームページのトップには「食は文化であり、文化は食である」とある。鮨を通じて日本の地方文化の素晴らしさを知って欲しいという思いから、注文の品は大島紬の柄をプリントした特注の箱に詰め、さらに九州の自然を描いた映像を眺めつつ鮨を味わうことができるよう、自作ビデオ用のQRコードも付ける。

コロナを通じて、大堂氏は飲食店のアイデンティティが一新されたと気づく。
「お客様が店に行けない状況の中で、何を恋しがっているのかを考えました。結論は、料理だけでは強く長く愛され、必要とされる店にはなれないということ。“この人に会いに行きたい”、“これを体験しに行きたい”という要素がなければ、店の存在価値は感じてもらえない」。

そんな思いから、氏は21年3月にアートと料理で人をつなぐための画期的なスペース『THE GALLERY(ザ・ギャラリー)』を開いた。
(後編に続く)

 
wor0008逕サ蜒十84ニューヨークで独自の活動をエネルギッシュに展開する大堂浩樹氏。マンハッタンのフラットアイアン地区にある氏の店の前で。

2835左は、『SUSHI MUSE』の特注大島紬模様の箱。右は、日本の出前鮨のコンセプトを紹介する『SUSHI MUSE』の鮨。


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