『浜作』-板前割烹 基本の流儀-

板前割烹の嚆矢『浜作』のカウンター

料理人が目の前で腕を振るう様子を間近に楽しめるカウンター形式のオープンキッチンは、いまや和食のみならず、中国料理やフランス料理など、さまざまなジャンルの飲食店で広く取り入れられています。実は、このスタイルを日本で初めて考案したのは『浜作』の初代、森川 栄氏です。時は昭和初期、天皇のご即位で御大典に沸く京都にて。そんな時代背景のなか、どのようにこの革新的なスタイルが生まれ、当時の食べ手たちがどんな反応を示したのか。三代目の森川裕之さんに、誕生の経緯から現在に受け継がれる歴史と本質についてお話を伺います。


森川裕之さん:京都『浜作』三代目主人。1962年、京都・祇園町生まれ。初代・森川 栄が創業した日本初の板前割烹を1991年に継ぎ、一期一会の精神で日々板場に立つ。お客には川端康成や谷崎潤一郎といった文豪、英国のチャールズ皇太子やチャールズ・チャップリンなど、三代にわたって国内外の貴紳に愛されてきた。通常営業のほか、受講生が延べ4万人を超える「浜作料理教室」も主催。「現代の名工(平成29年度 厚生労働省 卓越技能者)」として表彰される。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのテレビ出演多数、著書も「愛蔵版 和食の教科書 ぎをん献立帖」(世界文化社)など、多数執筆している。

文:阪口 香 / 撮影:Rina

目次


板前割烹、誕生の背景

『浜作』の歴史は大正13年まで遡ります。あらゆる産業が栄え、近代化が進む「大大阪時代」に大阪の新町で暖簾を掲げました。板場に立ったのは、店主であり煮方(煮炊き、味付けする割烹の「烹」の役割)の塩見安三氏と、庖丁方(食材を捌く、割烹の「割」の役割)である私の祖父、森川 栄。店名は二人の親方である樽本作次郎氏の通称で、住まいがあった北浜の「浜」と作次郎の「作」をとり、「浜作」と呼ばれていたことに由来します。

この頃は料亭、それも料理人を50人以上抱える大料亭が繁栄しておりました。料理は形式的なお仕着せで、部屋ごとに運ばれるスタイルが主流。そんな時代に二人は、お客の注文に阿吽の呼吸で応え、一品食い切り料理を提供する「割烹」をスタートさせたのです。

数年後、新町の店を閉じ、二人はそれぞれの『浜作』を開業します。昭和二年に祖父が祇園富永町で、翌年、塩見氏は東京にて。京都は昭和天皇のご即位があり、御大典のため多くの料理人が招集されていました。塩見氏の後押しもあり、祖父は大阪の料理人一団を率いて乗り込みました。 飲食店が溢れる中、「ひと際注目されるスタイルを」と考えたのでしょう。それまでのテーブル席ではなく、板場を囲むように席を設え、当時、大阪一と言われた自慢の庖丁捌きを目の前で楽しんでもらえるようにしました。新鮮なピンピン跳ねる伊勢海老や鮮魚を目の当たりにして、お客様は大喝采。写真をご覧いただければ分かるように、自分の腕によほどの自信がないとこのような形態は考えつかなかったことでしょう。それほどお客様とは近距離の真剣勝負でありました。
これがカウンターオープンキッチン、板前割烹の誕生です。

昭和2年9月1日、祇園富永町にて開業した『浜作』。真ん中が初代の森川 栄、右が女将の森川フク。栄氏は9歳にして当時大阪で一、二といわれた魚屋『魚福』へ奉公し、魚の目利き、おろし方を徹底的に叩き込まれ、12歳で料理人となった。

ita0014b_1501華麗な庖丁捌きが見えるよう、まな板がカウンターより高い位置に配置されている。木箱に入っているのは大きな伊勢海老。

祖父は担ぎ(かつぎ)という運搬人を雇い、お昼に獲れた明石の魚を京都駅まで鉄道で運ばせ、さらに自転車で夕方までに祇園の店へ届けさせるという離れ技をやってのけました。新鮮な素材、単純明快な調理方法、料理で絶対に必要な火力。薪炭(しんたん)からガスに変わった、画期的な時代が、それを後押ししました。
料金設定は高級料亭並みだったといいます。それでも連日連夜、長蛇の列ができる盛況ぶり。いかに人々を高揚させたかが計り知れます。

日々、カウンターには財界の面々、新しいもの好きの文士の先生方など、錚々たる顔ぶれが並んでおりました。食に一家言お持ちの方々と眼前でのやり取りですから、それは緊張感も充実感もとんでもなかったと思います。当時の新派の名優である井上正夫氏が「浜作座 楽屋を見せて 金をとり」という川柳を残してくださっています。

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