【道具編】行平鍋、輪手、水嚢、ネル、甕
「板前割烹の流儀」は料理だけでなく調理道具にもあり、『浜作』三代目主人・森川裕之さんは「鑑賞に堪えうるものでなければあきません」と話します。ここに並べられたのは、【料理編】「鱧の葛叩き椀」で使われたものの一部。使い込まれた風情にも増して、それぞれが生き生きと、そして格調高い趣きを放っています。扱い方や手入れの仕方、大切にすべきことをお話しいただきます。
森川裕之さん:京都『浜作』三代目主人。1962年、京都・祇園町生まれ。初代・森川 栄が創業した日本初の板前割烹を1991年に継ぎ、一期一会の精神で日々板場に立つ。お客には川端康成や谷崎潤一郎といった文豪、英国のチャールズ皇太子やチャールズ・チャップリンなど、三代にわたって国内外の貴紳に愛されてきた。通常営業のほか、受講生が延べ4万人を超える「浜作料理教室」も主催。「現代の名工(平成29年度 厚生労働省 卓越技能者)」として表彰される。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのテレビ出演多数、著書も「愛蔵版 和食の教科書 ぎをん献立帖」(世界文化社)など、多数執筆している。
板前割烹は晴天白日です。お客様が座って2時間半、目に映るのは料理や美術品だけではありません。見るものすべてが“鑑賞に堪えうるもの”でないとあかんというのが板前割烹の流儀です。調理中はどの局面を切り取っても美しく、所作ひとつ、小さな野菜の切れ端をどう処理するかにおいても気を配らなければなりません。
調理道具は特に目に触れるものなので、手入れに神経を注いでいます。掃除も含め、店にいる85%はそのための時間。食材に触っているのは15%くらいでしょう。それくらい手をかけ、時間をかけるべき仕事なのです。弟子には徹底して言わないとできないですね。そのうち、言わんでもできるようになります。真髄が分かってくるのでしょう。
行平鍋と輪手(りんて)
私が店に帰って38年になりますが、行平鍋は買ったことがありません。先代の頃から50~60年使い続けているものです。その経年の中で、叩いてもないのに形が変わってきます。平坦なところに置いたら安定しませんが、五徳(ごとく)にはしっくりはまる。煮炊きものをすると、煮汁がまぁるく対流してうまいこと炊けます。また、輪手で吸い物をすくう時に角がないからなめらかにすくえる。このようなかたちになるまで、おそらく20年はかかるでしょう。一朝一夕で作ることができない味わいというのは、道具の力によるところも大きいと思います。
長年使い続けるために欠かせないのが鍋磨きです。「鍋洗い」でなく、あえて「鍋磨き」と言っているのは、洗剤ではなく、酢と塩を混ぜたものを布巾などに付け、徹底して磨くからです。昔で言う磨き砂ですね。摩擦がいるんです。一つ磨くのに、だいたい30分くらいかかる。すると、曇りながらも顔が映ります。霞がかっている、と言えばいいですかね。鏡のような仕上がりではダメなんです。庖丁の場合は特にそうですが、光ったら目の前にいらっしゃるお客様の目がチカチカするでしょ。
1日でも磨かなかったら、3日後には汚れが取れなくなります。あと、坊主鍋やったら磨きやすいんですが、行平鍋は持ち手があるでしょう。その接続部分が磨きにくい。汚れて黒くなってるお店もよく見かけます。ここを見たら、その店がどれだけ道具を大切にしているかが分かります。
輪手も同じように酢と塩を混ぜたもので磨きます。持ち手の木の部分は磨き砂とか、クレンザーを使います。洗剤は界面活性剤やから、上滑りして元の汚れが取れない。キュッキュキュッキュとこすらないとあきません。
ちなみに、基本的に洗剤はにおいが残るので使いません。営業中も手は塩で洗っています。
あと、輪手はずっと同じ箇所を触るので親指の触れる部分が徐々にへこんで剥げ、カビが生えることがあります。それを防ぐため、ちょっと焼きます。写真をご覧いただくと焦げた部分があるでしょう。輪手特有のお手入れですね。
大輪手と中輪手、なんとなく使い分けている方もいはるかと思いますが、これがけっこう板前割烹においては大事なところで。
例えば大輪手を使うのは吸地を甕から鍋に移すとか、50人分の吸地を一気に張らないといけない時。中輪手は、カウンター席、うちなら12席分のお椀の吸地を張る時ですね。2回すくうことになるので大輪手より時間はかかりますが、椀種のどこに吸地を落とすか、という微細なコントロールができます。
こういう時、お客様は会話で盛り上がっていても見てはるんです。「合理的なことを」「手順よく」「間違いなく」やってたらなんとも思わない。素直に時間が流れます。しかし、合理的でなかったり手際が悪かったり、合っていない大きさのものを使うと違和感がある。板前割烹というのは、そこまで意識しないといけないものです。
水嚢(すいのう)、ネル、甕
だしを漉す時に使うのがこれらの道具です。
右の水嚢は大きいものと小さいものを二重にし、間にネルを挟んでいます。二重にすることで一回で漉すことができます。
日本の道具には「陰」と「陽」がありまして、どちらでも使えるようになっています。つまり、だしを漉す時は「陰」。凹の向きで使う。裏漉しする時は「陽」。こちらは凸ですね。
網状になっている部分は馬の毛。裏漉しする時に“遊び”、つまり程よくたるむので、素材をのせて下へ押しつつ、手のスナップをきかせるとうまく漉せます。金属製のものもありますが、遊びがないので漉しにくいんですね。
手入れはタワシで。何も付けず、毛を傷つけないように洗います。
ネルはコーヒーなどでも使うフランネルのこと。新品のネルは特有のにおいがするので、営業で使うまでに馴染ませないといけません。そのため、一番だしを引いた後の昆布とカツオ節で二番だしを20~30回取ります。もちろん、店では出さないものです。
甕に水嚢をのせるために使うのが割竹ですね。割った方は平面ですから安定して置けますし、重みがかかったらしなる。水嚢をのせる側は湾曲しているからだしがスッと落ちる。ようできてます。
甕は唐津焼きです。もちろん毎日洗っていますが、だんだん微妙に色が付き、ええ景色が出てきます。陶器ですから貫入があり、その部分にも色が入っていく。土ものの味わいですね。
いいものをコレと決めて長年使い続け、毎日丁寧にお手入れすると、まさしく用の美で、道具にも風格が出てきます。日本の大切な文化の一つであると私は思います。
▼【料理編】鱧の葛叩き椀の記事はコチラから
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【住所】京都市中京区新町通六角下ル六角町360
【電話番号】075-561-0330(代表)、075-223-8118(予約)
【営業時間】18:00一斉スタート
【定休日】不定休
【お料理】季節のおまかせ77000円~。サービス料別。
【HP】https://www.hamasaku.kyoto/
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