近江牛の進化を知り、食べ比べ。「近江牛サミット2026」リポート
日本最大の貯水量を誇る琵琶湖を有し、滋養に富む大地をもつ滋賀県。その豊かな風土に育まれてきたのが、400年の歴史を持つ最古のブランド牛・近江牛です。一般的には、「近江牛=サシ」のイメージが強いようですが、近年は赤身の旨みと脂のバランスを極め、あえてサシを控えめにする肉づくりに挑戦している生産者も現れています。そんな生産者の思いを聞き、近江牛の魅力を知ってもらうため、多数の料理人を集めて2026年1月21日にトークセッション&試食会を開催。その模様をリポートします。
“三方よし”の近江牛。その魅力とは?
肉食が禁じられていた江戸時代。近江牛の故郷である彦根藩には、武具の生産に欠かせない牛革を取るために、牛のと畜が特別に認められていた。肉は味噌漬けにし、「反本丸(へんぽんがん)」という名の養生薬として広まり、将軍家にも献上された。
明治時代になって肉食が一般化すると、牛肉の需要は急速に拡大。関東に向けての出荷が始まった。近江商人が目利きした近江牛は特に美味しいとの評判が広がったそうで、年間7000頭が出荷された記録も残されている。
琵琶湖を囲む山々から流れる豊かな水源と肥沃な土壌に恵まれた滋賀県は、米の名産地でもあり、その稲わらが飼料として用いられてきた。そんな風土で育つ近江牛は、脂の融点が低く、香りや風味を良くするオレイン酸を多く含む。糞は堆肥に利用して、消費者に喜ばれる美味しい米をつくるといった、近江商人が大切にしてきた「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の精神を昔から実践。長きにわたって伝統を受け継いでいる。
生産者を代表して近江牛を語ったのは、明治29年に永谷大吉さんが牛馬商として創業した高島市の『大吉牧場』4代目社長の永谷武久さん。

「飼料は牛の好物である稲わらや牧草などを与えますが、『大吉牧場』では月齢に合わせて組み合わせを変えています。特徴的なのは“炊きエサ”と呼ぶ伝統的な飼料。炊いた大麦にわらやヌカを合わせて発酵させたエサを与え、赤身の味を良くする、口の中でとろける脂にしています。
肥育期間は約30カ月ですが、なかには40カ月かける牛もいます。長く肥育すると、肉色は濃くなります。また、生きている間に熟成させるようなものですから、肉質は柔らかく、タンパク質率の高い赤身肉になります。このような肉は、私の感覚では関東で好まれている。東と西で肉の好みは違うと思います」
続いて、滋賀県肉牛経営者協議会の会長で生産者でもある橋場芳明さんが登壇した。

「牛飼いは毎年が1年生みたいなもの。どんな肉をつくれば評価されるか、年々変わる市場情勢や嗜好を考慮しながら、アニマルウェルフェア※の見地からもストレスを感じにくいよう、愛情をこめて育てています。
近年は種牛の改良が進んだため、ある意味、サシは簡単に入れられるようになったけれども、入りすぎると敬遠される傾向もあります。食べて美味しいと感じてもらえる肉をつくる、これが一番難しいところです。
ただ私は、和牛の特徴はやはりサシであり、サシの脂身がいかに美味しく食べやすいか、赤身のおいしさだけなら和牛でなくても良いのではないかと考えます。サシは父牛の血統による影響が強く出ます。加えて、牛の第一胃に合う、きれいな水で栽培された稲わらを含めたエサの組み合わせ方次第で脂の質が変わります。だからこそ脂を美味しくするのは牛飼いの技術だと思っています」
※アニマルウェルフェア:飼育している間、ストレスを最小限に抑え、行動要求が満たされた健康的な生活ができる快適性に配慮した飼養管理の考え方。

一流の料理人たちにも愛される近江牛
第二幕は、使い手である料理人から見る近江牛の魅力についてのトークセッション。『あまから手帖』編集顧問でフードコラムニストの門上武司さんが進行役を務め、「神戸ポートピアホテル」鉄板焼レストラン『但馬』の料理長である桑原健也さんと、京都の人気日本料理店『和ごころ泉』店主の泉 昌樹さんが加わった。
左から、門上武司さん、『大吉牧場』永谷武久さん、橋場芳明さん、「神戸ポートピアホテル」鉄板焼レストラン『但馬』料理長の桑原健也さん、『和ごころ泉』店主の泉 昌樹さん。
日本鉄板焼協会の師範で、肉の目利きとしても知られている桑原さんは、 「近江牛は以前から使っていましたが、本格的に使うようになったのは7~8年前から。近江牛はなんといっても脂の質が高い。“和牛香”と呼ばれる独自の香りが楽しめるのも特徴だと思います。
店舗で主に使っているのは、フィレ、ロース、ランプ、イチボなどですが、鉄板焼は分厚い肉を食べるのがポイント。良い肉は脂が良いので、如何に脂ごと美味しく食べてもらえる焼き方ができるかが腕の見せどころだと思います」

一方、今となっては珍しくないが、かなり早い時期から日本料理店で牛肉を使ってきた先駆者的存在である『和ごころ泉』店主の泉さんは、
「近江牛をいつも使っています。お客様のなかには、牛肉はたくさん食べられないと言われる方もおられますが、近江牛はいつまでも食べられる。いわば“食べ疲れない牛肉”という印象を持っています。
なかでも良く使うのがホホ肉です。蕪蒸しの中に入れるのですが、ホホ肉は80℃に設定したスチコンで6時間火を入れます。時間が長すぎると脂が流れ出てしまう、短すぎると味が入らないので、ちょうど良い塩梅になるよう試行錯誤した結果、6時間に落ち着きました。柔らかくなったホホ肉は、カツオ昆布だしと酒、みりん、近江牛と相性が良い滋賀県長浜産の甘めの醤油を合わせたもので炊きます。
飯蒸しに乗せるローストビーフは、68℃に設定したスチコンで45分。山椒を利かせた柚庵地に一晩漬けて寝かせます。
一昔前まで、京都の和食界で牛肉を使うのはあまり歓迎されないようなムードもありましたが、今は違う。多くの人気店が様々な形で牛肉を使うようになりました。ただ、和食ならではのテイストを出す工夫は必要です。コツは“カド”を落とすというか、肉肉しくしないことではないでしょうか。もうひとつ大事なことは、提供する際の温度帯。牛肉は舌の上でとろけるのを楽しむ食材だと私は思っています」

これからも、より喜ばれる近江牛を

トークセッションの後は試食会。近江牛を扱う卸・小売業者である『JA全農しが(製造元:株式会社松喜屋)』『総合近江牛商社』『げんさん』『びわこフード』『千成亭フード』『大吉商店(株)』が販売しているサーロインやロース、ウデロース、カイノミなど、各社が推す部位を使ったしゃぶしゃぶと焼肉がふるまわれた。


参加者からは
「脂が口の中でとろける。やはりこれが近江牛の大きな魅力」
「部位によって味が違うのはもちろんだが、同じ部位でも生産者ごとに味が違うことに大変驚かされた」
「一度にこれだけ食べ比べた経験がなかったので勉強になった」
「和食店を経営しているが、早速近江牛を試してみたい」
などの率直な意見が聞かれた。
京都の日本料理店『凌霄』の藤原 誠さん(下写真左)は、「私は必ずコースの中で牛肉を使うのですが、そのほとんどは近江牛。ご飯とも合うし、インパクトは出しつつ、サラッと食べられるのが良いところですね」と、日本料理との親和性を口にした。

今回の取り組みから見えてきたのは、料理人と生産者がニーズや現状、想いについての情報を互いが渇望している現状だ。そのため、密にコミュニケーションを取りながら、より喜んでもらえる、時代のニーズに合う近江牛をつくっていこうと双方が確認。
会場は、近江牛の魅力について熱く語り合う生産者と料理人の熱気にいつまでも包まれていた。

会場は「ホテルモントレ京都」のホール・ケンジントンにて。
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