『浜作』-板前割烹 基本の流儀-

【料理編】鱧の葛叩き椀

2027年に創業100年を迎える、京都『浜作』。板前割烹の嚆矢として、三代目主人・森川裕之さんは割烹の「割」=庖丁仕事、「烹」=煮炊き仕事をお客の眼前で行い、直球かつ力強い料理で多くの食べ手を魅了してきました。この企画では三代にわたり守り継がれ、また当代が約40年の料理人人生の中で研鑽してきた板前割烹の仕事に迫ります。
第一回目は、『浜作』名物「鱧の葛叩き椀」について。吸地のピュアな旨みや鱧のなめらかな食感。両者が合わさり、最後の一滴を飲み干した時の得も言われぬおいしさ。ミニマルなレシピに潜む“流儀”を語っていただきます。


森川裕之さん:京都『浜作』三代目主人。1962年、京都・祇園町生まれ。初代・森川 栄が創業した日本初の板前割烹を1991年に継ぎ、一期一会の精神で日々板場に立つ。お客には川端康成や谷崎潤一郎といった文豪、英国のチャールズ皇太子やチャールズ・チャップリンなど、三代にわたって国内外の貴紳に愛されてきた。通常営業のほか、受講生が延べ4万人を超える「浜作料理教室」も主催。「現代の名工(平成29年度 厚生労働省 卓越技能者)」として表彰される。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのテレビ出演多数、著書も「愛蔵版 和食の教科書 ぎをん献立帖」(世界文化社)など、多数執筆している。

文:阪口 香 / 撮影:Rina

目次


『浜作』夏の名物、鱧の葛叩き椀

日本料理の献立における主役はお椀です。先付、口取りはその山場を引き立てるように仕立て、引き立てのだし、作り立ての椀種を取り合わせ、一番の上昇局面でお出しする。その間、息を張り詰めて一秒も気を抜かず、一気呵成に仕上げる料理です。

とりわけ、鱧の葛叩き椀は『浜作』が三代にわたって大切にしている一番のご馳走。別名「鱧祭」といわれる「祇園祭」の期間を含めた、5月から8月のお盆くらいまで提供しています。作家であり、美食家としても知られる谷崎潤一郎先生にも殊に愛していただきました。

このお椀には、調理において大切な要素がすべて入っています。だしの取り方や味付け、骨切りの庖丁技術、鱧を柔らかくし、だしと融合させる火加減。音楽に例えると、味わいはメロディ、歯ごたえや舌触りはリズム。それらをシンクロさせ、一椀召し上がった時に完成するハーモニー。一つでも欠けたらあきません。三位一体で完成するものなのです。


鱧の葛叩き椀の作り方

<だしをとる>

昆布を鍋に入る大きさに切って表面の付着物を刷毛で払い、鍋に入れる。常温の水を注ぎ、強火にかける。80℃くらいまで温度を上げる。
だしの味を確認し、昆布を引き上げる。
火を少し強め、95℃くらいになったらカツオ節2種、マグロ節をほぐしながら入れる。
カツオ節・マグロ節が広がって沈んできたタイミングで漉す。

<鱧の下準備をする>

鍋に水を入れて火にかけ、塩を加えて海水程度の塩分濃度にする。
鱧を骨切りし、約10㎝長さに切る。
鱧に葛粉をたっぷりと付け、皮面を優しく叩く。
⑤の塩水がぐらぐらと煮立っているところに、縦方向に巻いた鱧をくるっと回転させながら入れる。浮いてくる葛粉を絶えず取る。

<仕上げる>

鍋に引き立ての④のだしを入れて火にかけ、薄口醤油と塩で調味する。
椀に⑧の茹で立ての鱧を盛り、管ゴボウと瓜を添え、⑨のだしを注ぐ。青柚子の皮を添える。

第一級の乾物を大量に使い、“ええとこ”だけ引き出す「だし」

身も蓋もない話ですが、このだしはうちにしか取れないと自負しております。食材の中で一番お金をかけているのが天然の真昆布で、現在使っているのは平成27年の尾札部産。これを大量に鍋に入れ、短時間で引き上げる。すると昆布のええとこ、表層に近いところの味わいだけが引き出され、深い旨みを感じた後にスッキリする。少量の昆布を長い時間炊くと、昆布の芯に近いところの味が出てくどい味になるんです。アミノ酸の数値を高くすればいいってもんじゃないんです。

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節は3つを合わせています。カツオの本枯節の血合いなし2種と、マグロ節の血合いなし。カツオ節2種は乾物屋が別で、薄さも違います。節は個体差がありますし、昆布の味の出方も変わる。気候や合わせる椀種によっても調整したいので、2種を用いています。
昆布と同じく大量に使い、表層の味だけ引き出します。

ita0001b左・中はカツオの本枯節の血合いなし、右はマグロ節の血合いなし。


ピュアでクリアな、だしの引き方

昆布は刷毛で軽く付着物を落とし、鍋に入れます。水は京都の軟水。カドがなく、昆布と節の味がよく出ます。料理は土地に根付くもんですから、水と空気が大事。夏は常温でいいですが、冬なら人肌くらいに温めてから入れる方がいいですね。

火にかけ、温度を上げて80℃くらいで様子を見ます。少し昆布に触れてだしを対流させ、昆布の膨れ加減や水色の変化を注視。だんだん濃くなっていき、「シャンパンゴールド」になったら引き上げます。

ita0001c営業時の1/4程度の量。右下/見事な「シャンパンゴールド」色に。

先ほども申し上げましたが、炊きすぎたらあきません。よく「昆布の味が利いてる」と表現されますが、それは嫌な味が出てるということ。昆布の味が全体で10あるとすれば、3だけ取り出すイメージ。7は嫌なとこなんです。だから、「昆布が利いてる」というのは、3-7でマイナス4の味。だしを引く目的は昆布の味を出すことではなく、おいしい料理を作るためであることを忘れてはいけません。
濃厚なうま味を抽出するのは、中国料理やフランス料理など「絶対的な美味を作る」という料理の考え方。日本料理は季節や食材の味わいによって変える、繊細で相対的なものですから。

昆布を引き上げたら温度を上げ、95℃くらいに。節類を入れて一気に仕上げます。入れるのはカツオの本枯れ節の薄い方、つまり味の淡い方から。そして比較的厚いもの、最後にマグロ節。この順番にしているのは、カツオ節から渋味が出るからです。最後に渋味が出てしまうと調整のしようがないんですね。
それぞれほぐしながら、液面に節の表面が触れるように入れていきます。鍋の中で広がり、少し沈んだら間髪入れずに漉します。

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エキストラスムース。喉にひっかかるものがなく、しみじみおいしいだしが引けました。


脂がのっていない鱧を使う

ita0001f左/鱧の仕入れは京都・錦市場の魚屋『丸弥太(まるやた)』から。淡路市沼島(ぬしま)近くの海淵にいる鱧を一本釣りしてもらっている。右/身を開くと、見事な乳白色。

鱧はだいたい480g以下の小さいサイズを使います。大きいのはあきません。骨も皮も全部が硬い。最近では「脂がのっているから」と朝鮮半島のものを使う人もいはりますが、鱧椀の鱧は淡白な味わいやからええんです。

そもそもクーラーのない時代、暑い時季は熱々やけどあっさりした味わいのもんを食べていました。汗が出て、スッと引くでしょ。口の中も爽やか。でも脂がのってたらギトギトする。冷蔵や冷房を使うようになって価値観が変わりましたが、『浜作』ではこのような先達の知恵や文化を大切にすべきと考えます。

秋になって気温も下がり、鱧に自然と脂がのったら土瓶蒸しや鍋にして提供するといいですね。


鱧の骨切りは均一に、皮肌に届くよう庖丁を入れる

脂がのっていない鱧は、きちんと骨切りをしないと茹でた時に軟らかくなりません。「一寸に何本」など言われますが、個体によって変えるべき。細かすぎると美しく造形できませんし、葛粉が付きすぎてしまいます。大切なのは均一であること。音楽でいう「トレモロ」ですね。ちなみに今日の鱧は10㎝長さで32本です。
庖丁は皮肌に届くように入れますが、皮は切れていない状態に。この仕上がりが、上品な鱧の旨みを引き出せるかどうかを左右します。

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骨切りをしていると身が少し庖丁に付きます。なので右脇に固く水分を絞った布巾と水分を多めに含ませた布巾を置いておき、前者で身を拭い、後者で湿らせて骨切りの抵抗を減らします。左脇には氷水を置き、添える手を冷やす。手は40℃近くありますから、鱧の身が変色してしまうのを防ぐんです。

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ちなみに『浜作』で骨切りを行うのは、先付と口取りをお客様に提供した後。と言いますか、別の料理の調理を同時進行することはありません。常にメインのまな板では「今から」お客様にお出しする料理にかかり、横のまな板に次の料理の食材などをスタンバイさせておく。一つ完成したら次の料理、それが完成したら次。それが『浜作』が「究極のア・ラ・ミニッツ」といわれる所以なのです。


鱧は葛粉をたっぷり付けて縦に巻き、「牡丹鱧」に仕上げる

骨切りが終わったら、塩水を煮立たせ、鱧に葛粉を付けます。
葛粉は両面にたっぷり付けて皮面を叩きます。だから「葛叩き」というんですね。叩くことで新鮮な鱧は皮が収縮し、身の方が開く。その間に葛粉が入るんです。刷毛で付ける方もいらっしゃいますが、それではダメ。余剰に付けてから適度に落とさないと“葛の膜”ができません。

鱧の身を10㎝長さに切ったのは、縦方向に巻いてボリュームを出すためです。茹でるとまるで牡丹の花が咲いたかのような「牡丹鱧」になります。

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海水程度の塩分濃度の湯がぐらぐらと煮立っているところに、鱧をクルッと回転させながら入れます。すると身が締まりつつ、立体的な形に。
内側に巻き込んだ部分まで火が入るようにしっかり茹で、その間、浮いてくる葛粉を絶えず取ります。

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引き上げるタイミングは輪手(りんて)から伝わる触感で見極めます。美しい形を保ちつつ、一番柔らかい状態の時。それ以上茹でると水分を含んでダラッとする、そのギリギリを狙うんです。これが「牡丹鱧」。美しいでしょう。

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あしらいは管ゴボウ、瓜、青ユズがスタンダード

昔は鱧をはじめ、長くてウロコのない魚は今よりクセが強かったのでしょうね。八幡巻きは鰻とゴボウ。柳川鍋もドジョウに笹がきゴボウ。ゴボウを合わせて臭みを消すのが定番でした。
今、うちで仕入れている鱧は臭みがないのですが、やはりゴボウとの相性がいい。なので、あくまでも鱧の味わいを邪魔しないように仕立てます。ゴボウを薄く管状に剥いて湯がき、水にさらしてアクや味を抜き、だしで炊いたものを添えます。

瓜は本来、白瓜を使いますが、まだ出回っていないのでキュウリを使いました。塩揉みして種を抜いて湯がき、蛇の目にしてだしで温めたもの。蛇の目にしたのは、7月に行われる祇園祭は八坂神社の祭礼で、八坂神社の神紋「五瓜に唐花(ごかにからはな)」にキュウリの断面が似ていることから、京都ではキュウリを食べないという風習があるためです。

吸口は青ユズ。だしで温めた皮や花ユズを添えます。

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だしを薄口醤油、塩で調味し、場合によってはショウガ汁の上澄みを少し入れて仕上げます。ショウガ汁は入っていることが分からないくらいに。少しあっさりさせるイメージです。
茹で立ての鱧にあしらいを添え、だしを張ったら完成です。

ita0001m器/朱塗宝尽し蒔絵椀

▼【道具編】行平鍋、輪手、水嚢、ネル、甕の記事はコチラから

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