道具のはなし

片刃包丁・両刃包丁とは

“切れ味”を重視する日本料理において、片刃包丁は必須の道具。出刃や柳刃、魚によって使い分ける専門の包丁など。繊細な日本料理の仕事、とりわけ鮮やかな造りの切れ味は、我が国発祥の片刃包丁があればこそ。今回は包丁を造る匠と魚を造る匠に、世界で主流の両刃包丁との違い、また、なぜ“魚なら、片刃”なのか、その理由を伺いました。

文:中野弘子 / 撮影:岡森大輔
※「あまから手帖」2021年2月号より転載

目次

廣瀬康二さん(京都『食道具 竹上』代表)

京都の老舗包丁店で修業後、2010年に京都府南丹市にて包丁コーディネーターとして独立。2019年、学べるキッチン「厨房 食の間」のある包丁店『食道具 竹上』を拠点とし、包丁の販売・修理、研ぎ方講習などを行う。

板井 保さん(京都『さかな 波波』店主)

15歳の若さで料理修業入りし、京都の割烹料理店などで研鑽を積む。漁師の直営料理店で魚の知識、目利き、調理技術を修得し、独立。2003年『さかな 波波』を開店。自ら若狭湾に買い付けに行き、主に日本海の季節の魚を扱う。

両刃包丁とは

まずは構造の違いから。海外で主流の両刃包丁と、日本固有の片刃包丁では何がどう違うのだろうか。

「両刃は名前の通り、両面に刃が付いている。食材に対して力が均等に加わり、真っ直ぐに切ることができます」と包丁コーディネーターの廣瀬康二さん。

西洋から伝わった包丁で、洋食の料理人から一般の家庭用まで幅広く使われている。刃が左右対称で、右利き用と左利き、どちらの人でも同じ包丁を使うことができる。

両刃包丁の種類

両刃包丁の種類をいくつかご紹介。

肉・野菜・魚を切る時に適しているのは「三徳包丁」。刃が真っ直ぐになっているため、力がそのまま伝わりやすい。
「牛刀」は「三徳包丁」よりやや長く、刃が緩やかなカーブを描く。刃が食材に入りやすく、切れ味が高い。料理に慣れている人にオススメ。
小回りが利く「ペティナイフ」。果物や野菜の皮むき・面取りなど、細かい作業に使える。

両刃包丁は基本的に、使いやすさと頑丈さが重視されている。

片刃包丁とは

続いて片刃包丁。「片面にだけ刃が付いているから片刃。真っ直ぐに切っていても刃の力が斜めに働くよう、よく見ると裏面が弧を描いているでしょう」と、廣瀬さん。刃が左右非対称であるため、右利き用と左利き用がある。

片刃包丁片刃包丁を柄側から見た様子。

ではその構造が、日本料理の調理にどう作用するのか。

「例えば、両刃で大根の桂剥きをすると、内や外へと力が分散して、皮か身か、どちらかに安定させにくい。片刃であれば、平坦な面を素材に密着させることができ、ブレが少なくなるんですよ。その分、滑りの良いカッターのようで、扱いが難しいのですが」と『さかな 波波』店主・板井 保さんは言う。

魚も同様に安定して切れるため、削ぎ切りや薄造りなどは片刃包丁の得意技。「造り身を引かない海外では、包丁は“切り分けるため”の道具という認識でしょう」。「日本でいうノコギリやハサミの感覚で使われていますね。日本料理には、五味に加え、切れ味という“味”があるんですよ」。板井さんの言葉に、廣瀬さんが続ける。

魚を知り尽くした板井さんも、修業時代は片刃に慣れるまで苦労したそうだ。しかし、「綺麗に切ることは、食材を生かし切るために大事なこと」だと分かり、腕を磨いたと言う。「締める時も、切りにくい包丁でギコギコやっていては、魚も往生できません。とある料理人さんの話ですが、生け簀から出した魚が静まるのを待ってから『命をいただくね』と言って、ひと思いに捌くそうです」と廣瀬さんが続ければ、「切れる包丁でないと身が緊張してしまって、味も落ちてしまうしね」と板井さんも同調。

刺身が上手く引けているかを見極めるには、廣瀬さん曰く「刺身につけた醤油がスルスルと滴り落ちるかどうかを見るといいですよ。断面が綺麗に切れている証拠ですから」。「ホンマに切れ味が良いと表面がツルツルになりますね。これは片刃でないとできない仕事ですわ」と言う板井さんが、富山・氷見の寒ブリを捌いて見せてくれた。

氷見のブリの解体、刺身左/頭は梨割りに。「両刃でやろうもんなら歯が欠ける」と板井さん。中/キレイに角が立ったお造り。右/醤油を付けすぎても、スルリと滴り落ちるほどの切り口。

片刃包丁の種類

片刃包丁には、魚の頭を落とすのに向く分厚い出刃包丁、造りを引くための柳刃包丁、フグ引き包丁、鱧の骨切り包丁など、多彩な専用包丁がある。

以下では、『食堂具 竹上』に並ぶ片刃包丁の一部をご紹介。

出刃包丁、柳刃包丁、片刃ペティナイフ

左より、相出刃包丁(小)。4寸(12cm)は、イワシやキスなどの小魚を捌いたり、内臓を取り出す際に小回りがきいて使いやすいサイズ。小ぶりながら、相出刃包丁特有の刃金の厚みと柄の太さ、切れ味がある。刃渡りが短いので刺身を引くよりも小魚の下処理向きだが、鯖くらいまでの大きさなら家庭でも捌くことが可能。いきなり大きな片刃包丁を扱うのは不安という人の、出刃包丁デビューにもいい。

左より2番目は、柳刃刺身包丁9寸(27cm)。切り口を綺麗に、かつ新鮮に保つため一方向への引き切りが必要となることから、刃渡りが長い。背峰がやや薄く身幅も狭め。刺身を引いたり、三枚におろす際に使い勝手が良い。廣瀬さん曰く「特に引いて切る刺身包丁は、柄に対して刃金が真っ直ぐに入っていないと重心がぶれて、綺麗に引けないです」。

右より2番目は、相出刃包丁(大)6.5寸(19.5cm)。刃元が厚く、切っ先が薄く鋭い。柄も太いのが特徴。魚を叩き切ったり、三枚おろしにしたり、切る・割る・裂くと用途は多彩。アジから、ブリにまで使えるサイズ。重い包丁は使いづらいというイメージとは裏腹に「刃金と柄のバランスが取れてさえいれば、使っている時にその重みが硬い素材を切るのをサポートしてくれます」と廣瀬さん。

右は片刃ペティナイフ6寸(18cm)。野菜や果物の皮剥き、飾り切りなど、一般的な両刃ペティナイフのようにも使える万能和包丁。市場に出回っているペティナイフは、12~15cmが主流だが、18cmと少し長めにしたことで、刺身を引きやすくした『竹上』オリジナル。それなりに重量はあるが、持てば軽く感じるグリップ感。

「使うほどに馴染むのが道具、傷んだら捨てるしかないのが調理器具です。道具は大事に守(も)りをすると使いやすく、自分に長年寄り添う存在に育っていきます」と廣瀬さん。職人が一つひとつ丹精込めて世に送り出す片刃包丁。購入したら、日々の手入れ、2~3カ月に一度の研ぎも忘れずに。

『食堂具 竹上』廣瀬さんが包丁を研いでいるシーン包丁業界では、買った店で手入れしてもらうのが通例だが、『食道具 竹上』では他店で購入した包丁も預り、錆びを落として戻す“更生修理”を行っている。鋼がどんなに錆びていても、包丁調整士としての技を持つ廣瀬さんの手にかかれば、切れ味が戻るのだ。

『さかな 波波』

【住所】京都市中京区麩屋町二条下ル尾張町231 麩屋町二条ビューハイツ1F
【電話番号】075-211-5073
【営業時間】17:00〜22:30
【定休日】日・月曜
【HP】https://naminami.jp.net/
【Facebook】https://www.facebook.com/Sakananaminami?locale=ja_JP
【Instagram】https://www.instagram.com/sakana_naminami/


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