道具のはなし

京都・亀岡『京すだれ 川崎』

素材にストレスをかけることなく持ち味を引き出したい。美しいカタチに仕立てたい。そんな日本料理の仕事に、いい道具は欠かせません。この項では、料理人がその使い心地に太鼓判を押す道具をご紹介。製造の現場に密着し、“選ばれる理由”を取材します。第1回目は、手織りで造られる巻き簀のはなし。

文:橋本 勲 / 撮影:太田恭史
「手織り巻す」は幅約272×長さ約260㎜。3000円。工房には直売所もあり。HPから購入可。竹ひごの端にもささくれがないのも、川崎さんの巻き簀の特徴。いくつもの直線が合わさって完成したフォルムは見飽きない。
織る、結ぶ、ノコギリをひく。川崎家総動員で行う手作業。工房内は緊張感がありつつ、どこかほっこり。「今は九州産の孟宗竹がいい。全国で最もいい竹材は山口県産だけど、もうあまり入らないね」と川崎さん。

日本発祥だが、出自はナゾ⁉

料理で使われる道具のほとんどは、その起源がおおよそ分かっている。人類の進化(というと大げさかも知れないが)の過程で、より便利に、効率的に、と考えられモノは進化していく。

しかし、巻き簀。今でも多くの家庭では、キッチンのどこかにくるっと丸まっていることだろうが、出自は分からない。日本発祥の道具なのに、だ。おそらく寿司の文化が発展した江戸時代に生まれたものだろうが、誰がいつ、なぜ巻き簀を考えたのか? 歌舞伎弁当をこしらえる板前が海苔巻を作る際に、台所の勝手口に下がる簾(すだれ)を見て「!」とひらめいたのか…。そういえば、巻き簀は簾の工房が作っている。

カンッ、カンッ…とリズムよく“ツチノコ”の鳴らす音がする工房へお邪魔した。ここは亀岡市の郊外にある『京すだれ 川崎』。東山安井にある簾店で修業した川崎音次さんとその家族を中心に営む工房だ。寺社の御簾(みす)をはじめ家庭用、最近では海外向けの簾も手掛けるが、それらの仕事の合間に、簾織りの技で巻き簀を手織りしている。

細割りの青竹に燻しや色付け加工したもの、葭(よし)などの材料が並ぶ倉庫の奥に工房はあり、腰の高さほどの台で巻き簀づくりが進んでいた。綿糸を巻いたずんぐりとした栃の干(かん)、竹ひごを置いてはそれを前後させる。京簾の世界ではこの干を“ツチノコ”と呼ぶ。ちなみに江戸簾ではナマコと言うらしい。なぜツチノコ? そもそもツチノコを見たことがあるのか? なんて質問は野暮というもの。規則性のある動きに、しばし見惚れてしまう。竹ひごを置くこと64回、40分で巻き簀が一枚織り上がった。歪みなく艶やかな竹ひごが整然と並ぶ姿は、端麗である。

要(かなめ)は竹ひごと糸の締め

「最近は竹ひごをここまで仕上げてくれるところが少なくなってねぇ。今使っているのは福岡の朝倉あたりで採れる孟宗竹(もうそうちく)で、現地の業者が竹ひごにしてくれているんです」。

竹ひごは孟宗竹の皮を剥いで細く割り、機械でひいて丸くする。この時点で節の凹凸はなくなっているが、そこからさらに表面をパフ仕上げ。「調理に使うものやし、少しでも傷やささくれがあると、手を怪我してしまうし材料も傷むから、表面はツルツルでないとあきません。けど一本ずつ仕上げるのはものすごい手間で、やってくれるところが減ってきて…」。

そういえば最近、調理道具店で見る巻き簀の中には、台形の竹ひごを使っているものや皮付きのまま織られているものがある。これらは竹ひごを丸くする手間がかけられなくなったため、簡略化した製品。「巻き簀は忙しい調理の最中に使うものやから、裏表があってはいかんのです。パッと使えないと」と川崎さん。しかし竹ひご職人は減る一方。それゆえ倉庫には相当量の材料をストックしている。「まぁ、10年は作り続けられるくらいありますよ(笑)」。

巻き簀の善し悪しの決め手はもう一つ。織り方だ。近年はアジア製の安価なものだけでなく樹脂製、抗菌加工を施した巻き簀も増えていて、これらはほぼ機械織り。手織りとの大きな違いは糸の絞まりにある。川崎さんの手織りは糸を巻くたびに、ツチノコの重さで織り目がキュッと締まる。巻き簀は使う際に一度湿らせるが、そうすると手織りは糸がより締まるため、竹ひごがずれることもない。当然、巻き物の仕上がりは均一で美しい。機械織りは濡らしても糸がそこまで絞まらないため、仕上がった巻き物は左右で太さの違うこともしばしば。なにより手織りは、長く使って糸が緩んできたら、工房に持ち込んで織り直してもらえばいい。道具は手に馴染んで長く愛せるものがよい、というのは料理の世界でも同じ。たかが巻き簀といえども、選んだもの、使い方によっては一生モノになるのだから。



よき道具は“姿で語る”

とはいえ、そもそも簾職人が減っている現在、手織りの巻き簀も機械織りに押され、姿を消していくのでは? と不安を抱いてしまうが、「最近は、少々高価でもいいものを使いたいと言う人が増えていて、注文いただくんです」とか。加えて『京すだれ 川崎』では、音次さんの娘さんが手織りを引き継ぐという。「織り方は体得できても、材料の見極めはまだまだ」と謙遜する娘さんの横で、目を細めながら巻き簀を織る音次さん。先の心配は、ここではどうやら無用のようだ。

さて、所変わって、大阪は北新地『懐食 清水』へ。店主の清水俊宏さんは3年ほど前、料理の盛付け用に萩簾を探し、川崎さんのところへ行き着いた由縁がある。後日手織りの巻き簀があることを知り、使い始めた。

甘鯛の棒寿司を巻いてもらうと、「しっかりしてるから、力が均一に入るんですよ」。道具にも並々ならぬこだわりを持つ清水さんは、なんであれ職人の手製はやはり違う、と言う。「お客さんの前で調理することが多い料理人こそ、いい道具を使わなければと、思わず襟を正しました。長く使っていて糸が緩めば、織り直してもらえばいい。それに、巻きを開いても端が立っているこの巻き簀を見たら、お客様も驚くでしょ。会話のきっかけにもなりますよね」。よき道具は“姿で語る”ということなのだろう。

昔は水切りとしても多用したという巻き簀。その用途は何かと便利な金ザルに座を譲った。しかし、均整のとれた美しさを生み出せる手織り一枚。“断面の美”を創る巻きのシーンでは堂々主役、表舞台から姿を消すことはない。

懐食 清水

【住所】大阪市北区堂島浜1-2-1 新ダイビル1F
【電話番号】06-6343-3140 
【営業時間】11:30~12:30LO、17:00~21:00LO
【定休日】日曜
【金額】昼/懐石コース5500円~、夜/15950円

2本の糸を真っ直ぐ下ろさないと仕上がりの美しさが生まれないから、二重部分の織りは神経を使う作業。全体を織り進めながらも、少しずれたらそのたびに微調整する。
竹ひごの端の仕上げは極細目のノコギリを引いて断面を美しく。
細く丸く仕上げられた竹ひごは福岡の職人作。この細さでこの精度! と唸るが、職人は直径1.5㎜までひけるそう。
巻き簀に加え、伊達巻きに欠かせない鬼簀も最近始めた。海苔巻や伊達巻は奥さんの手製(美味しかった!)。
『懐食清水』の懐石で供す棒寿司。

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