日本料理のことば

料理・調味料名に付く「土佐」

カツオ節の風味を利かせた料理・調味料の名に、土佐煮や土佐醤油、土佐酢など「土佐」を冠することがあります。土佐は、日本の旧国名のひとつ。現在の高知県にあたり、良質なカツオ節の産地として古くから名を馳せました。しかし、カツオ節を産するのは土佐だけではありません。千葉、静岡、三重に和歌山、鹿児島など太平洋側には多くの産地があり、それぞれ日本の食文化を支えてきました。では、その中でもなぜ、土佐の名が用いられるのでしょう。歴史の流れと共に紐解きます。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村 友美 / イラスト:松尾奈央(Factory70) / 協力:辻󠄀調理師専門学校

目次

カツオの漁場が、カツオ節の産地に

土佐国(とさのくに)とは、現在の高知県にあたる旧国名です。太平洋に面しており、古くから恵まれた漁場を有しています。土佐の海産物のうち、特にめぼしいのがカツオです。漁期は春から夏。縄文時代の遺跡から骨が出土していますし、奈良・平安時代における朝廷への献上品の記録にも、カツオ製品の貢納が多い国として土佐の名が見られます。ちなみに当時、貢納していたのは、もちろん生ではなく、細く割いた干物だったと推察されています。

カツオは黒潮に乗って訪れる魚なので、房総半島以南の太平洋側沿岸域に数々の漁場があり、古代の資料には、土佐のほかに、駿河、伊豆、相模、安房(あわ)、紀伊、阿波、豊後(ぶんご)、日向(ひゅうが)といった名が挙がっています。後に、カツオ節の製造地にもなっていきました。

カツオ節は、中世には武士の間で「勝男武士」にあやかって、兵糧(ひょうろう)にしたり贈答品にしたりと重宝され、消費量は格段に増えます。土佐側としても、商機と見てよさそうなものですが、厳しい戦乱の時代です。本格的に製造に取り組んだのは、世がおさまり、漁業が復興していく江戸時代の頃から。ではなぜ多くの産地がある中で、土佐のカツオ節の名声が高まっていったのでしょう。

焙乾とかび付けで品質が向上

カツオ節を作るには、単に天日乾燥させるのではなく、煮てから乾燥させて、さらに焙乾(ばいかん)といって、薪の煙で燻製し、乾燥させる作業を施します。燻(いぶ)す工程は、カツオ節を特徴づける革新的な製法です。カツオ節の名の由来には、「鰹燻し」から転じたという説があることからも、焙乾の重要性が見て取れます。

ここに、さらなる革新をもたらしたのが、「かび付け」の技術です。魚肉の水分と脂肪分が減って長期保存が可能となり、しかも香気とうま味が増した優良なカツオ節が完成します。土佐のカツオ節(土佐節)の品質が向上したのは、焙乾+かび付けの技術が施されたため。紀伊国(現在の和歌山県全域と三重県南部)の漁民と、土佐漁民との交流によって生み出されたと言われています。

——紀伊にルーツがある甚太郎という人物が、足摺(あしずり)半島で鰹漁をしており、延宝(1673〜81年)の頃、宇佐浦の播磨屋佐之助に製法を伝授し、焙乾とかび付けを行う土佐節を共同で開発した。

この伝承には異説があって謎が多いのですが、カツオ節生産の雄・紀伊の力添えもあり、土佐に優れたカツオ節新製品が登場したのは確かです。需要は高まり、カツオ漁業も奮うという好循環が生まれました。

土佐産のカツオ節が評判、代名詞に

江戸時代初期は紀伊国熊野のカツオ節が良品とされ、江戸中期頃からは、土佐産が評判に。『本朝食鑑』(1697年)には、土佐と紀伊のものが上品で、土佐節は味も見た目も高評価とあります。さらに『和漢三才図絵』(1712年)には、「土佐の産を上とする。紀州熊野のものがこれに次ぐ」と記され、土佐節は熊野節を越えて最上品とされました。

江戸後期の料理本『新撰庖丁梯(かけはし)』(1803年)には、「精饌(ごちそう)には必ず土州(土佐国の異称)のものに限るべし。されど土佐上品の乾鰹大にえがたし。薩州に製する上品のもの…」、すなわち土佐節は希少価値の高い最高級品で、ここでは薩摩のものがそれに近いと書かれています。他にも名のある産地が出てくる中で、土佐の地位は揺るぎません。

土佐の主要貿易品となったカツオ節は、大消費地である大坂や京、さらに下り物として江戸にも流通するように。さらに、『諸国鰹節番付表』(1822年)では、土佐の清水、宇佐といった浦々が上位を独占。後期・幕末から明治にかけて、まるで浦ごとにカツオ節企業化したような勢いで、大豪商も現れました。土佐節は、天下にその名を轟(とどろ)かせたのです。

カツオ節を使う食べ物に「土佐」の名を冠するのは、幕末から明治時代にかけての流行だったようで、土佐節が隆盛な時と一致しています。明治中頃になるとカツオ節製造の技術が普及し、土佐以外にも優れた品が登場しますが、すでに土佐節の声価は、人々の記憶に深く刻まれていたことでしょう。「土佐」はカツオ節の代名詞。しかもブランド価値を帯びたことばとして通用したはずで、カツオ節の料理名として、これ以上ぴったりなものはありません。

ちなみに、カツオのたたきのことを、「土佐造り」と呼ぶことがあります。たたきが土佐発祥だから、または良質なカツオが獲れる地であることに掛けているようです。土佐造りの名称は、料理屋における造り身の一種として使われることが多く、大皿で迫力のある本来の郷土性の高い姿で出てくることは稀(まれ)なように思われます。

▼土佐煮のレシピはコチラ

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事日本料理のことば

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です