世界No.1フーディー浜田岳文×和食を“変える”料理人

奈良『白』西原理人編。Vol.1 奈良のストーリーを紡ぐ料理人

“世界No,1フーディー”浜田岳文さんが「日本料理人の中で稀有な存在」と称する、奈良『白(つくも)』店主の西原理人(まさと)さん。料理に映すストーリーの紡ぎ方が独特だといいます。西原さんが京都の名料亭、軽井沢の蕎麦懐石、ニューヨークの精進料理店、ロンドンの日本料理店を経験する中で会得したその技術・考え方を3回に渡ってお届け。まずは、西原さんの秋の料理から紐解いていきます。

文:阪口 香 / 撮影:Rina 

目次

浜田岳文さん(「株式会社アクセス・オール・エリア」代表)

1974年、兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮の不味い食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国を踏破。一年の5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で食べ歩く。「OAD Top Restaurants」(世界規模のレストラン投票システム)のレビュアーランキングで2018年度から5年連続で1位を獲得、国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信している。

西原理人さん(奈良『白』店主)

1977年、福岡生まれ。小学校3年生から料理人を志し、高校卒業の翌日に京都『嵐山𠮷兆』に入店。10年の修業の後、軽井沢の蕎麦懐石『東間(とうま)』料理長に。2009年、ニューヨーク初の精進料理店『嘉日(かじつ)』初代料理長となり、その後、ロンドンの日本料理店『UMU』で3年間働く。「日本の始まり」が多くあり、シルクロードの終着点として繁栄した大和に大いなる魅力を感じ、15年、奈良にて独立。21年、2年の工事を経て一軒家の店を構える。店名は、未完の美のイメージと、「始まりの色」から。

古から人々を魅了する吉野を表現

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西原理人(以下:西原)
奈良・吉野の秋の深まりを表した一皿です。木箱は吉野杉、休憩する旅人が透かし彫りで描かれ、手にするキセルから煙がモクモクと上がっています。
どうぞ、木箱をお取りください。

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浜田岳文(以下:浜田)
お肉を燻していたのですね。視覚、嗅覚を刺激する面白い仕掛けです!
西原:
倒木した吉野桜の木をチップにして、吉野郡上北山村で獲れた野生の猪と、旧・西吉野村の五條『泉澤農場』で育てられた「ばあく豚」のネックを煮たものに燻製香を付けました。小皿には、漢方薬「陀羅尼助(だらにすけ)」を「宮瀧しょうゆ」に漬けたもの。小瓶には自家製の「十七味」、添えている実は秋の一瞬だけ赤くなる実山椒です。
浜田:
吉野の素材がたくさん使われていますね。
猪は野生なのに繊細な味わい。漢方薬を醤油に漬けたことで苦みが移り、いいアクセントになっています。
西原:
猟師の原口さんが猟銃で仕留めてすぐに血抜きの処理をしてくださるので、鮮度がいい。
そんな、吉野の自然や食材の豊かさを伝えたくて作った一皿なんです。

例えば、宮滝というエリアには縄文時代から集落があり、宮滝遺跡のすぐ近くに「宮瀧しょうゆ」を作る『梅谷醸造元』があります。霊峰・大峯山(おおみねさん)の修験道の開祖として知られる役行者(えんのぎょうじゃ)が1300年以上前に作ったのが始めとされる「陀羅尼助」は今も修験者の持薬や家庭の常備薬として愛されている。山々を昔から走り回っていた猪や、現代は人の手によって育てられた豚もいます。

古(いにしえ)から人々を魅了する吉野の食に、現代を生きる私が想いを巡らせ、取り合わせたものです。

ちなみに…この木箱の透かし彫りは私の自作で。今までに、10以上の図柄を彫りました。

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浜田:
これは驚きです! てっきり、職人さんが彫ったものかと思いました。
この料理に対する西原さんの想いが伝わります。
西原:
五感に加えて、『白』では六感=感性を大切にしています。
心でしか感じ取ることのできないものを、料理を通して伝えたいのです。

料理における“ストーリーテリング”とは

浜田:
吉野の一皿からも感じるのですが、『白』の料理って、手数のかかる仕事や遊び心を感じるという特徴もあるのですが、何より奈良のストーリーを紡ぎ出す、つまりストーリーテリングが巧みですよね。

歴史や文化、食材などを深掘りし、西原さんのフィルターを通して料理に昇華する。それって、海外、特にヨーロッパのイノベーティブレストランでよく見られる手法です。なぜなら、多くのシェフは自分がアーティストという意識を持っているから。

ところが、日本においてはストーリーを重要視する店は多くない。特に、日本料理の枠組みの中では稀有な存在だと感じています。
西原:
嬉しいです。

海外に渡ってお店を任された時、お客さまから「シェフのフィロソフィー(哲学)を教えて欲しい」と言われることがよくありました。一人の創造者、芸術家として扱われる。すごい環境だと思ったのと、クリエーションしたい! という気持ちを持っていたので、自分の中に蓄積したものや想いを表現して、言葉で伝えて、お客さまに喜んでいただきたいと思うようになりました。
浜田:
海外では新しい価値観の提示が重要視されますよね。時にお客の口に合わなかったとしても、「こんなの食べたことないよね」って食べ手も面白がる。
食べ手の好みが似通っている日本と人種や文化によって全く異なる欧米とでは食べ手のストライクゾーンの大きさが違うので、致し方ない部分もあると思うんです。それを差し置いても、日本の料理人はストライクゾーンを外さないことに集中するあまり、ボールを投げるフォームが小さくなりがちな気がします。

特に、日本料理人は職人気質な方が多い。「先人がやってきたことを1㎜でも良くしたい」という。
もちろんそれは素晴らしいことなんですが、全員が同じベクトルを向く必要はなく、職人⇔アーティストのグラデーションがもっと豊かでもいいのにな、と思うんです。
西原:
具体的に、海外ではどのようなテーマのストーリーテリングが多いのでしょう?
浜田:
全体の傾向として3パターンに分けられると思います。

まずは食材や料理。これは、日本の料理人に多いパターンです。
次に、食べ手に関すること。一組のお客に心を尽くし、オーダーメイドで料理を作り上げる方法です。
最後に、料理人のパーソナル。今までに経験してきたことを反映した料理。「これは僕が小さい時におばあちゃんが作ってくれた料理で」とか「今まで旅してきた国の要素を入れました」とか。海外の料理人に多いですね。

もちろん、これらがすべてではないですが……なんとなく、日本人は自分の外に、海外の料理人は自分の内に意識が向いている、という印象があります。

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西原:
私は、どのタイプでしょう…?
浜田:
1つ目と3つ目が融合していると言えるかもしれないですね。

歴史や文化を料理に映すとなった場合、多くは伝統野菜や郷土料理といった“既にあるもの”をベースにすることが多い。日本の料理人に多いパターンですね。でも西原さんの場合、そこをベースにするのではなく、インスピレーションを受け、新しく、オリジナルなものに仕上げられます。日本料理の世界では稀有だと思います。
西原:
ありがとうございます。

そんな浜田さんのお言葉に応えられるといいのですが……、もう一品、料理を用意しました。テーマは「月」です。

禅語を独自解釈した「月」の料理

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