陶芸家と料理人が「食べられるうつわ展」で生み出す、生きたネットワーク
有名人や生活雑貨好きインフルエンサーのSNSの影響で「うつわ作家の個展に長蛇の行列が」という話題も今や珍しくありません。ブームになることは悪くはないでしょうが、つくり手、使い手の接点はバーチャルでいいのでしょうか? 「作家が気にしているのは料理よりもスマホ写真ではないはず」。この現象がちょっと気になると言うライター沢田眉香子さんが、料理人が知って得する「うつわの最旬トピックス」をご紹介する本連載。今回は、感度の高いうつわ専門店として知られる京都『セカンドスパイス』が取り組む“生きたネットワーク”づくりを取り上げます。
京都の『セカンドスパイス』は、若手を中心に50人近い陶芸家の作品を扱う店。店主の中村たかをさんは、「自分の作ったうつわで料理を食べない陶芸家が多い」ことが気になっている。大手うつわメーカーに勤務経験があり、ご自身も料理好き。料理人との深い交流の中から体感した「プロが考える、いいうつわとは?」を作家にアドバイスし、また、オリジナル品をオーダーしてきた。
「料理を知ってこそ、いいうつわが作れる」。そのことを陶芸家、料理人、そしてお客さんと一緒に体感できる場として企画したのが、作家の器で料理人の料理を食べる会だ。
第1回は“食べられるパスタ皿展”。イタリアンレストランに複数の作家の皿を展示し、客は好きな皿を選んで食事をする。うつわの色、形、触感が、味わいを劇的に変化させる驚きは、お客さんだけでなく、陶芸家にも料理人にも貴重な体験となった。
2018年、2021年に開催したのが、陶芸家・黒木泰等(くろきたいら)のうつわで和食のコース料理を食べるイベント。黒木は81年生まれ、亀岡で作陶する若手作家。薄く上品なつくりのうつわで人気だが、コースに登場する碗、鉢、皿を一人で作るのは、簡単なことではない。「個展のうつわ600点をひと月で作れるほど仕事が早く、釉薬の種類も豊富。黒木さんなら、コースに必要な形と色のバリエーションを一人でこなせる」と、中村さんは見込んだ。
会場は普段から黒木さんのうつわを使っている御所南エリアの和食店『仁和加(にわか)』。2021年には上京区のイタリアン『イルチリエージョ』でも同時開催して、同じうつわを和洋で使う趣向も加わった。中村さんから黒木さんへの指示は「和風をあまり意識しないでほしい」。固定概念にとらわれないことで、うつわも料理も、枠を超えてゆける。店主・内藤 勇次さんは、持ち込まれたうつわからイメージをふくらませて献立を発想した。
2021年、『仁和加』で3月12日から4月6日まで、毎日ひと組限定で提供された「食べられるうつわ展」の内容をご紹介しよう。
ナラ灰釉蓋もの×野生のタラの芽と生麩の白味噌。食べ終わると、見込みにうっすら赤い釉薬溜まりが見えて、春の兆しにも感じられた。
織部足付ギザギザ長皿×前菜 氷魚と菜の花の和え物、ほたるいか酢みそ、さばずし。艶のある織部釉は黒木さんのトレードマーク。長皿は、高さはあるが軽くて使いやすい。余白を生かした盛り込みに。
鉄黒釉輪花四方浅鉢×造り。鯛、サヨリを盛り込んだ輪花は和皿の定番だが、ゆったり開いた形で、和洋問わずどんな料理も受け入れる。個展では完売した。
ナラ灰釉そり平皿×ぐじ松葉焼、アスパラガス、原木椎茸。焼き物は、粉引のような温かい風合いの平皿で登場。
織部リム鉢×新じゃがの肉じゃが。一見洋風のリム鉢は「織部釉の単色では単調になると思い、リムの部分には黒釉の上に織部釉を施して、垂れでグラデーションを出しました」(黒木さん)。「これに炊合せを、どう合わせようかと悩みました」と『仁和加』の店主・内藤さん。料理の方もとらわれず、肉じゃがをだしごと味わうシチュー仕立てで。
鉄黒釉飯丼×はまぐりと若竹のうどん。椀物は漆器がお約束だが、今回はやきもので代用。薄造りで、手触りも口当たりも心地よく、漆器に遜色ない。うつわもしっかり「お椀代り」を務めている。
黒滴釉飯茶碗×白ごはん、織部木瓜小皿×香の物。和食店の締めのご飯は、なぜ、そっけないお茶碗で出てくることが多いのか。ご飯の湯気でしっとり濡れた見込みに青い結晶がきらり。こんな黒滴釉の茶碗なら、最後まで食事の余韻が楽しい。小皿の木瓜型は、昔からある形だが、やさしくアレンジ。
こちらは同時開催された、イタリアンの『イルチリエージョ』での器づかい。『仁和加』で使用した緑のギザギザ長皿を海の波や山の木々に見立てて、魚介と山菜をいろいろな料理で盛り付けた(写真下)。
イベントを終えて、黒木さんはこんな感想を持ったという。
「今まで“どこまでうつわを軽く薄くできるか”ということをテーマにしていたんですが、今回、料理人の方から『あまり薄いと保温性がよくない』、お客様からは『少し重さがあったほうが、落ち着く』と意見をいただきました。薄さは諸刃の刃だと気づいて、今、目指すところは、持った時に手にぴったりしっくり来る重さ」。
料理人は機能もクリエイティブも求めていることにも気づきがあった。
「重ねて収納しやすいことや、洗いやすさが重視されていると思ってましたが、案外そうでもないようで意外でした。使い勝手は踏まえた上で、自分の色を出していきたい」。
『セカンドスパイス』の中村さんは、お店で個展を開く作家を料理店に招待し、うつわと料理の相乗効果を実感してもらっている。
「ものを売るだけじゃなくて、うつわを実際に使って、作家と客が楽しめるような場を生み出したい」。
そんな気持ちに共感してか、さまざまな料理人が、お店にうつわを探しに来る。焼鳥屋の店主やエッジィなイタリアンシェフ、和食の料理人。店に居合わせたお客さんと、お店や料理の情報交換になることもしばしば。美味しい、楽しいのリアルなネットワークを生み出すためのツール。それがうつわである。
セカンドスパイス
京都市上京区河原町丸太町上ル
http://secondspice.com
仁和加
京都市中京区押小路御幸町通西入ル
https://www.facebook.com/niwaka31/
イルチリエージョ
京都市上京区納屋町190
http://ciliegio-kyoto.jp
黒木泰等インスタグラム
https://www.instagram.com/kuroki_taira/?hl=ja
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