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能登半島地震で被災した酒蔵を応援——日本酒の灯火を絶やさぬために【前編】

2024年の元日に発生した「令和6年能登半島地震」は、能登半島全域に甚大な被害をもたらしました。輪島市・ 珠洲(すず)市・能登町など、奥能登3市町の酒蔵11軒すべてが全壊・半壊する被害を被り、今季の酒造りを断念しなければならない酒蔵、向こう数年の酒造りの見通しが立たない蔵が多くあります。能登は昔から酒造りを行う杜氏や蔵人を輩出する土地で、日本四大杜氏と呼ばれる「能登杜氏」の職人集団が、日本各地で酒造りに励んだ歴史があります。能登の地酒の灯火を絶やさぬために我々が今できる支援は何なのか、能登の酒蔵の近況と共に、前・後編の2回に分けてご紹介します。

文 / 撮影:坂下有紀

目次


 

 

穏やかな元日を一変させた能登半島地震

1月1日、筆者は正月の帰省で富山県氷見(ひみ)市にある実家にいた。雪もなく、例年にない暖かな元日が、まさか一瞬にして塗り替えられるとは、誰も予想していなかっただろう。

16時10分頃に奥能登で発生したマグニチュード7.6、最大震度7の地震の数分前に、最大震度5強の地震が起きている。その前震を本震と思い、いつもより大きな地震が起きたと驚いていた矢先に、想像を超える本震が発生した。

テレビからは津波から逃げるように、命を守る行動をするようにと深刻な声が繰り返し響いた。地震による被害や津波の状況は、市役所や沿岸に設置された定点カメラからの映像のみで詳細が一向に分からない。能登半島の先端までは、平時でも金沢市から車で2時間半かかるため、報道のカメラが入るには時間がかかるうえ、日も暮れていく。被害の程度はいったいどのくらいなのか……。能登にいる友人・知人の顔が浮かんだ。みんな無事だろうか。

new8215b被害が少なかった実家(富山県氷見市)周辺でも道路が陥没し、水道は10日間ほど断水。自然の脅威と水のありがたみを痛感し、この後に続々と入ってくる能登の惨状、今なお続く断水などに心が痛んだ。

能登のリアルな状況をキャッチできたのはSNSだった。最初に目に飛び込んできたのは、能登町松波の酒蔵『松波酒造』の若女将・金七聖子(きんしち せいこ)さんの「大変なことが起きました 私の家が潰れました 蔵も」という動画投稿だった。家から飛び出し、息を切らしながら四方を映し出した映像にあったのは、見慣れた『松波酒造』の店や蔵、周囲の街並みではなく、すっかり変わり果てた姿だった。

酒蔵も住居もすべて全壊、創業150年の『松波酒造』

能登町の『松波酒造』では、築100年を超える木造の酒蔵と住居が全壊した。店と棟続きの建物の3階にいた七代目女将の聖子さんは、ガラス戸をたたき割って命からがら脱出したが、杜氏でもある妹の美貴子さんは、落ちてきた大きな梁の下敷きになり大怪我を負った。外へ出た聖子さんが目にしたのは、映画のような現実離れした景色。あまりの惨状に驚愕したが、すぐさま「私の街が大変なことになっています、助けにきてください」とSNSに投じた。

new0001c『松波酒造』では歴史ある木造の酒蔵と住居・店舗が倒壊。発酵中のもろみも、瓶詰めしたばかりの酒も、酒造りの道具も、すべて建物の下敷きになった。(画像提供:松波酒造)

酒蔵は屋根と2階が潰れて傾き、とても近寄れる状態ではなかった。年明けに完成予定だった新酒のタンクも、これから売り出す予定だった新銘柄の酒も、長年使ってきた設備、道具のすべてが建物の下敷きになった。「悔しい、でも絶対に残っている酒があるはず、必ず掘り起こす」と決して諦めなかった。

被災当日から一家7人は、近くにある中学校へ避難。その日から聖子さんは避難所の運営に奔走し、心身ともにクタクタになりながら、生き残ること、自分の家族や酒蔵の再起について考えて過ごした。

知人に誘われて店や酒蔵の様子を見に行けたのは、数日経って避難所が少し落ち着いてきた頃だった。そのとき、祖父の代から伝わる木製の看板と、父親が酒を搾る袋の布地に白いペンキで代表銘柄「大江山」の文字を書いた手作りの暖簾を取り出すことができた。

new0002d倒壊した建物内から看板と暖簾を取り出し、酒造りの誇りを失わず、必ず復興させると誓う聖子さん。(画像提供:松波酒造)

希望の光、酒蔵から救出された酒を飲んで応援!

1月6日から聖子さんは家族全員で金沢市内のホテルに二次避難し、現在は住居を見つけて暮らしと酒蔵の再建のため奔走する日々を送っている。「石川県酒造組合連合会」や酒蔵の仲間、酒販店などの協力もあり、被災した従業員と力を合わせて倒壊した酒蔵から酒米を運び出し、割れずに残った日本酒も救い出すことができた。

new0533e2月11日、救出した日本酒の販売会を金沢市内の酒販店『とみた酒店』の協力で開催。SNSでの急な告知にも関わらず、店の外までファンによる長蛇の列ができた。

搬出できた日本酒は問屋の倉庫に収め、酒造組合が運営する金沢駅併設の商業施設にある『金沢地酒蔵』、金沢市内の百貨店『金沢エムザ』、一部の酒販店などで販売が再開している。また、石川県小松市の酒造『加越(かえつ)』の協力で、レスキューした酒米を使った代理醸造が決まり、聖子さんも二十数年ぶりに蔵人として酒造りに参加。『加越』の懐を借りて『松波酒造』のレシピで一から造られた日本酒は、3月末にもろみを搾り、4月上旬に新商品としてリリースされる予定だ。

「できることから一つずつ、前に進みます。ファンの皆さん、協力してくださる日本酒業界の皆さん、本当にたくさんの人に支えてもらって感謝です」と聖子さん。

new0497f全壊した酒蔵からレスキューした日本酒の中から、一升瓶、4合瓶、カップ酒など約150本を販売。

金沢市の酒販店では石川県の地酒を多く扱っているが、震災直後から能登の酒だけが売り切れる状態が発生している。被災した酒蔵の応援として真っ先に思い浮かぶのは、日本酒の消費。能登の地酒を応援したいと購入する人が増えたこと、そもそも酒蔵からの新規の出荷が停止したことから市場は品薄となり、酒屋の売場は能登の地酒スペースだけが空になってしまったのだ。

倒壊した酒蔵の復旧には時間がかかる。東日本大震災の時も、東北の酒蔵の多くが復旧に長い時間を要した。その時の教訓は、市場から被災した酒蔵の銘柄を消さないようにすること。酒造りができず流通が一旦途絶えると、酒販店の棚や飲食店のメニューから銘柄が消えてしまい、数年後に酒造りを再開したときに販路を再開拓しなければならなくなるのだ。

new0484g「棚の空いているスペースに能登の酒が再び並ぶことを待っているし、全力で応援している。同じく被災している富山県氷見市の『高澤酒造場』の「曙」や、能登を支援している石川県内の酒蔵の日本酒もぜひ飲んで応援して欲しい」と、「大江山」レスキューと販売会に協力した『とみた酒店』の富田さん。

能登の酒蔵は蔵ごとに規模も被害状況も異なり、瓶詰めやタンク貯蔵で無事だった商品の販売、仕込み途中の「もろみ」「原料米」を運び出して他所の酒蔵で代理醸造した商品のリリースなどが一部で始まりつつある。中には、珠洲市の『宗玄(そうげん)酒造』のように停電中の酒蔵で「もろみ」を手作業で搾り、オンラインショップで限定販売したケースや、断水の復旧を待って今季の酒造りの再開を目指す『数馬酒造』のようなケースもある。

震災以降に酒蔵から出荷された日本酒は、そのまま酒蔵の収入に直結する。石川県内・県外の酒蔵による代理醸造は、これから能登で日本酒が再び生産できるようになるまで、市場にも、人々の記憶にも、能登の銘柄を残し続ける力になる。能登の酒造り魂と、希望の光は消えていない。

「能登のお酒ももちろんですが、協力してくださっている酒蔵のお酒を飲んでいただけると、間接的に能登の酒蔵の応援にもなります。能登の酒造りが復活したときに、日本酒業界が寂しくなっていないように、変わらず日本酒を楽しんで欲しい」と聖子さん。

new0576hレスキューされた『松波酒造』の「大江山」と『数馬酒造』の「竹葉」を購入し「今夜さっそく店で提供します」と話す金沢市木倉町(片町エリア)にある『CRAFEAT』の奥村シェフ。同店は輪島市で200年以上の歴史を誇る輪島塗の老舗が営むレストランで、本社の『田谷漆器店』も被災している。「能登はまだ気安く近づけませんが、金沢で食べて、飲むことも被災地の応援になります」と話す。

石川県酒造組合連合会が義捐金口座を開設

1月9日、「石川県酒造組合連合会」が、能登半島地震で被災した組合員の援助のための義捐金口座を開設した。能登の日本酒を応援する寄付先として、もっとも信頼できるのはこの義捐金口座といえる。


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<石川県酒造組合連合会 義援金口座>
北國銀行 金沢城北支店
口座名 石川県酒造組合連合会 ケンシュゾウクミアイレン
普通預金 0036977
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元日からひっきりなしに余震が続き、酒造組合でも各酒蔵の被害状況はなかなか把握できなかったという。電気、通信が復旧して連絡が取れるようになると被災状況が明らかになり、特に奥能登の酒蔵は古い木造建物も多いため、建物の崩壊、設備の損壊、清酒の流出など甚大な被害が確認された。

酒造りの最盛期に発生した地震により、今季の酒造りがほぼ絶望的となった。仕込み途中の酒も、仕入れていた原料米も、商品の在庫も、酒造りの根幹となる蔵そのものを失った酒蔵が必要としているのは、何といっても復旧・復興にかける資金だろう。

酒造組合の義捐金口座が開設されると、SNSでシェア・拡散され、初日から数十万件のアクセスがあり、全国から寄せられた義捐金は2月13日時点で7千万円を超えた。義捐金は一時金として被災した酒蔵に届けられたが、今後も義捐金の募集は続き、随時分配される。

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石川県では酒蔵同士の横のつながりが非常に強い。毎年、日本酒の祭典「サケマルシェ」というイベントを開催し、日頃から交流・協力しながら切磋琢磨し、地元の日本酒全体を盛り上げてきた。今回の能登半島地震では、代理醸造をはじめ、さまざまな支援の形で、その絆の強さがより顕在化した気がする。

「石川県酒造組合連合会」の義捐金のほかに、酒蔵各社の義捐金口座や、各種クラウドファンディングも立ち上がっている。今はほとんどの酒蔵で店頭・通信販売は再開できておらず、危険なため一般の現地ボランティアも受け付けていないが、状況は日々変化しているので、各酒蔵のホームページ、SNSなどで最新情報を確認して、ぜひできる応援を!

被災した酒蔵の復旧・復興には5年、10年と長い道のりが予想され、支援も長期戦で必要となる。能登の酒造りを守り続けるために、震災直後だけでなく、どうか多くの人に息の長い支援・協力を願いたい。

奥能登の酒造各社

【竹葉】数馬酒造 株式会社 石川県鳳珠郡能登町宇出津
【大慶】櫻田酒造 株式会社 石川県珠洲市蛸島町
【能登誉】株式会社 清水酒造店 石川県輪島市河井町
【宗玄】宗玄酒造 株式会社 石川県珠洲市宝立町宗玄
【谷泉】株式会社 鶴野酒造店 石川県鳳珠郡能登町鵜川
【末廣】合名会社 中島酒造店 石川県輪島市鳳至稲荷町
【能登亀泉】中野酒造 株式会社 石川県輪島市門前町広瀬
【若緑】中納酒造 株式会社 石川県輪島市町野町寺山
【奥能登の白菊】株式会社 白藤酒造店 石川県輪島市鳳至町上町
【白駒】日吉酒造店 石川県輪島市河井町
【大江山】松波酒造 株式会社 石川県鳳珠郡能登町松波

次回に続く)

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