産地ルポ これからの和食材

糖度の高さと食感の良さは随一! 茨城『野口農園』の柳蓮田(やなぎだ)蓮根

茨城県はレンコン生産量日本一。霞ヶ浦沿岸には、見渡す限りのハス田が広がります。この地で大正時代からレンコンを栽培してきた『野口農園』の野口憲一さんは、色の白さや重さで語られることが多かったレンコンの“味”に着目。糖度が高く、食感もいい品種を守り、1本5000円で売り出してブランド化に成功しました。一般的なレンコンとの違いはどこにあるのか、夏のレンコンの収穫が始まったばかりの、かすみがうら市を訪ねました。

文:瀬川 慧 / 撮影:喜多剛士

目次

収穫したレンコンは基本的に即日配送。7月下旬~10月中旬までは発泡スチロール箱に保冷用の氷を詰めて出荷する。商品の選別基準を細かく分けて、幅広く商品を展開。日本料理店には、2kg 3500円から4kg 5000円の選別基準がおすすめ(送料分の価格が上がる場合あり)。
日本で2番目に大きな湖、霞ケ浦沿岸にハス田が広がる。1970年の減反政策もあって栽培面積は300haから一気に2000haに増えた。「何十年も地下水を使っているのに、地盤沈下が起きないのは霞ケ浦と圃場の地下水脈が繋がっているからかもしれません」と野口さん。
品種選別からマネジメント、販売を担当する取締役の野口憲一さん。大学で教鞭をとる民俗学の研究者でもある。日本全国の農家有志による農産物ブランド「柳蓮田」の活動にも力を注ぐ。40歳。

サツマイモのような甘み、梨に似たシャキシャキ感

「柳蓮田蓮根」を初めて食べたのは一昨年秋、東京の『銀座 小十』でのこと。「日本一糖度の高いレンコンです」と、店主の奥田 透さんが出してくれたのが、『野口農園』のレンコンだった。

蒸してから表面だけを強火で香ばしく焼いたレンコンは、サツマイモのようにむっちりと甘く、それでいて梨に似たシャキシャキ感があり、名残の鱧の炙りとよく合った。それは今まで食べたレンコンとはまったく違う、それだけで主役を張れる存在感だった。

全国のレンコン出荷量の約5割を占める茨城県でも、霞ケ浦沿岸のかすみがうら市や土浦市はその中心地。この地で大正時代からレンコンを栽培してきた『野口農園』の作付面積は約16haほど。耕作する数十の圃場(ほじょう)が霞ケ浦周辺20㎞内に点在している。

「レンコンの味で勝負する。この当たり前のことを理解してもらうのに一番苦労しました。それまでレンコンといえば白いか、白くないか。あとは重さや大きさしか評価されなかった。煮物にしてしまえば味はそう違わないから…でしょうね」と話すのは、『野口農園』で主にマネジメントと販売を手掛ける野口憲一さんだ。

1本5000円の“価値”を謳う

「以前から品質にこだわって栽培してきた父(國雄さん)のレンコンに、絶対の自信がありました」と、野口さんは言う。そこで、美味しさと伝統を前面に打ち出し、農園をブランド化するための一手を打った。フラッグシップとなる最高品質のレンコンを、それに見合う価値を付けて売り出そう! 値付けは1本5000円。2013年のことだ。

「最初は展示会に積極的に参加して、広報にも力を入れました。マスコミに取り上げられる機会も増え、知名度が上がるにつれて、少しずつ注文も伸びて販路も拡大しました」。
ミシュラン星付き店に片っ端から電話営業をかけて商品を送付したり、実際に店まで出向いたり。最高の食材を常に追い求めている料理人なら、「このレンコンの価値を必ず分かってくれる」という確信があったからだ。

その確信は正しかった。多くの星付きシェフから注文が入り、『銀座 小十』奥田さんはパリやNYの支店でも、わざわざ取り寄せて扱ったという。そこから、海外のシェフたちへも、ウワサが広がっていく。

「柳蓮田蓮根」は、一度食べれば、圧倒的な風味や食感が記憶に刻まれる。糖度の高さと、心地よい食感。アク抜きも必要なしで、むしろ水に晒(さら)すことで、糖分が抜けてしまうと言う。

「うちのレンコンはでんぷん質が少なくて水分が多く、糖度が高いんです。普通はでんぷん質が多くて水分が少なく、それほど糖がない。それだと身はギュッと詰まりますけれど、シャキシャキ感はありません。薄く切って軽く茹でて冷水に取り、ぜひサラダで食べてみてください。今まで食べていたレンコンはシャキシャキじゃなくて、ガリガリだと気づきますよ(笑)」。



“水掘り”で無垢な白さを守る

7月中旬の朝、野口さんに案内されて、霞ケ浦から車で20分ほど走った山間にある『野口農園』の圃場に向かった。

緑の葉が生い茂るハス田では、夏のレンコンの収穫がちょうど始まったばかり。2人の社員と外国人研修生が腰まで浸かりながら、収穫作業に精を出していた。収穫は、高圧水ホースを使った“水掘り”。水圧でレンコンを掘るため傷が付かないという。

まだ9時だというのに太陽はジリジリ照りつけ、額から汗がふき出す。高水圧ホースのしぶきに光が反射し、ときどき美しい虹を作る。
小舟の上、みるみるうちに泥だらけのレンコンが積み上がっていく。それを一人が運び、水道水を勢いよく出して洗う。一瞬にして、泥が流され、真っ白なレンコンが現れる。

「生ですけれど、ちょっと食べてみますか」。
そう言って野口さんが収穫したてのレンコンを切って差し出す。切り口から水が滴り落ち、穏やかな甘さが口一杯に広がる。みずみずしい食感は、確かに梨に似ている。
「まだまだこんなもんじゃありません。お盆を過ぎた頃にはさらに糖度がぐっと上がって、トウモロコシくらいの甘さになりますよ」。

手間がかりの品種を作り続けるという哲学

「毎日、収穫したレンコン1本1本の品種を確かめながら出荷しています」。

これが「柳蓮田蓮根」最大の特徴。約90年かけて育んだ良質な土づくりはもちろん重要な要素だが、美味しさの秘密は「私たちの持つ高度な技術と技能」と野口さんは断言する。

『野口農園』では7~8割を特定の品種に絞って栽培しているという。
「この品種は、作るのがとにかく面倒なんです。一般的な品種と比べると柔らかく繊細で、非常に手がかかる。収穫する際にも扱いが雑だとすぐに折れてしまいますから、結果的に収量が8割くらいに落ちてしまいます」。

『野口農園』の主力品種は丈が低く、放っておくとすぐに背の高い品種が地下から伸びて混ざり、駆逐(くちく)されてしまう。そのため、『野口農園』では、最初に植え付ける種の段階から選別し、出荷の際にも目利きによって厳しく品種を振り分けている。

「ですが、品種が特殊だから美味しい、ということではないんです」と野口さんは言う。

社長である父の國雄さんは、この手間がかりの品種を、普通のレンコンと変わらない値段で販売していた頃から、頑なに栽培し続けてきた。

「これは、レンコン農家としての意地です。僕はこのことにこそ、価値を見いだしていただきたいんです。
それは、ミシュランの星付き店にやってくるお客さんが、美味しさだけではなく、料理人の高度な技術と技能、その背景にある哲学や精神性にまで価値を見いだしていることと、まったく同じだと思っています」。

奥田さんをはじめ、料理人の方たちは、料理を通して、お客様にきちんと真価を伝えてくれる応援団のようなもの。「1本5000円の中に、僕ら農家の哲学や精神性を価値として感じてくれている。そういう方々をもっと増やしていけば、農業の未来は明るくなるはずなんです!」。野口さんは、そんな世の中を目指していると熱く語る。

定量出荷が可能な時期は7~3月。夏と冬では食味が異なり、夏は真っ白で、よりみずみずしく、シャキシャキとした心地よい食感が楽しめる。片や、冬のレンコンは成熟している分、糖度がかなり高いという。
「12月頃のレンコンは、甘みがふくよかで最高です! いや、それ以上に3月頃の春のレンコンもいいな。風味がすごく良くなるんで」。


霞ケ浦から少し山間に入ったところにある圃場は日照がよく、風が当たらないため、早く収穫できる。圃場を数十カ所に分散することで、天候不順などのリスク回避に備える。
水深は浅い圃場では20㎝程度、深い圃場では1m以上など様々。地下茎であるレンコンは地底より下にできるため、泥の中に入ってエンジンポンプによる高圧水ホースを使い、‟水掘り“で収穫。柔らかな芽先も折れないように1本ずつ丁寧に掘っていく。
長さや太さなどで選別していく。同じ品種でもハス田や天候によって味が少しずつ違う。この時期に掘るレンコンは、1年前に植え付けをし、早い時期に収穫ができるよう工夫されたもの。
収穫したレンコンは小舟に載せて運び、洗浄する。地下茎であるレンコンは実際に抜いてみるまで収穫量が読めず、すべて手作業の重労働だ。
すぐさま水で洗う。泥を落とすときれいなレンコンに。夏は劣化が早いので、その日のうちに氷詰めで出荷する。
よく見ると芽の中に2つの芽があり、上は葉っぱ、下はレンコンになる。下の芽の中にはまた2つの芽がある、いわば入れ子構造になっている。

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