和食を科学する料・理・理・科

真昆布だしを科学するvol1.焼き昆布だし編

大阪では昔から和食の味の要に真昆布のだしが使われてきました。ところが、天然の真昆布は2015年以降、急激に獲れなくなりつつあります。「このままでは大阪の味が失われてしまう。真昆布をもっと大事にして、他の食材から引く新しいだしも考えていかないと」と、大きな危機感を持って本企画にご参加くださったのが、『浪速割烹 㐂川(きがわ)』の上野 修さん・翔平さん親子。「促成昆布を使って、天然真昆布に負けない旨いだしを取る」という命題に、農学博士・川崎寛也先生と挑みます。その手法とは? 予想外のアクシデントが“怪我(けが)の功名”となった実験を、余すところなくレポートします。

文:河宮拓郎 / 撮影:香西ジュン
上野 修さん(大阪・法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』店主)

1961年生まれ。81年より三重『志摩観光ホテル』のメインダイニング『ラ・メール』でフランス料理を学び、85年、『浪速割烹 㐂川』入社。父・修三さんの『天神坂上野』開店に伴い、95年『㐂川』二代目店主に。伝統と独創を重んじる父の割烹料理を継承しつつも、フレンチの経験や知見を生かした独自の料理世界を構築している。

上野翔平さん(大阪・法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』勤務)

修さんの長男として生まれ、京都屈指の料亭『菊乃井』で約8年間修業の後、2016年より『浪速割烹 㐂川』入社。「『菊乃井』さんと『㐂川』、それぞれの良いところを吸収して、自分のものにしていきたい」と語る。今回の実験では、翔平さんのある思い違いが図らずも好結果を導く。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」(柴田書店)。

促成の真昆布のだしの味とは?

上野 修(以下:修)
天然の真昆布が採れなくなり、うちでも以前のような分厚い板状の天然ものは手に入らなくなって…。贅沢に天然を使えないので、数年前からは2年物の養殖も併用していますが、やっぱり味の上で物足りへんなぁ、と。
その2年養殖も品薄と聞いて、いよいよ1年養殖の促成を使うことも視野に入れなければと思てます。
上野翔平(以下:翔平)
促成真昆布を使って“物足りなくない”だしを引けたらいいのですが…。
川崎寛也(以下:川崎)
まず、昆布だしとは何か、ということをおさらいしましょう。
昆布だしは、昆布に含まれるグルタミン酸などのアミノ酸が溶け出したものです。昆布ほどグルタミン酸を多く含む“植物”は他になく、しかも、日本でも北海道・東北の沿岸部でしか採れないという、非常に珍しく、謎の多い食材なんです。
修:
大阪では真昆布を好みますが、羅臼・利尻・日高など地域によっても使う昆布は変わりますよね。
川崎:
京料理には利尻昆布のだしが使われることが多いですからね。利尻昆布は、数年間、熟成保存されたものが上質とされます。ですが、昆布は熟成してもグルタミン酸が増えるわけではないんですね。
昆布独特の海藻臭や青臭さは、ヘキサナールという不快臭物質によるものです。それが熟成の間に揮発すると共に、昆布に含まれるアミノ酸と糖がゆっくりとメイラード反応することで香ばしい香りが付く。これが熟成の効果と言えます。
修:
では…促成昆布のだしが薄い場合、どうしたらいいんでしょう?
川崎:
グルタミン酸が足りないと感じるなら、単純に昆布の量を増やせばいいのですが…。促成真昆布のだしは天然と比べて、どの程度薄いのか。そのあたりから確認しませんか? 
翔平:
実は、天然真昆布と促成真昆布からだしを引いておきました!

ryo0021c上の黒々としたのが、天然の真昆布。「昔は板状の立派なのが手に入ったんやけどね…」と修さん。下は、1年養殖の促成昆布。値段は、天然が1㎏8000円なのに対して、促成は1kg3800円ほど。

ryo0021d 『㐂川』の天然昆布のだし。水3升(5.4ℓ)に昆布は85g。一晩水出ししてから、65℃で60分煮出す。促成昆布も同様の量を、同じように煮出した。

ryo0021e左が促成昆布のだし、右が天然昆布のだし。天然の方が少し色が濃い。

川崎:
では飲み比べてみましょう。ん!? 促成昆布の方はやや塩気が強くて、うま味の単純比較がしづらい…。
修:
確かに。でも、促成昆布は明らかにうま味の余韻が短いですわ。
川崎:
同感です。そして、昆布臭さが天然よりも強いですね。天然は、とろみもあまり感じられず、うま味だけが感じられる印象です。
昆布のとろみというは、アルギン酸などの水溶性食物繊維。昆布の表面にあって、加熱すると溶け出します。
修:
うちでは昆布だしを多用するんで、いかにも昆布味というのを求めているワケではなくて。磯臭さもない方がいいんですよね。
川崎:
あ~なるほど。修さんは、シンプルにグルタミン酸によるうま味を引き出したいのかもしれない。
そう考えると、促成昆布は確かに物足りないですね。では、促成昆布にどんな処理を施せば、天然昆布に遜色ないだしが引けるか、ということですが…。
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