【レシピ付き】東京・銀座『未能一』其の二:こんにゃくの酒盗玉子和え
『未能一』は夫婦二人で営む銀座の隠れ家。さんざん遊び倒した旦那衆がいぶし銀の旨さを求めてこっそりと通う割烹です。客が飲み、食べるペースを見計らって、御年76歳の主人・巽 保次さんが出すおまかせスタイルの酒肴は、華やかな食材を使わない代わりに上等なものを選び、寄り添うように味を含ませています。なかでも、名物と誉れ高いのが「こんにゃくの酒盗玉子和え」。高級割烹ではまずお目にかからない食材を、見事なまでの酒肴に仕上げています。
柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。
30年変わらぬ味、名割烹の気さくなアテ
このレシピが誕生したのは、30余年前。巽 保次さんが、銀座8丁目で独立して数年後のことだった。
当時は、バブル真っ盛り。今と同じビルの1階にあった『未能一』は、弟子を使い、華やかな料理を出す高級割烹だったという。
だがその一方で、巽さんは、どこかホッとするような酒肴を作りたいと思っていた。目をつけたのは、高級割烹ではまず主役になることがないコンニャク。試行錯誤の末、じっくり下茹でして水気を飛ばし、炒り煮にし、黄身酒盗で和えるという一品が完成した。
下煮したコンニャクを黄身酒盗で和えて、酒を呼ぶ一品に。
コンニャクの仕事に熟練の技あり
コンニャクはそのままだと味が入りにくいので、隠し庖丁を施すのだが、巽さんの手法は「小波に切る」。刃先を上下に軽く動かしながらコンニャクに当てていくことで、表面に小波のような凹凸ができるのだ。
その後、水分とアクを抜くために、30分ほど徹底的に下茹でする。そして一番だしに梅干し、醤油を加えて煮るのだが、キーポイントは煮汁がなくなるまで炒り煮にすること。これによって、ぷるぷるとした味のないコンニャクが、だし味が効いた、ほどよい弾力のある一品へと昇華するのである。
板コンニャクを横に2等分する際、細かく庖丁を動かし、波が打っているようにスライス。「煮汁の味がよく染み込みますし、和え衣も纏わせやすいんです」と巽さん。
コンニャクを煮る際、梅干しを加えるのは保存性を高めるため。また、酸味があることで、黄身酒盗で和えても味が重たくならないという。
素朴ながら、酒を進ませる名作
黄身酒盗に下煮したコンニャクを合わせるのは、提供する直前。巽さんの黄身酒盗は卵黄が多く入っているから酒盗のクセや塩気が緩和され、とてもクリーミーな味わい。隠し庖丁を入れたコンニャクにしっかりと纏わり、味わいを倍加させる。
これまで、ただ「旨いな」という一心で、出されるそばから日本酒と一緒に食べていた一品に、こんな手間がかかっていたことを知り、私は日本料理の技の凄みを知った。そして、こういう一品をさらっと出す巽さんと、その味を分かって通う旦那衆がいるところが、銀座の奥深さだと改めて思うのである。
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