【レシピ付き】東京・赤坂『津やま』其の四:鯛茶
赤坂の繁華街の小さな路地に店を構えて50余年。政財界から名料理人まで、名だたる食通に愛され続ける『津やま』には、沢煮椀や豚角煮など数々の名物があります。その中でも「鯛茶(鯛茶漬け)」は、初代が修業先である銀座の名店『わたき』から受け継いだ逸品です。今や多くの和食店で供される鯛茶ですが、『津やま』は一味違うと言われます。隠し味は、お茶漬けに欠かせないあの食材。ロングセラーのヒミツに迫ります。
柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。
銀座『わたき』の名物を伝える
1969年開店の赤坂『津やま』は、新橋『京味(閉店)』、原宿『重よし』と並んで客筋のいい割烹として知られていた。コースが花盛りとなった今も、きんぴらや炒り豆腐、豚角煮といった家庭料理を思わせる品書きは変わらず、二代目主人の鈴木弘政さんと、初代の長女で女将を務める純子さんに受け継がれている。
『津やま』の味は、唸る旨さというより、ホッとする美味しさ。どの一品も、シンプルながら、見事な玄人仕事だと思う。初代・鈴木正夫さんはその技を、銀座の名店『わたき』で仕込まれた。
鯛茶もその一つで、正夫さんは<わたきの味といえば鯛茶漬けです。おやじが一番大切にしていた料理だった>と、『もてなしの心 赤坂「津やま」東京の味』(野地秩嘉著 PHP研究所刊)で語っている。
私が『津やま』に通い始めた1990年頃、東京の日本料理店で締めに鯛茶を出すところは少なかったと思うが、今ではポピュラーになった。しかし、『津やま』の鯛茶は一味違う。しっかり味を付けたゴマダレで鯛を絡めているので、決して上品な料理ではないが、極上の天然鯛を使うことで、鯛の味がタレに負けず、見事な相性を見せる。
常連の小泉純一郎元総理の大好きな料理として有名になったが、元総理が毎回、食べたくなる気持ちは私にもよく分かる。上品ではないけれど、下品でもない。その絶妙な旨さを表現しているのが『津やま』の鯛茶なのだ。
名物の鯛茶。お茶は、赤坂『土橋園』のほうじ茶を使用。
梅の風味を忍ばせたゴマダレ
初代の正夫さんに「津やまの鯛茶の秘密ってあるんですか?」と聞いたことがあった。
当時はまだ、料理のレシピを教えるなんて言語道断の時代で、私も期待していたわけではないが、正夫さんは事も無げに「うちのタレには梅干しが入っているから、こってりした中でも、後味がさっぱりするんだよ」と教えてくれた。
もっとも、二代目の弘政さんによれば、開店当初の鯛茶には梅干しは入っていなかったとのこと。だが、常連だった『永谷園』の社長が、初代と茶漬け談義で盛り上がっていた時に、「お茶漬けといえば梅でしょう」と言ったことがヒントになったという。
梅干しは種と果肉を分けて使う。酒を煮切る際に種を加え、そこに濃口醤油を合わせ、まずはベースの醤油ダレを作る。先代の塩梅は、酒と濃口醤油が6:4だったが、ちょっと濃いので、当代は7:3にしているとのこと。形は変わらずとも、内実は時代に沿って変えているのが老舗の心意気だ。
自店で煎ったゴマをすり鉢で当たり、醤油ダレを加えるのだが、その際に梅肉をすり合わせている。梅肉の量は忍ばせる程度。わずかな酸味と香りで、ゴマダレの味を引き締めているのだ。
酒7合に梅干しの種5つを加えたら、強火にかけて煮切る。豪快に炎が上がった状態で約5分。その間に、梅の風味が煮切り酒に移る。
ゴマダレには梅干しの果肉を。8割ほどすり潰した煎りゴマと混ぜ合わせる。
上等の鯛で、ばさっと作る
鯛茶に使うのは2㎏程度の天然真鯛だ。脂と旨みのバランスの良い淡路産のものが多く、腹よりも脂がほどよい背を使う。「鯛はその日にあるものの中から条件に合う一番いいものを使います。安い鯛だと美味しくないんです」(弘政さん)。
1人前は約50g。薄くそいでから細切りにし、ゴマダレと絡ませる。細切りにした方がゴマダレになじみやすいからだ。
まず数切れをゴマダレに絡ませたままご飯にのせて食べ、残りの鯛をゴマダレごとご飯にかけ、ほうじ茶を注いで茶漬けにする。私の肌感覚では、鯛茶には煎茶やだし茶を使う店の方が多いが、『津やま』は煎茶より香りがよく、ゴマダレに忍ばせた梅の風味を損なわないためにほうじ茶を使うという。
私はそのまま漬け丼で最後まで食べ進めることも多いが、これは好みの問題。好きな味わい方を選べるのも、鯛茶の楽しみだ。
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