【レシピ付き】東京・銀座『銀座 矢部』其の三:納豆うどん
『銀座 矢部』はカウンターに座り、大将と話をしながら料理を決めていく楽しみが味わえる、東京でも数少ない割烹。大将の矢部久雄さんの料理に関する蘊蓄(うんちく)を聞くのも楽しみの一つです。伝統的な日本料理や、幅広い知識から培った独創的な一品に舌鼓を打った後の麺類がまたご馳走。35年前から蕎麦を打ち始めた矢部さんの十割蕎麦は絶品ですが、人気を二分する名物が「納豆うどん」。これが『銀座 矢部』でしか味わえない美味しさなのです。
柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。
銀座の人気割烹、締めのお約束
『銀座 矢部』は店主の矢部久雄さんと今日届いた美味しい食材の話をしながら、料理を食べ、最後に矢部さんが打つ蕎麦で締める喰い切り割烹である。ところが、だ。常連になればなるほど、締めは十割蕎麦だけでは終わらない。つい、納豆うどんを頼んでしまうのだ。
私は日常生活で納豆をさほど食べる方ではないが、この名物は納豆が旨い上に、卵と蕎麦つゆのバランスが絶妙で、それがカルボナーラのようにふわっと仕上げられている。一度食べると誰もがファンになってしまう味なのだ。
矢部さんが蕎麦を打ち始めたのは35年以上前だが、うどんは20年ほど前のこと。納豆の栄養について取り上げたテレビ番組を見て思い付いたという。だが、今のスタイルに至るまでには試行錯誤が随分あった。うどんの硬さ、納豆の種類、混ぜ方などすべてが高水準でないと美味い納豆うどんはできないからだ。
ランチの納豆うどん1650円。夜のコースの締めにオーダーも可能で、うどん半玉など量を調整してくれる。
200回混ぜて、ふわとろに
納豆うどんには、大粒の納豆、ネギ、卵黄、焼海苔がのっている。まずはこの状態で、蕎麦つゆと共に客席へ。それを一度引っ込めて、空気を入れるようにオープンキッチンの厨房の中で下から上にかき混ぜる。その数なんと200回。
リズミカルに攪拌されるうどんは、混ぜられていくうちに、次第に納豆の糸が引かなくなり、全体がカルボナーラのようなふんわりとした状態になる。それが完成形なのである。
一度食べると、誰もがはまる味。蕎麦つゆと卵黄と納豆が混然一体となってうどんを包み込む。うどんは硬めの手打ち。だからこそ、お互いの味が引き立つのだ。
蕎麦も食べたいから、私は大概、同行者と1人前を半分ずつにして味わうことが多いが、いつも食べ終わって物足りなくなって、1人前を食べればよかったと思う。それくらい中毒性のある味なのである。
蕎麦つゆを少しずつ丼に入れながら、卵黄を潰し、まずは全体を軽く混ぜる。
箸を掴むようにして、丼の底から上へ空気を含ませるように混ぜる。200回ほど混ぜると、納豆の粘りがなくなり、うどん全体に納豆や卵黄が絡みつく。
昔ながらの大粒納豆を吟味して
納豆うどんに使う麺は、加水率は42%とかなり少なめ。逆に塩水濃度15.5%と高めにし、弾力のある硬めの麺に仕上げる。打ってから1週間以上寝かせてコシを強めるのも矢部流で、「200回混ぜるのに耐えられないといけないから」と言う。
自家製うどんは、最低1週間、理想的には2週間から1カ月寝かせて使用。うどん粉は、いろいろ試した結果、愛知県の『金トビ志賀』の「ゴールドかもめ」に行きついた。
納豆は長らく昭和22年創業の『高橋商店納豆製造所』のものを使っていた。お気に入りは黒目納豆という愛称で知られた大粒。かつて江戸の納豆の主流だったという。北海道産の秋田大豆を使っているが、目の部分が黒いので“黒目”と呼ばれるのだ。
「昔ながらの大粒で、香りがふくよか。旨みも力強い」と愛用していたが、『高橋商店納豆製造所』は2010年に廃業。それを惜しんだ『大平納豆』が味を継承したため、現在はその「東京納豆」を使っている。
海苔は安政元(1854)年創業の東京・築地の老舗『丸山海苔店』から。蕎麦つゆはもちろん自家製で、『ヤマサ』と茨城の『ヨネビシ醤油』を合わせたものにみりん、グラニュー糖を加えてかえしを仕込んでいる。
墨田区大平に昭和23年創業した『大平納豆』。「東京納豆大粒」85g。
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