【レシピ付き】東京・赤坂『津やま』其の五:豚角煮
都内には多くの割烹がありますが、『津やま』はある意味、特異な存在といえるでしょう。というのも、『津やま』が目指しているのは「プロによる家庭料理」だからです。銀座の名店『わたき』での修業を経て、先代の鈴木正夫さんが赤坂で開業したのは1969年。以来、品書きには変わらず、きんぴら、炒り豆腐といった家庭的な一品が並んでいます。そのどれもが、唸る旨さというより、ホッとする美味しさ。今回ご紹介するのは、人気ベスト3に入る豚角煮。仕込みから提供まで2日間、その全工程を詳(つまび)らかにしていただきました。
柏原光太郎(かしわばらこうたろう):1963年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。『東京いい店うまい店』編集長、食のEC『文春マルシェ』立ち上げの後、独立。食の社交倶楽部「日本ガストロノミー協会」を設立し、会長に。食べログフォロワー5万人以上。外食産業、地方創生関係者との繋がりも深い。著書に『ニッポン美食立国論』(日刊現代)。
手間暇かけた、プロの家庭料理
『津やま』初代の鈴木正夫さんはいつも「料理屋の料理よりも家庭料理の方がはるかに大切」と話していたという。そのことを、小泉純一郎元首相はとても感心したと、先代に宛てた手紙にしたためている。
その『津やま』の料理の中でも、常に人気ベスト3に入るのが豚角煮。家庭でも作れるが、『津やま』の豚角煮はやはりプロの技。2日間かけて仕込むという。まずは徹底的に脂を抜き、そこから味を入れていくことで逸品が生まれるのだ。
私は豚角煮には米の味がする伝統的な日本酒が合うと思っているが、それ以上に合うのはご飯。以前、女将の純子さんに「『津やま』でリーズナブルにお腹いっぱいになるのはどうしたらいいか」と尋ねた時、「若い人ならうちの角煮でご飯3杯はいけると思うよ」と話してくれたことを覚えている。それくらいご飯を呼ぶ、食べ始めたら止まらない味なのである。
徹底的に三枚バラの脂分を抜く
1回の仕込みに使うのは、豚の三枚バラ5㎏分。銘柄にこだわることはないが、肉と脂のバランスを重視して選ぶ。
まずは塊肉を10㎝幅に切り出して、片面の脂の部分だけをフライパンで焼く。初代は大きなブロックのまま焼いたが、まんべんなく焼き目が付かないきらいがあるため、二代目の弘政さんは切り出してから焼くことにしたという。
脂が出ると丹念に捨てながら、真黒になるまで焼く。火加減は中火。強すぎると、火の入り方がまばらになるためだ。
豚三枚バラの皮目だけを、焼き色が黒くなるまでしっかりと焼く。
焼いた三枚バラは、おからと共に鍋に入れ、たっぷりの湯を加えて4時間以上とろ火で下茹でする。おからは、豚肉のアクと脂を吸ってくれるだけでなく、洗い流すと簡単に取れるところも利点。糠(ぬか)を使う人もいるが、匂いが豚肉に付いてしまうし、肉の隙間に入ると取れにくい。
三枚バラ5㎏に対して、おからは1㎏とたっぷり使う。
下茹でが終わった後の三枚バラ肉は、脂が抜けて、小さく、柔らかくなる。ここまでの工程で70%くらいの重量になり、約30人前が取れるという。
一晩置いて煮汁の味を含ませる
下茹でした三枚バラ肉は1人前約100gに切り、煮崩れそうなものはタコ糸で縛っておく。まず、水と酒を合わせ、バラ肉を入れてしばらく置く。すると水の冷温によって脂が固まって浮いてくるので、これを取り除いてから砂糖を加えて煮始める。みりんは、肉が硬くなるので入れない。醤油は30分ほど経ってから加えるという。
2時間ほど煮たら、そのまま一晩置いて味を含ませる。翌日、表面に固まった脂を取ってからバットに分け、注文が入ると、人数分を煮汁と共に小鍋で20分煮る。煮汁にとろみが付いて、ほぼなくなるくらいまでしっかり煮ることで、艶やかで、こっくりと味わい深い『津やま』流の豚角煮ができる。なるほど、これならご飯3杯は楽勝だ。
月額990円(税込)で限定記事が読み放題。
今なら初回30日間無料。
フォローして最新情報をチェック!
会員限定記事が
読み放題
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です
この連載の他の記事老舗の名物ものがたり
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です