柄杓師・三原啓司さん【前編】|「100年先を見越した竹道具」
奈良県生駒市は高山町のはずれに、ある竹細工の工芸士が工房を構えています。高山町といえば全国の茶筅の9割を生産する名産地ですが、彼、三原啓司さんの得手は、同じ茶道具ながら柄杓に茶杓、あるいは青竹の器。その技と美を求めて茶道のお家元が直々にこの工房を訪ね、またその道具はやんごとなき方にも献上されてきました。作る道具の100年先に思いを馳せつつ、刹那のもてなしに用いられる青竹にも同様の丹精を注ぐ。三原さんの技と竹が織りなす美しい道具と、そこに籠められた深い思いを紹介します。
話は、当「WA・TO・BI」担当の編集者が大阪・福島の料理屋『楽心』で鮎を楽しんだことに始まる。
その鮎の、1尾がちょうど入る肉厚な青竹の器に打たれたと彼女は言う。清冽な香りや、青竹の持つエネルギー感はもちろん、サイズの厳密さから、竹1本につき1つしか作れない器であるという、文字通りの有り難さに感じ入ったのだと。そんな器を、日々の営業に間に合うだけ用意する店の心意気を嬉しく感じることはもちろん、質と数を揃えてみせる職人氏の仕事にも感じ入ったと。
「で、ご主人に聞いてみたらその職人さん、奈良の生駒にお住まいなんですって」。
顔を合わせ、考えを伝えてから客になる
「茶道の家元さんとも幅広くお付き合いさせていただいてますけど、一般のお客さんと区別なく、ここに来てくれはって、求める道具についてのお考えをじっくり聞いて、こちらがOKとなった方とだけ取り引きさせてもらってます」。
ここ、とは、生駒市高山町の平地と里山の間あたりにある『竹工房三原』の工房兼ギャラリー。話す主は、三原啓司さんだ。
茶杓の櫂先を灯油ランプで炙って撓める、主の三原啓司さん。3人兄弟の長男で、幼い頃から「自分が家業を継ぐことになる」と考えていたそう。69歳の今、跡継ぎについては「孫に期待しています(笑)」。
三原さんのことを少しネットで予習するに、県指定の伝統工芸士であるばかりか、40年以上前に当時の皇太子殿下(現上皇陛下)に茶杓を献上し、令和元年にはバッキンガム宮殿で催された茶会にあたり、エリザベス女王に献上された茶杓と花入れを製作、などなど、ホンモノでしかありえない重厚な経歴に正直ビビッた…のだが、作務衣姿で手を動かしながらも、おしゃべりが嫌いではなさそうな三原さんの様子に、気難しい職人の気配は感じられない。
しかし、話をうかがううちに少しずつ目まいを覚え始めるのはなぜだろうか。だいぶクラクラとしてきたあたりで分かってきたのは…。
「竹には多くの種類がある」
「同じ竹道具にも多くの種類がある」
「道具が使われる場は千変万化である」
「道具を求める人の流儀や好みは千差万別である」
という、無限の多様性・可能性のなかから、三原さんは依頼主に最適な道具を割り出し、時には新たに創りだすことさえ厭わず、その求めに応じている。日本古来の材である竹と、やはり長大な歴史を誇る茶文化・和食文化が交わるところに立って仕事をする、そのために必要な、広汎な日本文化への造詣の深さ、工作の確かな腕、急な発注にも応じる手の速さ、それらが柔らかな言葉の端々からじわじわと滲んで、曼荼羅のようにこちらを圧倒するのだ。
茶杓に使う竹材のバリエーションをいくつか見せてもらった。右から4・7本目の煤(すす)竹、右端の、細かな筋が縦に入った竹が絞竹(しぼちく)、黒っぽい変色部を持つ浸(し)み竹など、どれも品種は同じ「真竹」だが、このように希少性の高い竹は珍重される。
続きを読むには
無料で30日間お試し※
- 会員限定記事1,000本以上、動画50本以上が見放題
- ブックマーク・コメント機能が使える
- 確かな知識と経験を持つ布陣が指南役
- 調理科学、食材、器など専門性の高い分野もカバー
決済情報のご登録が必要です。初回ご登録の方に限ります。無料期間後は¥990(税込)/月。いつでもキャンセルできます。
フォローして最新情報をチェック!
