筍の新作
食材で、技で、うつわで、あしらいで、季節を表現する和食。それゆえに、旬の仕立てが求められます。できれば去年とは違ったものを供したい。そんな時、参考にしていただきたいのがこの特集。旬の素材や伝統的な技法などからテーマを選んで、毎月、3軒の人気店に旬の新作をご提案いただきます。第1回目は、春の定番、筍料理から。
大阪・法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』上野 修さん作
筍の白子詰め蒸
「大阪の料理は“喰い味”でなければならない」と浪速割烹の看板を守る上野 修さんは言う。その昔、大阪には全国から商人が集まった。そのため、どの地方から来た客であっても口に合う味わいが料理屋には求められた。真昆布を利かせただしと淡口醤油を主とする調味を基本に、素材の持ち味を立たせながら深い味わいに仕立てるという“喰い味”が育まれた背景はここにある。
先代である上野修三さんが1965年に創業した割烹を引き継いで27年。その“喰い味”を守りながらも、フランス料理の研鑽も積んだ修さんが仕立てる“和魂洋才”の皿が『浪速割烹 㐂川』の持ち味だ。和の精神をもって洋の技術を取り入れる。そこには、修さんの繊細な感性と大阪の割烹らしい遊び心が満ちている。
品書きは、日本料理の基本「生・煮・焼」をセットにした「おまかせ三菜」を主に、単品料理が約80~90種。4月中旬から常連たちが心待ちにするのは、貝塚市木積(こつみ)から届く筍。5月上旬までと、他所よりも遅くに旬を迎えるものだ。
水分と養分をほどよく含んだ粘土質の赤土で育て、陽の上がらぬうちに掘り出す。その朝掘りの筍だけが持つ、極めて繊細な野趣。アクは少なく、香りや甘みは強い。「焼いても煮ても旨いのですが、今回は優しい風味を生かしたいので蒸します」と、上野さんは旬の食材を幾重にも重ね、のどかな春の里山を思わせる一品に仕立てた。
追い追い煮て、春の旨みを重ねる
「春の味をどんどん重ねていきます」。この料理のポイントは、始めに炊いた筍の煮汁で筍にのせる鯛白子を炊き、その煮汁であしらいの碓井豌豆(うすいえんどう)を、さらにその煮汁であんを…という“旨みの重ね技”にある。
まず、アク抜きした筍をカツオと昆布のだしに淡口醬油、酒、みりんなどで炊く。縦二つ割りにし、これを舟に見立てるという趣向だ。外側を薄く切り落として座りを良くし、内側をくり抜く。この舟ももちろん食べてもらうため、筍の外側から約1.5cm間隔で隠し庖丁を入れておく。
筍をしっかり摺り、スフレ食感に
筍を炊いた煮汁で鯛白子を炊き、裏ごししておく。あたり鉢に筍の切れ端とくり抜いた中身を入れ、滑らかになるまですりこ木で摺る。「歯ごたえを残したい場合は庖丁で細かく刻んでもいいですが、スフレのような食感の方が春らしいかな」と粒感がなくなるまでしっかりと。そこへ鯛白子と摺った山芋とろろを2:2:1の割合で加え、摺り合わせる。ホウレン草の青寄せと木ノ芽のペーストを混ぜ、メレンゲを2回に分けて加える。1回目はしっかりと混ぜ合わせ、2回目はさっくりと合わせることで食感をふわふわに。筍のくり抜いた部分に詰め、上にもこんもりと盛り上がるようにのせて蒸し上げる。
あしらいのピュレは、筍と鯛白子を炊いた煮汁で碓井豌豆を炊いて裏ごしし、淡口醤油、塩、みりんで調味して煮汁で硬さを調節する。仕上げにかけるあんも、碓井豌豆を炊いた煮汁で。桜麩、花弁ゆり根、木ノ芽を添えたら完成だ。
煮汁を共有することで食材の旨みが重なり、深みを増す。動物性の鯛白子を合わせることでコクも備わる。これぞ大阪の“喰い味”という仕立てだ。添えたピュレやあんにも一体感があり、春の旬味が口いっぱいに広がる。
1961年、大阪生まれ。「志摩観光ホテル」では、フランス料理界の巨匠・高橋忠之氏のもとで約5年間研鑽を重ねた。店の名物「其々味(そそみ)割鮮」は、8種其(そ)れ其(ぞ)れに仕上げを変える造りで、修さんが2009年に完成させたもの。
文:阪口 香 / 撮影:東谷幸一
大阪・法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』
【住所】大阪市中央区道頓堀1-7-7
【電話番号】06-6211-3030
【営業時間】12:00~13:00LO、17:00~20:30LO
【定休日】月曜
【お料理】昼/6600・8800・16500円、夜/16500・19800・27500円。※サ昼5%・夜10%別。
京都『祇園 大渡』大渡真人さん作
京筍とフカヒレの土鍋
古典的な料理を追求しながら、時には中華や洋の食材も柔軟に取り入れる。その型にはまらない発想で、2009年の開店以降、客を惹きつけてやまない店主の大渡真人さん。
大阪で修業を積んだ彼が京都に店を構え驚いたのが、筍農家との距離の近さだった。「朝掘った筍が数時間後には店にあるんですから!」。桜の頃を迎えると、『大渡』には大原野の生産者から掘りたてが毎朝届く。「新鮮な筍の魅力は、香りと甘み」。だからこそ、腑に落ちないことが一つあった。「果たして米糠(こめぬか)を使ったアク抜きは必要なのか?」 。えぐみを取る効果は確かにあるが、「デリケートな持ち味が損なわれるような気がして」、大渡さんは独自のアク抜きを実践する。
料理を仕上げる際、「走りや旬の時期は、焼き筍、椀物や若竹煮などシンプルに」。一方、名残ともなれは「ダイナミックな食べさせ方が旨い」そうで、大胆にもフカヒレと組み合わせた。
アク抜きにオリーブオイルという、独自性
大渡さんが試行錯誤の末、辿り着いた独自のアク抜きはこうだ。
熱湯に「ややしょっぱいなと感じる程度」塩を入れ、唐辛子、さらにはオリーブオイルを回しかける。「知り合いのフレンチシェフが、えぐみのあるホワイトアスパラガスの下茹でに、塩、小麦粉、オリーブオイルを使っていてひらめいた」らしい。「米糠に感じる油分のニュアンスを、クリアな風味のオリーブオイルに置き換えました。粉っぽさが残ると嫌なんで小麦粉は使いません」。
驚いたことに、加熱は約7分。そのまま冷ますのではなく、陸(おか)上げにするという。「それで充分アクが抜けます。流水を当てると、筍が持つデリケートな風味も一緒に流れ出てしまうと思うので」。ホクッとした食感を楽しんでもらいたいから、1cmほどの厚さに切り、下ごしらえの完了だ。
揚げ焼きフカヒレを添え、熱々の土鍋で
「名残の筍は筋っぽくなるから、豪快に味わうのが似合う」と大渡さんは話す。そこで脇役として登場するのがフカヒレ(ヨシキリザメ)だ。「筍と油は、とても相性が良い」と、干しエビや干し貝柱、鶏肉からとっただしを含ませ、太白胡麻油で揚げ焼きに。そのフカヒレを熱した土鍋に筍と共に盛り、「すき焼きでいうところの麩の存在」の湯葉を添える。葛でとろみをつけただしを回しかけ、花山椒を天盛りに。
グツグツ煮えたぎるだしは、濃厚で複雑な旨みを蓄(たた)えている。その中から顔を覗かせる熱々の筍は、トウモロコシに通ずる風味とピュアな甘みがくっきり浮かび上がっている。揚げ焼きにしたフカヒレと、持ち味を際立たせた筍が見せる相性の力強いこと。そこに、鮮烈な花山椒のアクセント。ほっと和ませる湯葉の甘み。その組み合わせの妙で、中華のニュアンスを楽しませながらも、和の着地点へと誘っている。
1975年生まれ、福岡県出身。大阪屈指の割烹『懐石 本多』をはじめ、今はなき伝説の名店『季節料理 津むら』で修業を重ね、2009年、奥様の実家がある京都にて独立。気取らないお人柄で、“遊び心”のある料理と共に、カウンタートークにも定評あり。
文:船井香緒里 / 撮影:東谷幸一
京都『祇園 大渡』
【住所】京都市東山区祇園町南側570-265
【電話番号】075-551-5252
【営業時間】12:00〜、18:00〜21:30LO
【定休日】不定休
【お料理】コース33000円〜。
神戸・三宮『料理屋 植むら』植村良輔さん作
若竹煮の椀物仕立て
「梨のような甘みと、歯切れのいいきめ細かな身質。粘り気のある赤土で育った京都・大原野産の白子筍は、長年の付き合いを経てようやく出合えた理想の味。まっすぐ持ち味を生かしたいと思いました」。そこで店主・植村良輔さんが真っ先に見直したのが、アク抜きの方法だった。
アク抜きといえば糠(ぬか)炊きが一般的だが、この手法では糠臭さが残る。それを取るため洗いすぎると、今度はせっかくの上等な筍の風味が損なわれてしまう。何か手はないかと悩んでいたら、「その筍生産者の方が、『うちでは備長炭を使っていますよ』と教えてくださったんです」。
通例にとらわれない“新しいアク抜き”、それが今回の料理の一番のポイントだ。
香りと甘みを引き立てる“備長炭でのアク抜き
確かに備長炭でアク抜きができるのであれば、筍に余計な香りが付くことはない。興味を抱き、やり方を詳しく聞いてみると、水に備長炭を加えて、タンパク質が変性するという60℃で15分煮るだけ、という話だった。
それを、植むら風に細かくアレンジしたのが、今の手法だ。
ROと呼ばれる純度99.99%の超軟水に、紀州備長炭を豪快に1本ごろり。空気に触れて酸化が進まないよう、皮を剥いた状態の筍と共に真空パックに。安定した温度管理をしたいのでコンロではなくスチームコンベクションを使った。
さらに、「衛生面を考えると60℃は怖い。かといって食材に過度な負担をかけたくないので、沸騰手前の90℃に設定しました。時間は何度か試して、安定して効果が出る50分で落ち着いています」。
この半信半疑ながら始めたアク抜きは、結果大成功だった。
「えぐみは適度に抜けているけれど、味も香りもきちんと生きている。糠炊きを遥かに超える満足度。ただし、この筍の質があってこそ為せる業だと思っています」。
追わないカツオで、色白ながら旨み深く
「ここまで下処理に力を注いでいるのに、炭や油の香りを付けてはもったいない。日本料理の華である椀物でごくシンプルに仕上げています」と、植村さん。
お客様の目の前で活けの松葉ガニを捌くなど、派手なプレゼンテーションで知られる“劇場型カウンター割烹”ではあるが、開業から約15年。自身もお客様も年を重ねたことで、料理はサプライズ感よりもシンプルさを重視する方向へと、年々シフトしていると言う。
筍は存在感があるよう、椀種としては大ぶりに。3年蔵囲いの利尻昆布、マグロとカツオの混合節でとった一番だしに、ほんの少しの上白糖と高知『塩二郎』のミネラル豊かな完全天日塩。さらに、色付け程度の淡口醤油、みりんで、約30分炊く。追いガツオはせず最初から加え、カツオ節の香りよりも旨みをしっかりとのせていく。
そして「吸地は塩だけで味を決めます」。ただし、この塩がまた特別。同じく『塩二郎』に特注した飽和かん水、つまり結晶化するギリギリ、塩分濃度28%の塩水を使う。ミネラル豊富なので、味のまろやかさが段違いだという。「醤油が入っているような深みがあるでしょ?これがこの塩水のチカラ。甘みもぐっと引き出してくれるんです!」。
八重桜の蒔絵椀に、軽く煮含めた色白の筍が映える。添えには、「ワカメより食感がいい」という神馬草(じんばそう)。「ここに香りを足すのは、無粋かな」と、木ノ芽など吸口は添えない。仕入れ状況や客層にもよるが、集中して味わっていただきたいという考えから、筍料理はこの一品だけに絞ることも少なくないという。
植村良輔さんは、1976年香川・高松生まれ。金沢に本店を持つ『浅田屋』の東京店で加賀料理を学んだ後、神戸『西村屋』や北新地の割烹で腕を磨き、2007年に30歳で独立。高級店ながらまったく気取らない軽妙な話術も人気のひとつ。
文:川島美保 / 撮影:東谷幸一
神戸・三宮『料理屋植むら』
【住所】神戸市中央区中山手通1-24-14ペンシルビル4F
【電話番号】078-221-0631
【営業時間】18:00~、21:00~の一斉スタート(状況により営業時間は変更あり)
【定休日】不定休
【お料理】コース33880円(全11~12品)のみ。
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