【レシピ付き】秋の訪れをいかに演出するか? ――牛ヒレ 木の子春雨黒酢炒め&伊勢海老飛竜頭(ひりゅうず)
松茸にはまだ早く、これぞ主役という旬素材がない9月も、5月と並んで献立が難しい月。『銀座 小十』の奥田 透さんは前年、そのまた前の年に仕立てた料理を封印するということを自らに課しているため、献立の難易度は年々上がるばかりです。ここ数年、大好評だったにもかかわらず、八寸で美しい“秋の演出”をすることを禁じ手とした今年は、吹き寄せ的な面白味をデザートで表現。そのフィナーレへと向かう献立は、定番の牛肉料理をリニューアルし、煮物には伊勢海老で作る新作の飛竜頭が登場します。
奥田 透(おくだ とおる):1969年、静岡県静岡市生まれ。静岡、京都、徳島で約10年間、日本料理を学ぶ。29歳で地元・静岡に『春夏秋冬 花見小路』を開店。2003年に東京・銀座に移り『銀座 小十』をオープン。2011年、銀座五丁目並木通りに『銀座 奥田』をプロデュース。12年6月同ビルに『銀座 小十』を移転する。13年にフランス・パリ、17年にはニューヨークに『OKUDA』を開店。本物の日本料理を海外で提供するという挑戦を始める。東京すし和食調理専門学校・教育顧問。近刊に、『日本料理は、なぜ世界から絶賛されるのか』(ポプラ社)、『献立にみる日本の節供と守破離のこころ 銀座小十の料理歳時記十二カ月』(誠文堂新光社)ほか。
牛ヒレ 木の子春雨黒酢炒め——牛肉がバシッと威張っていれば、春雨炒めも日本料理として輝きます
[料理] 牛ヒレ 木の子春雨黒酢炒め
[うつわ] 銀皿 山口真人作
お客さまに喜ばれる日本料理には、2つのファクターが必要だと思っています。
一つは、「美しいこと」。少量の料理を盛り合わせて、色とりどりに季節や伝統行事を映し出す八寸は、とても理に適っています。昨年は一皿目に、菊を象(かたど)った3つの柚子釜に彩り豊かな料理を盛り込んだ秋の八寸を供して、大変好評を得ました。これぞ、季節の移ろいを明確に表現できる、日本料理でしか表せない“妙趣”ではないでしょうか。
もう一つは、当たり前のことですが、「圧倒的に美味しいこと」。
松茸のように、お客様が待ち望んでいた旬の素材をお出しすることができれば、それも叶うのですが…。近年の気候変動の影響もあって、9月の旬素材が少なくなっているんですね。
それでここ数年、何パターンか秋の八寸の演出を考えてきましたが、今年はあえて禁じ手に。代わりにコースの幕開けを飾るのは、秋の訪れを伝える3品の付き出しです。芋の葉に盛り付けた毛ガニと生ウニ、鱧の煮麺、カマス炭火焼と温かい菊菜のお浸しを合わせた料理と続きます。そつなくまとめるのは簡単ですが、「いや、まだ他に何かできるんじゃないか」と1カ月間熟考した結果です。
お椀は、まだまだ鱧を使うお店も多いようですが、それはやりたくありません(笑)。先月は真丈のお椀でしたから、今月は甘鯛の酒蒸しで。お造りは笛型の器に盛って、秋の装いを楽しんでいただきます。続く、揚物の蒸しアワビのフライはストレートに旨い、いわば5番バッター。焼き物の天然大鰻蒲焼きで、さらに盛り上げていきます。
その後に続く下位打線が、今月はいつも以上に重要だと思っています。ここが尻すぼみになってしまうと、献立に魅力がなくなり、平凡になってしまいます。
そこで、ちょっと遊び心のある一品としてお出しするのが、温物の「牛ヒレ 春雨木の子黒酢炒め」。牛肉と春雨炒めのお料理は、ANA国際線ファーストクラスの和食のメインディッシュに考案したほど、私のお気に入りの一品です。
タレの味が染みた春雨は、問答無用に美味しいでしょう。春雨炒めを嫌いな人なんていないんじゃないかな。みんな大好きな味なんです。ただ、どうしても中華風になったり、家庭料理っぽく見えたりしがちなので、見た目を刷新してみようと考えました。
牛ヒレ肉は、ビシッと主役を張れるように、炭火焼にして大胆にカット。存在感を高めることで、ご馳走感をぐっと増しています。そこに“みんな大好きな”春雨炒めを添えることにしました。醤油とみりんで味付けしていたのを、残暑の残る秋口なので黒酢を使ってコクと軽快さを出し、キノコで季節感を添えています。
長い間、フライパンを使うことも、炒め物も、日本料理としては邪道と思って、やらないと決めていましたが、数年前、そういう考えが幅を狭めると気づいたんですね。固定概念をとっぱらってやろう!と思い始めてから、こうした選択肢も持てるようになりました。献立の中に遊び心のある一品が加わると、お客様も面白味を感じてくれて、笑いも生まれる。そういう一品があってもいいかな、と今は思っています。
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