能登の日本酒の進化に注目!イベント「切れ味がつなぐ 能登×大阪」レポート
「令和6年能登半島地震」から2年あまり。能登の日本酒をとりまく環境は、どのように変わり、どんな未来を描こうとしているのでしょうか。大阪・道具屋筋の食文化発信拠点で開催されたワークショップ「切れ味がつなぐ 能登×大阪」では、能登町の酒蔵『鶴野酒造店』14代目蔵元・鶴野晋太郎氏を招き、現在挑戦する新たな酒造りのかたちに耳を傾けました。そして、離れた土地にいる私たちに今、できることは何かについて考えるきっかけとなりました。
庖丁専門店が開催したイベント「切れ味がつなぐ 能登と大阪」
2026年4月19日(日)、大阪・道具屋筋商店街の食文化発信拠点「ICHITOI(イチトイ)」にて、料理人向けワークショップ「切れ味がつなぐ 能登×大阪」が開催された。
主催は、「ICHITOI」を運営する庖丁専門店『堺一文字光秀』。能登の日本酒と食材を軸に、震災後の現状とこれからを、料理人と共に見つめ直す試みである。
登壇したのは、能登町の酒蔵『鶴野酒造店』14代目蔵元・鶴野晋太郎さんと、大阪・東天満の日本料理『雲鶴(うんかく)』店主・島村雅晴さん。それぞれの立場から語られた言葉は、「食ができること」の本質に迫る内容だった。
能登の現状と酒造りの継続について語る『鶴野酒造店』14代目蔵元・鶴野晋太郎さん(左)と、『雲鶴』店主・島村雅晴さん、『堺一文字光秀』代表・田中 諒さん。
「酒文化の復活は、能登の復活」——蔵元が語る震災後の現実
創業1789年、230年以上の歴史を持つ『鶴野酒造店』。代表銘柄「谷泉」は、能登の豊かな海とともに歩んできた酒である。
「能登は、里山里海の恵みが豊かな土地。新鮮な魚と日本酒が、当たり前のようにある文化でした」。 しかし、その日常は大きく揺らぐ。2023年、そして2024年元日の「令和6年能登半島地震」。蔵は半壊し、最終的には店舗・住居を含めすべてを失った。
さらに、漁港の被災、海底隆起による操業停止、農地の損壊。地域全体が機能不全に陥った。観光も打撃を受け、飲食店の再開率は3割程度にとどまる。
それでも、酒造りは止まらなかった。
「共同醸造」が生んだ、新しい酒造りのかたち
「実は、被災した9蔵すべてが、酒造りを続けています」。
その鍵となったのが「共同醸造」という仕組み。全国から30以上の酒蔵が手を挙げ、連携し、レシピを共有しながら酒を仕込む。これまでの日本酒業界にはなかった動きである。
「酒を止めないこと、銘柄を絶やさないこと。それが、地域を止めないことにつながります。これまでの“閉じた酒造り”から、“開かれた酒造り”へ。震災をきっかけに、自分自身も進化できたと思っています」。
共同醸造は、単なる生産の継続手段にとどまらない。協働を通じて、これまでになかった技術や視点を取り入れる契機にもなっている。
たとえば、石川・白山の『吉田酒造店』からはモダン山廃や貴醸酒の技術を、金沢の『福光屋』からは雑味のない“きれいな酒質”の設計を学んだ。長崎・平戸の『森酒造場』では生酛造りの知見に加え、行政や地域と連携しながら酒の価値を伝えていく姿勢にも触れている。また、『福田酒造』からは、洗練された酒造りとブランディングのあり方を吸収したという。
こうした技術的な学びにとどまらず、秋田・男鹿の『稲とアガベ』との取り組みは、酒造りの枠組みそのものを拡張するものだった。
「クラフトサケ」と呼ばれる新しい酒造りに触れ、能登産の米と米麹を用い、さらに能登町『ひらみゆき農園』のブルーベリー200kgを副原料として仕込んで醸造。従来、日本酒蔵とは接点の少なかった領域との協働が、新たな表現を生み出している。さらに、「クラフトサケ」を軸に、街づくりを行う姿勢から、酒と地域の関係性を捉え直す視点が生まれたという。
「震災を機に外の世界とつながることができた。技術だけでなく、考え方そのものが大きく変わりました」と鶴野さん。
共同醸造によって得たのは、単なる技術の引き出しではない。地域に根差した酒造りを続けながらも、世界に向けた価値をどう築くか。その視野を獲得したことが、大きな転機になったと語る。
現在、「谷泉」は複数の蔵で造られているが、その味わいはそれぞれ異なるという。その違いもまた、いまの状況だからこそ生まれる個性として、前向きに捉えている。
『堺一文字光秀』の田中さんは「お酒が変わり続けることは楽しいし、背景にあるストーリーを聞けばより応援したくなります」と語った。その言葉通り、共同醸造で生まれた酒は、単なる代替ではなく、能登の未来をつなぐ一滴として、新たな価値を帯びているように感じた。
能登の魚に、「大阪料理」の心を宿す
この日、「ICHITOI」には、能登の漁師集団『日の出大敷(ひのでおおしき)』が獲ったイワシが持ち込まれた。
鮮度抜群のイワシを使い、大阪料理を仕立てる試みで、担当するのは日本料理『雲鶴』の島村さん。大阪料理の精神をもって料理を作りたいと語る。「大阪料理は、京料理と同じく素材を活かすことを重視しますが、より“まったり”とした味わい。商人の町なので、誰が食べてもおいしいと感じることが大事なんです」。そしてその根底にあるのが、「始末の心」だ。「美味しさを追求した結果、すべてを使い切る。それが結果的にエコになる。義務感では続かないんです」。
その象徴として紹介されたのが「船場汁(せんばじる)」。本来は塩サバの頭でだしを取り、大根を炊く料理だが、今回は能登のイワシで再構成された。

鰯に塩をして焼いてから昆布だしと合わせ、そのだしで大根を炊いて提供した。
「部位ごとに最適な調理をすることで、結果的にすべてが活きるんです」。
もう一品は、皮目を炙ったイワシの身。細かな庖丁を入れてから炙ることで、皮が浮くのを防ぎながら香ばしさを引き出すことができる。
参加者からは「これまでに味わったことのないイワシの美味しさを感じられた」といった声が上がった。
能登で唯一、定置網漁を続ける『日の出大敷』のイワシ。海水と氷で丁寧に管理され、透明感のある身質と高い鮮度を保つ。しっかりと脂がのっている。
皮目を炙ったイワシ。繊細な庖丁仕事によって、脂と香ばしさを引き出している。
能登のイワシを用いた、船場汁を応用した料理。
料理と共に、「谷泉」を試飲
料理に合わせて供されたのは「谷泉」。「従来の辛口は、能登の魚文化と共にあったお酒なので、魚料理に寄り添うと思います。『吉田酒造店』さんとのコラボ酒『谷泉×手取川 山廃貴醸酒 hope&shine』は、その後、お口なおし的に飲んでいただけたら」と鶴野さん。
「谷泉×手取川 山廃貴醸酒 hope&shine」は、震災で潰れた蔵から222本だけ救い出した酒を使い、貴醸酒に仕立てたもの。甘みがありながらも軽やかで、ガス感によるフレッシュさが特徴。日本酒ビギナーの入り口として、ずっと飲み続けられる酒として重宝しそうだ。
参加者からは、「うちでは、女性のお客さまのリピート率が高いです」という意見や、「貴醸酒のイメージって、もっと甘いイメージだったんですけど、これは好ましい甘み。ガスが残ってるので、火入れしてるけど生酒のようなフレッシュ感がありますね」という意見も出た。
『吉田酒造店』との共同醸造で生まれた「谷泉×手取川 山廃貴醸酒 hope&shine」。
日常に取り入れることが、いちばんの支援になる
イベントの終盤、『雲鶴』の島村さんはこう語った。「これからは、特別な支援というより、日常に能登のものを取り入れることが大切だと思います」。
鶴野さんもまた、言葉を重ねる。「震災の記憶は、どうしても風化していきます。でも、こうして食べて、飲んでいただけることが、何よりの力になります」。
再建への道のりは険しい。土地の問題、水の確保、莫大な費用。しかし、その歩みは止まっていない。
「必ず能登に戻ります」。
その言葉には、揺るぎない決意がにじんでいた。
震災による被害と、その後の酒造りの取り組みを語る鶴野さん。「酒文化の復活は、能登の復活」と言葉に力を込めた。
【夜の部】「のとないと」で広がる、次のつながり
同日夜には、交流イベント「のとないと」も開催された。「辻󠄀調理師専門学校」の教員が参加し、能登の食材を使った料理を提供。来場者とともに味わいながら語り合う、開かれた場となった。
食材はこちらも『日の出大敷』から。「能登とき海老」は、傷をつけないよう丁寧に扱われ、個体は鮮度が極めて高く、大阪の会場にも生きたまま届けられた。

この能登とき海老を用いて森田夢美衣先生が考案したのは三品。昆布締めにした身に煎り酒のソースを合わせたものや、能登の魚醤「いしる」をベースに、ニンニクやショウガ、トウガラシなどで奥行きを持たせた、いしる漬け。そして、『鶴野酒造店』の酒粕を使った酒粕麹和え。異なるアプローチで甘みと旨みを引き出し、日本酒との相性を意識した構成となった。
一方、鞠山拓磨先生が調理したのは、能登のサワラとフグ。サワラは南蛮漬けにし、揚げたサツマイモやピーマン、パプリカを合わせて色鮮やかに。フグは「いしる」を加えた合わせ調味料にくぐらせ、から揚げに仕立てた。
「辻󠄀調理師専門学校」の森田夢美衣先生が作った「能登とき海老」の料理。
鞠山拓磨先生が作ったサワラの南蛮漬け。
「辻󠄀調理師専門学校」の教員である、森田夢美衣先生(左)と鞠山拓磨先生(右)。
料理と酒が並び、それぞれの個性を引き立て合う。味わうという体験を通じて、参加者それぞれの中に、能登との距離が少しずつ引き寄せられていく時間でもあった。
昼のワークショップで語られた「つくり続けること」、そして夜の場で実感された「食べ続けること」。その両輪がそろってはじめて、能登の食と酒は次の段階へと進んでいく。料理人が料理として表現し、酒が寄り添い、食べ手が受け取る——その循環のなかに、持続的な関係のかたちがあるように思えた。
生産者や飲食店スタッフ、食に関わる仕事をする人などが集まった。能登の酒と食を介することで初対面ながらも多くの人が交わる会となった。
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