ニュース&トピックス

能登半島地震で被災した酒蔵を応援——日本酒の灯火を絶やさぬために【後編】

「令和6年能登半島地震」の発災から2カ月以上を経た今も、石川県では1万人以上が避難所で生活し、広域で断水が続いています。日本四大杜氏に数えられる能登杜氏の発祥地で、古くから酒造文化が育まれてきた奥能登地域では、輪島市・ 珠洲(すず)市・能登町の11ある酒蔵すべてが被災し、年明けからの酒造りは中止を余儀なくされました。能登の日本酒の灯火を絶やさぬために、我々ができる支援は何なのか。後編では『数馬酒造』の近況と共にお伝えします。

文:坂下有紀

目次


 

 

地震・津波を乗り越えて『数馬酒造』は“能登を醸す”

『数馬酒造』の日本酒「竹葉(ちくは)」(画像提供:数馬酒造)

奥能登の酒蔵でも被害状況や復興の道のりはそれぞれ違う。前編で紹介した『松波酒造』は木造の酒蔵・店舗が全壊する大きな被害があったが、同じ能登町の宇出津(うしつ)にある『数馬酒造』では、津波による被害が深刻だった。

『数馬酒造』には3つの蔵があり、本社の日本酒蔵が海に近いため、リキュール蔵、醤油蔵は高台に分散させ災害に備えていた。しかし、今回の地震は予想を遥かに超えていた。

『数馬酒造』蔵洗浄の様子瓶の片付けや汚泥の掃除から始めたが、断水のため思うように進まない。清掃や瓶の洗浄などに水道の復旧は不可欠だ。(画像提供:数馬酒造)

「蔵は鉄筋造の建物もあれば木造もあり、特に木造の建物は被害が大きく、仕込み蔵には津波によって汚泥が流れ込みました。瓶貯蔵していた商品の多くが割れ、タンク貯蔵していたお酒も一部流出してしまいました。地震が発生したのが元日で、午後の酒造りの作業がなかったため、蔵内が無人で人的被害がなかったことだけが救いでした」と社長の数馬嘉一郎さん。

『数馬酒造』では1月9日から安全を確保した上で復旧作業を開始した。電気は比較的早く回復したが、3月になっても断水は続き、蔵の復旧作業は思うように進まなかった。加えて、社員もまた全員が被災者である。社員それぞれの生活再建や安全、健康を最優先させ、会社は短縮営業を行いながら、少しずつ蔵の片付けを進めていった。

「1月13日に宮城県『新澤(にいざわ)醸造店』の新澤巖夫(いわお)社長と社員2名が来訪され、東日本大震災の経験からアドバイスと励ましを頂きました。さらに酒蔵のタンク内に残されたもろみの圧搾、瓶詰め作業を代行してくださると、4日後に社員の方が支援物資としてトラックに大量の水を積載して来てくださり、帰路にはタンクへ約1000ℓのもろみを流し入れてお預けました。今回の作業にかかる一切の費用を負担してくださるとのことで、社員一同、言葉にならない感謝の気持ちでいっぱいでした」。

『新澤醸造店』のスタッフ1月17日、東日本大震災を経験した「伯楽星」を醸す宮城県の『新澤醸造店』が『数馬酒造』のもろみを救出し、2月5日に完成した純米吟醸酒1.8ℓ約350本と、洗浄用の水1000 ℓを届けた。(画像提供:数馬酒造)

また、「石川県酒造組合連合会」からも県内の酒蔵の支援隊が派遣され、『数馬酒造』へは小松市の『加越』、白山市の『車多(しゃた)酒造』、『吉田酒造店』、金沢市の『福光屋』が駆けつけ、もろみの救出と製品化に協力した。

『車多酒造』『吉田酒造店』のスタッフもろみの救出に来てくれた『車多酒造』『吉田酒造店』の皆さんと。(画像提供:数馬酒造)

「一度は諦めかけた約1万5000ℓのもろみが、こうして県内外の酒蔵の皆さまのご協力で酒にすることができたのは、筆舌に尽くしがたい気持ちです。茫然自失の時には想像できなかった未来を与えていただきました。この酒が皆さまの心を和らげ、未来を励ます一滴になることを心から願っています」と数馬さん。

日本酒の「竹葉」救出されたもろみから搾られた酒は、「Saved by(セーブドバイ)シリーズ」として石川県内を中心に3月1日から順次リリースが始まっている。(画像提供:数馬酒造)

蔵内の片付けが進み、今後の製造の見通しも少しずつ立ってきた。仕込み途中だったもろみはすべて県内外の酒蔵の協力で製品化され3月初頭に発売を開始、タンク貯蔵していた商品も、断水が解消し、蔵内の整備ができ次第、順次瓶詰めして出荷する。

蔵内の洗浄作業が完了すれば保管している玄米を精米し、4月上旬から酒造りの再開も目指している。当初の予定よりも水道の復旧が遅れていることから、今季中にすべての米を日本酒にすることが自力では叶えられないと判断。

だが、諦めるわけにはいかない。『数馬酒造』では2020年から全量能登産の米で日本酒を製造しており、契約農家と共に耕作放棄地を開墾し、水田に戻した農地も多い。契約農家に今後も変わらず米を栽培してもらえるよう、今季の酒造りのために納入された米はしっかりと日本酒にして全国へ届けたいと考えている。

そうした想いを受け止めてくれた県内外の酒蔵の協力で委託醸造が決まった。石川県では『車多酒造』『吉田酒造店』、岩手県の『赤武酒造』、長野県の『岡崎酒造』が、『数馬酒造』の代わりに能登産の契約栽培米で日本酒を造りあげる。

『数馬酒造』所有の田んぼ地元農家と二人三脚で耕作放棄地の開墾、そこで実った米で日本酒造りを行ってきた『数馬酒造』。酒造りを続けること、米作りを続けることは密接に繋がっている。(画像提供:数馬酒造)

「委託醸造してくださる酒蔵さまへ直接赴くなど、人的交流もしながら日本酒を造ります。皆さまの力をお借りして“能登を醸す”ことができて感無量です」と数馬さん。

蔵から救出された商品、もろみから搾られた「Saved byシリーズ」に続き、委託醸造の日本酒も追って発売される。発売に関する情報は『数馬酒造』公式サイトで発表され、再開した公式オンラインショップや一部の酒販店などで購入できるようになる。

能登の復興応援酒「つなぐ石川の酒 -TSUNAGU ISHIKAWA-」

前編では「石川県酒造組合連合会」が開設した義捐金口座を紹介したが、同組合による新たな支援プロジェクト「つなぐ石川の酒」が3月10日から発売された。

能登復興酒「つなぐ石川の酒」18銘柄石川県内の協力蔵が、能登の被災した酒蔵支援のために販売する「つなぐ石川の酒」18銘柄。(画像提供:石川県酒造組合連合会)

「つなぐ石川の酒」は、能登半島地震で被災した能登の酒蔵支援に対する義捐金を募ることを目的に、石川県内の酒蔵18蔵(現時点)が参加し、色違いの共通デザインのラベルで復興応援酒を製造・発売。売上のうち1本につき100円が石川県に、100円が「石川県酒造組合連合会」の義捐金口座に寄付される。

ラベルには石川県の形が一片のつながる折り紙で表現され、各酒蔵の多様性、復興という同じ志のもと一致団結した酒蔵相互の絆や想いを伝えている。日本古来の文化である紙=神への祈りの形と、幾何学的でモダンな表現を併せ持ち、伝統を踏まえつつ未来につなげる新しい日本酒を感じさせるデザインだ。

能登復興酒「つなぐ石川の酒」のエチケット折り紙をモチーフに石川県の形を描き出し、能登から加賀まで一丸となって復興を目指すシンボリックなデザイン。(画像提供:石川県酒造組合連合会)

ラベルのデザイン開発を中心になって進めた石川県白山市の『車多酒造』八代目の車多一成(かずなり)社長は、「石川県酒造組合連合会」副会長で、義捐金口座のSNS発信や被災した酒蔵の救援に尽力している一人。

「当社の酒は能登半島に住む杜氏と蔵人によって醸されており、古くから能登と強いつながりがあります。正月休みのため能登へ一時帰省していた蔵人の多くが家を失いました。自宅が倒壊した者、津波で家を流された者もいて、正月明けに蔵へ戻ることが出来なかった人もいます。能登の被災は、決して他人事ではないのです」と車多さん。

能登のために何かできることはないか、車多さんは息子の九代目・慶一郎さんと話し合い、売上のうち1本につき200円を寄付する復興支援酒の発売を発災当日の晩に決めた。できるだけ早くリリースできるよう、酒は年末に蔵人達が搾った山廃純米、ラベルは既存のものに「能登半島地震 復興支援酒」の判を押して使った。

『車多酒造』「天狗舞 山廃純米復興支援酒」と製造の様子『車多酒造』では、地震の発生から数時間後に独自で「天狗舞 山廃純米復興支援酒」の製造・販売を決め、ハイスピードで1月26日にリリース。(画像提供:車多酒造)

「発災の翌週には県内の18蔵で復興応援酒を販売することが決まりましたが、相応しいラベルがない。どうしたものかと悩んでいたところ、以前テレビ番組の企画でご縁ができた小山薫堂さんが声をかけてくれました。番組で石川の復興応援酒のラベルを提案していただくことになり、短期間で能登復興のシンボルとなる素晴らしいデザインが生まれました」と車多さん。

「つなぐ石川の酒」の中身は蔵ごとに異なり、純米酒もあれば純米吟醸、大吟醸原酒もあるバラエティ豊かなラインアップ。18の酒蔵がそれぞれの流通経路で販売し、直販のオンラインショップ、石川県内外の酒販店などで3月10日から随時リリースされる。価格は4合瓶で2000円前後と求めやすく、飲み比べを楽しみながら、能登の応援もできる一石二鳥のプロジェクトになっている。

▼「つなぐ石川の酒 -TSUNAGU ISHIKAWA- 」ラインアップ
https://www.ishikawa-sake.jp/c44.html

先に紹介した『数馬酒造』と『車多酒造』『吉田酒造店』、『松波酒造』と『加越』のように、被災した酒蔵を仲間の酒蔵がサポートする委託醸造が他の酒蔵でも行われている。日本酒造りは春までの酒造期間中に綿密な計画に沿って行われるが、協力酒蔵は自社の製造スケジュールを変えて支援の酒を造っている。それが、どれだけ大変なことか。

日本酒「能登初桜+天狗舞」と杜氏の櫻田博克さん『車多酒造』が協力している『櫻田酒造』は、2023年5月の珠洲市を震源とする地震で被災し、また2024年元日の地震で倒壊。蔵元杜氏の櫻田博克さんは、瓦礫の中から一歩ずつ再興を目指す。「能登初桜+天狗舞」は、倒壊した蔵から救出した酒だけでは数が限られるため、2社の酒をブレンドして販売数量を増やした。(画像提供:車多酒造、櫻田酒造)

「石川県酒造組合連合会」の義捐金も予想を超える額が集まり、各酒蔵へ一時金が支給されたが、復興への道のりは遠く、まだまだ寄付を募っている。組合では石川・能登の復興、能登杜氏や酒文化の存続に向けて、義捐金の有効な使い方を考えていきたいという。

========================================
<石川県酒造組合連合会 義援金口座>
北國銀行 金沢城北支店
口座名 石川県酒造組合連合会 ケンシュゾウクミアイレン
普通預金 0036977
========================================

「能登の酒を止めるな!」クラウドファンディング

能登半島地震で被害を受けた酒蔵を支えようと、若手醸造家による日本酒イベント「若手の夜明け」の縁で集った有志が「被災日本酒蔵 共同醸造支援プロジェクト」のクラウドファンディングを立ち上げた。

能登の酒を止めるな!被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト

能登の被災した酒蔵と、支援を申し出た全国の酒蔵をマッチングし、委託・コラボ醸造する共同醸造プロジェクトで、能登からは『白藤酒造店』『日吉酒造店』『数馬酒造』『鶴野酒造店』『松波酒造』が参加し、全国の19蔵が協力蔵として名乗りを上げている。

プロジェクトリーダーの石川県白山市『吉田酒造店』の吉田泰之社長は「石川県内の酒の1/3は能登の酒。能登の酒蔵に元気になってもらわないと、石川全体の酒蔵は元気にならない。今後も定期的に委託醸造をできるようにしたい」と話す。

2011年に起きた東日本大震災でも、酒造りができなくなった酒蔵が多数あった。そのとき懸念されたのが、数年間酒造りが途絶え、流通が止まると、酒販店の棚や飲食店のメニューから銘柄が消え、販路の再開拓が必要になること。流通を止めないとことが銘柄の存続には欠かせない。また、能登の酒の流通が復活することは、大きな損害を被った地元の酒販店の復旧の助けにもつながるはずだ。

本プロジェクトでは、被災した蔵のオリジナルレシピに基づいた酒と、コラボレーションによる酒の2種類が協力蔵で造られる。能登の銘柄を絶やさず持続させることが趣旨なので、本来の味を再現することが第一の目標だが、共同醸造という貴重な機会を生かしたオリジナリティの高い日本酒が生まれることも期待されている。

クラウドファンディングの応援購入は、3月中旬で3700万円以上を達成しているが、4月28日まで受付けている。応援資金をもとに完成した日本酒は全国の酒販店を通して市場に流通し、クラウドファンディングの応援リターンとしても提供される予定だ。

▼能登の酒を止めるな!被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト【第一弾・2024春】
https://www.makuake.com/project/noto_sake1

奥能登の酒造各社

今回紹介したのはごく一部の酒蔵だが、奥能登11社の酒蔵は発災から2カ月を経ても大変な状況にある。独自の義捐金口座を公開している酒蔵、救出された酒や委託・共同醸造された酒の販売を行っている酒蔵もあるので、ぜひ各社の最新情報を確認し、買って・飲んで応援、息の長い支援と協力を。

【竹葉】数馬酒造 株式会社 石川県鳳珠郡能登町宇出津
【大慶】櫻田酒造 株式会社 石川県珠洲市蛸島町
【能登誉】株式会社 清水酒造店 石川県輪島市河井町
【宗玄】宗玄酒造 株式会社 石川県珠洲市宝立町宗玄
【谷泉】株式会社 鶴野酒造店 石川県鳳珠郡能登町鵜川
【末廣】合名会社 中島酒造店 石川県輪島市鳳至稲荷町
【能登亀泉】中野酒造 株式会社 石川県輪島市門前町広瀬
【若緑】中納酒造 株式会社 石川県輪島市町野町寺山
【奥能登の白菊】株式会社 白藤酒造店 石川県輪島市鳳至町上町
【白駒】日吉酒造店 石川県輪島市河井町
【大江山】松波酒造 株式会社 石川県鳳珠郡能登町松波

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事ニュース&トピックス

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です