筍のアク抜きに糠は必要か?
筍は春のご馳走の代表格。日本料理としては数少ない主役を張れる野菜でもあります。若竹煮、木ノ芽和え、筍ご飯…と様々な料理に仕立てますが、昔から下処理としてのアク抜きは必須とされてきました。糠(ぬか)で炊く、というのが定番ですが、そもそも糠の効果とは? 糠炊き以外に方法はあるのでしょうか? 「料理理科」第1回目のテーマは、筍のアク抜き。神戸『玄斎』店主・上野直哉さんと、農学博士の川崎寛也先生が、実験し、検証します。
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上野直哉さん(神戸・三宮『玄斎』主人)
1970年、大阪『浪速割烹 㐂川』初代・上野修三氏の次男として生まれる。京都『菊乃井』での修業を経て、父の下、野菜を主役に発想豊かな割烹料理で魅せた『天神坂上野』(閉店)で腕を磨く。2004年、神戸にて独立。兵庫の素材を軸に自由闊達な割烹の料理を展開している。
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川崎寛也さん(農学博士)
1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。
筍のアク抜きのメカニズム
- 川崎寛也(以下:川崎)
- 『玄斎』では、筍はいつ頃から、どんな料理でお出しするのですか?
- 上野直哉(以下:上野)
- 3月の初め頃から九州でとれる小さな筍をお出しします。柔らかくてアクが少ないので、米のとぎ汁か白米、タカツノメを入れて下茹でします。定番はホイル焼きかな。ホクッとした食感と初々しい香りを楽しんでいただきます。
3月下旬になったら、南大阪の貝塚にある『王子春星園』から木積(こつみ)筍の朝掘りがその日のうちに届くので、生からフライパンで焼いてステーキにします。この筍は下茹でいらず、なんですよ。
- 川崎:
- え? 生のままで? そんなにアクがないのですか?
- 上野:
- 生のまま皮を剥いて備長炭を入れた水に漬け、空気に触れないようにラップして冷蔵保存しています。それで4〜5日、長ければ1週間はえぐ味が出ないんですよ。
穂先はアクが気になるので、備長炭とタカノツメを入れて下茹でして、そのまま冷まします。この茹で汁が旨いんですよ。だしと割って吸地にし、八方煮にした穂先を椀種(わんだね)に煮物椀でお出ししています。
- 川崎:
- 筍のアクの正体はシュウ酸とホモゲンチジン酸の2種類。筍は成長が早いので、チロシンというアミノ酸を大量に必要とします。これが酵素の働きでホモゲンチジン酸になるんですね。より成長の早い穂先にチロシンが集まっているので、穂先の方がアクが強いというワケです。
しかし、備長炭ですか…。糠は使わないんですね。
- 上野:
- あの特有の匂いが気になるんですよ。それを水にさらして取ろうとすると、筍の旨みまで流出しそうで。そもそも、なんで糠を使うんでしょうね
- 川崎:
- アク抜きというのは細胞を壊してアクを出す、という単純なメカニズムなんです。加熱すれば細胞壁は壊れる。そこからアクが流れ出ます。ただ、ここで問題なのは、そのアクが再び筍の中に戻ってしまうこと。つまり、湯の中にアクを閉じ込めておく必要があるんですね。どうやら糠にはアクを吸着させる作用があるようです。
- 上野:
- 糠の効果は、アク抜きというより、アクを筍に戻さない、というところにあるんですね。
- 川崎:
- その可能性が高い、ということです。米糠を加えて筍を茹でると、水だけで茹でたものより、シュウ酸が半分量程度になったという研究があるんです。ただ…上野さんが、糠の匂いが気になると言うのであれば、糠を煎って臭みを取ってから使ってみませんか?
- 上野:
- やってみましょう! それと、アク抜きにタカノツメって効果あるんですかね?
- 川崎:
- それが僕にも分からないんですよ。これも実験してみましょう。
糠の匂いと、タカノツメの効果
左から時計まわりに、生糠、生糠+タカノツメ、煎り糠。煎り糠は、匂いがまったく無くなるまで、少し煙が出るくらい極端に火を入れる。糠と水の分量、加熱時間、火加減を同じにして、下茹でする。
- 川崎:
- 生糠のみ、生糠+タカノツメ、煎り糠のみでそれぞれ筍を下茹でして、食べ比べてみましょう。簡易的な官能調査として、「アクの強さ」「筍の香り」「糠の匂い」「筍の甘み」を10段階で評価します。
- 上野:
- 筍は皮つきで茹でた方がいいですよね? そういえば、筍はなんで皮付きのまま茹でるんですかね? 糠の匂いがつかないようにするためなのかな〜と漠然と思っていましたが。
- 川崎:
- もちろん、それはあるでしょうね。面白いのは、筍は皮付きのまま茹でた方が柔らかくなるということ。筍の皮に含まれた亜硫酸には繊維壁を壊す効果に加えて、酸化を抑制して、白く仕上げる効果もあるんですよ。
上が煎り糠、下が生糠を使ったアク抜き。
- 川崎:
- 煎り糠は…泡が立たないですね。生糠の方はすごい泡。この中にアクが吸着されているとしたら…煎り糠はアクの吸着能力が弱いかもしれない。
- 上野:
- でも、煎り糠の方は糠臭くない! これはいいかもしれないですよ。じゃ、火から下ろします。このままゆっくり冷ましていくんですが、僕はその間にアクが抜けると思ってたんですよ。でも同時に糠の匂いも移ってしまうのかな、と思って。
- 川崎:
- それなら今、ちょっと食べてみません?
煮物なんかでも、冷めていく過程で味がしゅんでいく、と思っている人が多いですが、そんなことはないんですね。加熱中の方が断然、味は入るんです。細胞が壊れて、そこに調味料が入るというメカニズムです。ただ、加熱し続けると煮崩れるので途中で止める、というだけなんですね。
官能調査①:湯がきたて
- 上野:
- どれも後からアクがきますね。糠の香りは…これがそうなのかな?という感じでしたが、煎り糠を使った筍を食べたら、違いが分かりました!
- 川崎:
- 確かに、煎り糠の筍は香りがとても良かったし、甘みも感じました。煎り糠の香ばしい香りが甘みを想起させるのかもしれないですね。でも…アクは強かったですよね?
- 上野:
- そうですね。僕は一番、煎り糠のものが美味しかったんですが、アクは生糠の方が抜けているように思います。冷ましたら、もう少し抜けますかね?
- 川崎:
- その可能性はあります。冷めたらもう一度、食べ比べしましょう。
官能調査②:冷ましたもの
- 上野:
- どれも、チクチクと刺すようなアクはなくなった感じですね。でも…残ってますね。
- 川崎:
- 普段のアク抜きと比べてどうですか?
- 上野:
- もう少し抜けている感じです。ちょっと水にさらす時間が短かったかもしれないですが。
- 川崎:
- 煮物にすれば、さらに煮汁の中にアクが抜けますし、油を使えばそのマスキング効果でアクは気にならなくなると思いますね。
- 上野:
- 唐辛子入りの方がアクはやや抜けているような気もしますが…歴然とした差はないみたいですね。
- 川崎:
- 僕も唐辛子にはアク抜きの効果は期待できないと思います。実は、糠臭さを抑える効果があるのかな?と予測していたんですが、それもなさそうです。
- 上野:
- 煎り糠は…冷ますと、わずかに糠の匂いがしますね。筍の風味や甘みもちょっと淡いような気が…。でも、味は好きですね。スカッとした抜け感がある、というか。
- 川崎:
- 生糠をまとった筍の風味に慣れているだと思うんですよ。つまり、我々はわずかに糠の匂いがする筍を、筍本来の風味として記憶している。それを美味しいと思ってきたんですね。煎り糠の方は、糠の香りがちょっと違うでしょ。
- 上野:
- そうですね。僕は煎り糠の方がピュアな筍の風味を感じる。このわずかな糠の香りは、茹でたてを一度洗って備長炭入りの水にさらしておくか、そもそも備長炭を入れて下茹でするか、で抑えられますか?
- 川崎:
- 可能性は十分あると思います。備長炭の匂いの吸着力はすごいんで。煎り糠で、いい具合にアクが抜けたら、今までとは違う料理に仕立ててみようと思います?
- 上野:
- そうですね。だしで煮る料理じゃなくて、サラダとか淡い味の和え物とか、ちょっと趣向を変えたいですね。
備長炭で筍のアクが抜ける!?
- 川崎:
- 僕は備長炭のアク抜きの効果がすごく気になるので、これも実験してみませんか? タカノツメは…なくてもいいでしょう(笑)。
官能調査③:備長炭でのアク抜き
- 上野:
- やっぱり、備長炭はいいですね! トウモロコシのような甘い香りがイキイキと感じられます。甘みもあるし。アクも僕はこれが一番抜けていると思います。
- 川崎:
- 確かにアクは抜けているのですが…。僕は収斂味(しゅうれんみ)を感じるんですよね。糠炊きの時に感じたピリピリしたようなアクではなく、赤ワイン飲んだ時に感じる渋みに近いもの。
これは、シュウ酸によるものだと思うんですよ。備長炭は、ホモゲンチジン酸には効果があるけれど、シュウ酸にはないんじゃないかな…。
- 上野:
- 煎り糠+備長炭だったら、より効果あるかもしれないですね。
- 川崎:
- そうですね。ただ、筍のアクって全部取り去らなくてもいいと思うんですよ。少し残しておいた方が旨いんじゃないかなって。仕上げの調理や味付けで充分感じられなくなりますから。
- 上野:
- 僕もそう思います。ほどよいアクは持ち味、筍にそれがなかったら締まりのない料理になります。僕はやっぱり筍本来の風味で勝負したいので、これからも生糠は使わないと思います。
下茹でしない、という選択
- 上野:
- 大根の搾り汁に筍を刻んで生のまま浸しておくとアクが抜けるとテレビで見たのですが…。大根は皮ごとすりおろした方がいいようです。そこに、1%の塩。効果ありだと思いますか?
- 川崎:
- 調べても論文が出てこないんですよ。問題は、加熱せず、どう細胞を壊すか?ということです。
大根のでんぷん分解酵素などによって筍の細胞に何らかの変化が起きるかもしれないですし、筍の水分よりも大根汁の濃度が高ければ、浸透圧の作用で水と共にアクが抜けるのかもしれないですし…。
- 上野:
- 塩も入っていますしね。
- 川崎:
- いや、1%程度では塩の効果は期待できないです。脱水させるくらいの量でないと…。
そうだ! よく考えたら、塩漬けでもアクは抜けるはずですよね。ちょっとやってみません? 薄切りにした方がいいですね。
塩してアクを出し、その塩を抜いて、鮮烈な香りを生かすというのは、筍料理として新しいですよね。加熱せず、そのまま赤貝とか春の魚介類と合わせる…みたいな料理は美味しそうです。
- 上野:
- もし本当に生のままお出しできるなら、僕は漬物にしてみたいですね。筍の漬物っていったら、下茹でしてから糠漬けか味噌漬けでしょ。ボリッとした食感を生かした塩漬けなんて、旨いやろな。
(20分後に試食)
- 上野:
- 塩だけの方は、随分と水分が出ましたね。いい香りですわ。アクは確かに抜けてますが、まだまだ残ってますよね。
- 川崎:
- 大根汁の方は、これを生食するというのは考えにくいですね。この状態で炊く、というのなら可能性はありそうですが。
- 上野:
- うちは、筍ご飯は生の筍から炊きます。その下処理としては確かにいいかもしれないですが、僕は備長炭だけ入れて炊きます。それで充分なんで
- 川崎:
- 塩の方は、もう少しいろいろ実験してみたいですね。少なくとも、塩で筍の細胞を壊せば、アクを抜くことができる、ということだけは確かです。あとは、塩の量や、漬けておく時間。塩抜きの方法…。何かいい方法が見つかれば、新しい料理が生まれる可能性大ですよね!
どうアクを抜くかで、料理は変わる
- 上野:
- 備長炭で下茹でした筍とヒラメのサラダです。糠の匂いがなく、本来の持ち味が生きているので、煮たりせず、そのまま使いました。萱草(かんぞう)と新ワカメを添え、アサリの煮汁に梅干しを加えたタレをかけて、全体的に淡い味に仕立てています。
- 川崎:
- 筍の甘みが引き立っていますね。梅干しの酸味で舌に刺激を与えることで、筍のアクはほとんど気にならなくなる。ほんのりと感じる野趣が、とても春らしいです。
- 上野:
- 煎り糠でアク抜きした筍の料理も考えてみます。あの風味が忘れられないので。備長炭と併用して、いろいろ試してみます。
- 川崎:
- 備長炭と糠、劇的にはアク抜きの効果は変わらなかったですね。やっぱり糠そのものにアク抜きの作用があるのではなく、アクを吸着させるのだと思います。
アクは加熱している間に一番出ると思うので、そのまま冷ます必要があるのか?は疑問です。冷ました後の方がアクが抜けていたことを思うと、水にさらす意味はあると思うんですね。その時、糠入りの湯に浸したままでなくていい。水を変える、そこに備長炭を入れるというのもアリだと思います。
- 上野:
- 糠を使う場合は、水を変えた方が糠臭さが取れるでしょうし。どちらにせよ、タカノツメはなくてもいいということですね?
- 川崎:
- どうやら、そのようです。今回の実験を総括すると…。まず、多くの人は糠の匂いを含んだものを筍の風味だと思っているかもしれない、ということ。ですから、糠を使わずアクを抜けば、筍本来の風味に新しい美味しさを感じてもらえる。ただ、それが苦手という人もいるかもしれないですね。
- 上野:
- 久しぶりに糠炊きしましたが、確かに、よく知ってる風味だな、なんか落ち着くな〜と思いました。
- 川崎:
- それから、アク抜きとは細胞をいかに壊すか、なので、加熱してもしなくてもあり得るということ。大根汁は…おいといて、塩には可能性を感じました。そして、備長炭にはアク抜きの際、何らかの効果があるということ。
- 上野:
- いつもやっているアク抜きには効果があったんですね! 僕ら料理屋が使う筍には、それほどアクがないんですよ。農家さんが土づくりをして、とてもいい環境で育ててくれるから、筍にストレスがない。昔ほどナーバスにアクを抜く必要はないのかな、と思うんですね。
- 川崎:
- その上、朝掘りが届くのであれば、よりアクが抑えられる。筍は掘ってから時間が経てば経つほどアクが強くなりますからね。新鮮な筍が手に入れば調理の選択肢は広がるということですね。アク抜きに糠を使うか、使わないか。備長炭など匂いのつかないものでアク抜きするという手法もある。もっと言えば、アク抜きのために加熱するのか、しないのか。下処理が違えば、料理としての表現も変わる。それが大事なことだと思います。
- 上野:
- 生のままなら、ステーキか筍ご飯。下茹でしたものは、煮物にするか、椀にするか。今まではそうでしたが、今日実験してみて、塩でわずかなアクを抜く、煎り糠の香ばしさで甘みを引き出す、という選択肢が加わりました。
- 川崎:
- 筍が新鮮ならば、アク抜きに必ずしも生糠は必要ない。そのことだけは今日、立証されたようですね。
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go 2021.07.07
昔教わった事ですが
筍を糠で茹でて 一晩そのまま置いてから水にさらして使う事をしてたらしく一晩放置すると糠茹でした水が腐らないように鷹の爪を入れた話を聞いた事があります
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