和食を科学する料・理・理・科

牛肉の炭火焼のサイエンスvol.2塩の効果

日本料理のコースにふさわしい牛肉料理とは? 日々探求を続ける東京・日本橋『和氣(わき) 旬』店主の宮原 瞬さん。vol.1では「塊肉の最適な火入れ」をテーマに、炭火焼とフライパン焼で芯温を比較検証し、農学博士・川崎寛也先生に炭火焼のメカニズムを学びました。今回のお題は「ジューシーに焼き上げるために塩をいつ振るか?」。肉の味わいと食感に大きく影響する、塩の効果について探ります。

文:瀬川 慧 / 撮影:大山裕平 / イラスト:宮野耕治

目次

宮原 瞬さん(東京・日本橋『和氣 旬』店主)

1981年、東京生まれ。2007年、『銀座 小十』に入り、13年に渡仏。パリ『奥田』の料理長を務めて18年に帰国。『銀座 奥田』料理長を経て、2023年2月に独立を果たす。カウンターに炭床を設え、おまかせコースは和牛赤身肉や野菜の炭火焼を主に、日本のワインにもフォーカスした月替わりに。明朗で好奇心旺盛、チャレンジ精神に富むお人柄。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」(柴田書店)。

“室温に戻す”の意味と不思議

宮原 瞬(以下:宮原)
前回、塩を振るタイミングが重要というお話でしたが、その理由を詳しく伺いたいです。
川崎寛也(以下:川崎)
実はその前に、ちょっとお話をしておきたいことがあって…。宮原さんは、肉を焼く前に「室温に戻す」と言いましたよね?
戻すって、どういう意味でしょう?
宮原:
焼く30~40分前に肉を冷蔵庫から出して室温に置くことを「戻す」と言っているのですが…。
川崎:
そもそも「室温に戻す」というのは変な表現だと思いませんか? 牛肉が室温(25℃くらい)にあったのは、生きている時くらいでしょう。つまり、いつの段階に「戻す」のか?と。
実は、牛肉を室温にするというのは、「室温程度まで加熱する」ということなんです。「戻す」のではなく、部屋の温度で温めているんですね。
宮原:
あぁ、そうか、そうですよね。でも、塊肉を焼く時、室温にしておくことは大切ですよね?
川崎:
肉が冷たいと、焼いた時に中心温度を上げるのに時間がかかるでしょう。中まで火を入れようとすると、表面が過加熱になってしまう。火入れがコントロールしにくいんですね。室温まで温度を上げておけば、表面にだけ火が通って中は生、という失敗が少なくなるんです。

ryo0030a前回の実験では、牛赤身肉に塩をして、室温で1時間置いた。冷蔵庫から出した状態で肉の芯温は4℃だったが、22~23℃まで上昇した。

塩をして置いておくと、肉の表面にうま味成分の膜ができる

川崎:
では、本題に入りましょう。肉を焼く時に塩はいつ振るのか? 宮原さんはなぜ1時間前に振るのですか?
宮原:
表面にまんべんなく塩味を付けたいから…ですかね。
川崎:
1時間くらい置いておくと、表面に水分が浮いていませんか?

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宮原:
あ~確かに浮いています。
川崎:
その水分はどうしますか? 拭き取ります? そのまま焼きますか?
宮原:
気にしたことがなかったのですが…。拭かずにそのまま焼いています。
川崎:
この肉汁にはうま味成分が含まれているので、もう一度、肉に含ませてやる方がいいんですよ。
宮原:
え! そうなんですか?
川崎:
では、肉に塩をしておくと、どんなことが起こるのか、説明しますね。
塩を振ると、まず肉の表面のわずかな水分に溶けて、濃い食塩水ができます。この食塩水の方が、肉の細胞が含む塩分よりも濃いため、濃度差をなくすよう、肉の細胞から水が出ていきます。これを浸透圧と言います。
そうすると、肉の表面の細胞膜が壊れて、細胞内外の物質の行き来が自由になり、塩が中へと拡散していきます。
宮原:
塩が身の中に入っていくんですか?
川崎:
そうです。と同時に、細胞が含んでいた液体(細胞質液)が肉の表面に流れ出ていく。この細胞質液には、アミノ酸、つまり肉のうま味成分が含まれているので、これを拭き取るなんてもったいないと思いませんか?
宮原:
あ~なるほど、そうですね。

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川崎:
ですから、もう一度、肉に戻してやるのがいいと思います。細胞質液に肉をこすりつけると、すぐに吸収しますよ。
宮原:
ホントですね! コレ、必ずやるようにします!

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川崎:
塩を振ると、表面にうま味成分の入った水分が出てくること、そして塩味が中に浸透することが分かりましたね。
では、塩の効果をより理解するために、塩を直前に振ったもの、焼いた後に振ったもので食べ比べてみましょうか。
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