和食を科学する料・理・理・科

ハマグリの火入れvol.1最適な芯温を探る

「ハマグリはバクッと内臓ごと食べた方が美味しい。足は柔らかく、内臓には火が通っていて、全体的に歯切れよく火入れしたい」と、京都『衹園きだ』の木田康夫さん。加熱しすぎると硬くなり、加熱が弱いと生っぽくて安全に提供できないとあって、ハマグリは火入れが難しい食材。そこで今回は、農学博士の川崎寛也先生とハマグリの火入れをテーマにした実験に挑みます。カギを握るのは、内臓がある中心温度(芯温)。vol.1では、その最適温度を探ります。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン

目次

木田康夫さん(京都・衹園『衹園きだ』店主)

1971年、滋賀県生まれ。京都『先斗町ふじ田』での修業時代に師匠の佐々木 浩氏と出会い、長年、右腕として活躍。六本木『八坂通りAn京割烹』、富山の料理旅館『リバーリトリート雅樂倶(がらく)』内の『和 彩膳所 樂味(らくみ)』、『衹園 樂味』など、『衹園さゝ木』プロデュース店の料理長を務め、2016年に独立を果たす。好奇心旺盛で、調理科学にも興味津々。面白味と説得力のある日本料理を供す。カウンターを盛り上げるトーク力にも定評がある。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所エグゼクティブスペシャリストであり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」「味・香り『こつ』の科学」(柴田書店)。

理想的なハマグリの火入れとは?

木田康夫(以下:木田)
ハマグリは年中ある食材ですが、僕が思う旬は4~5月。まさに今、です。うちでは三重の桑名と千葉の房総の1個180g前後ある大きなハマグリを使っています。内臓ごとバクッと食べるのが一番美味しいと思うのですが、火入れがなかなか難しくて…。
川崎寛也(以下:川崎)
木田さんはどんな風にハマグリを火入れしているのですか?
木田:
煮切り酒とハマグリの殻を開けた時に出る汁を合わせてむき身を入れ、67~70℃をキープして10分煮ています。
川崎:
魚介類のたんぱく質が変性し始める温度は40℃からなので、ギリギリの火入れを狙っているのですね。
木田:
ハマグリは加熱しすぎるとゴムみたいな食感になってしまうので…。内臓に火が通って、足の部分は柔らかさが残っている。サクサクと噛み切れるような食感を目指しています。
いろんな温度帯を試しましたが、今のところ、この火入れがベストだと思っています。この煮汁に火入れしたむき身を浸けておき、お客様に提供する前にさっと温めているのですが…。お椀ではお出しできないんですよ。
川崎:
90℃くらいの吸い地を注ぎ入れると、ハマグリに火が通りすぎてしまう…ということですか?
木田:
その通りです。ですから、うちでは小鍋仕立てにして、さっと温めてお客様にお出ししているのですが、それでも身が少し硬くなってしまう。この課題を解決したくて、今日はいろいろな実験にお付き合いいただけたらと思います。

ryo0037b桑名のハマグリは1個175g前後。身は白く、ハマグリの殻に入っていた汁は少し白濁している。

ryo0037c房総のハマグリは1個180g超えで、桑名より立派。身は赤みを帯びている。ハマグリの殻に入っていた汁の色は薄い。

【実験1】殻付きとむき身は加熱するとどう違う?

川崎:
ハマグリは殻ごと酒蒸しするのが一般的だと思っていたのですが、木田さんはむき身を使うのですね。なぜですか?
木田:
殻付きだと火入れがコントロールしにくいんです。
川崎:
ハマグリは口が開いた瞬間を逃さず食べるというイメージがあります。その時の内臓の温度って何℃くらいなんですかね…。結構レアだと思うんですけど。
殻付きとむき身をそれぞれ加熱して、芯温(中心温度)の違いを比べてみませんか?
木田:
そうですね。僕がいつもやっている火入れの芯温が何℃になっているかも興味があります。やってみましょう!

ryo0037d煮切り酒とハマグリの殻の中の汁を同割で合わせ、殻付きのハマグリを加熱。口が開き始めたら鍋から上げる。

ryo0037e

川崎:
殻付きは殻を通して間接的に身に火が入るので、口が開いてすぐの状態はまだ生っぽいですね。表面温度を測ると64℃。たんぱく質は変性しています。火が通った状態と言えますが、内臓の方は…37℃。コレ、まだ生ですね。
木田:
ちょっと試食する気になれないですね(笑)。僕は料理人として、コレをお出しすることはできないです。かと言って、沸かした煮汁で急激に加熱するとハマグリが硬くなってしまう。だから、むき身を使うんです。
川崎:
なるほど、よく分かりました。では、むき身をいつものように煮てください。芯温を測ってみましょう。

ryo0037f煮切り酒とハマグリの殻の中の汁を同割で合わせ、むき身を加え、67~70℃をキープして10分火入れする。

木田:
(断面を触って)内臓にギリギリ火が入った状態だと思います。半分に切ってみますね。

ryo0037g

川崎:
表面温度は66.9℃です。さすがですね、狙った温度に仕上がってますよ。中心温度は55℃。これなら食べても大丈夫ですね。
(味見をして)あ~なるほど! 内臓が美味しい。足も柔らかくていいですね。
木田:
サクッと歯切れがいいですよね! 内臓を美味しく食べようと思ったら、この温度がギリギリだと思うんですよ。これ以上、火を入れたらジューシーさと言うか、磯の風味も弱くなってしまうんです。
川崎:
この実験で分かったのは、殻付きで加熱する場合は、中心温度を意識すべきだということ。これは大事なことです。生のままお客様に食べさせる危険性がありますから。
もう一つ、今日のテーマである木田さんが理想とするハマグリの火入れの芯温は55℃だということ。この芯温は重要な基軸になりますよ。
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