上野修三の古典

御年85歳、浪速割烹の雄が語る、古き佳き仕事

昭和26年、大阪はミナミの仕出し屋にて和食の世界へ飛び込んだ上野修三さん、御年85歳。戦後から高度経済成長期、バブルと昭和の和食を見つめ続けた上野さんが知る古い仕事=古典には、多くの気づきがあります。故(ふる)きを温(たず)ね新しきを知る。上野さんの昔語りと共にお届けする初回は、4月の魚料理のはなし。


上野修三(うえのしゅうぞう):昭和10年、大阪・河内長野に生まれる。ミナミでの修業時代を経て、1965年、『㐂川(きがわ)』を創業。なにわ伝統野菜を発掘するなど、大阪らしい料理を追求し、浪速割烹のカタチをつくる。60歳で開店した『天神坂上野』は伝説の割烹として名を馳せた。現在は、なにわの食文化を綴る随筆家としても活躍。

聞き書き:中本由美子 / 撮影:東谷幸一

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鱚の翁和え鱠──翁を思わせる白髪昆布で味わいを深める

「なます」は、『日本書紀』にも出てくる古い料理。漢字は「膾」と月へんで、始まりは生肉を刻んだ料理やったそうだす。その後、魚介が「なます」に使われるようになって魚へんの「鱠」という字が当てられた。うちの割烹では、野菜だけで仕立てた「なます」は、「生醋」と書いてましたな。醋という字は、酸味のあるもの、という意味。コレ、私の造語やけどネ。意味は通ってまっしゃろ。

さて、今回は「翁和え鱠」だす。翁=おじいさんの意味やけど、年を取ると白髪になりまっしゃろ。その姿に見立てて白髪昆布を使った料理に「翁」の言葉を使うというワケやね。白髪昆布とは、昆布の中心部の白いとこを削ったとろろ昆布を、さらに細かく削ったもの。今回は鱠やけど、翁焼き、翁蒸し、翁揚げもあるんでっせ。

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翁和え鱠には、鱚(キス)、サヨリ、ヒラメなど昆布〆にして旨い白身が合いますな。今回は鱚を2時間ほど昆布〆にした後、紙塩をして5~6時間おき、さっと割り酢で洗ったものを細切りにしました。紙塩というのは、濡らした和紙で上身を包み、その上から塩を振る方法。きつくなく、まんべんなく塩が回るんでっせ。

塩梅は、煮切り酒に昆布を漬けて、煮切りみりん、淡口醤油、米酢と合わせた淡口合わせ酢でいきまひょ。鱚を器に盛り、ここにまぶして、白髪昆布とワサビ。桜の季節でっさかいネ、独活の花びらを散らして仕上げました。


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鱚の角也造り──ひと塩の魚に大根漬けの歯ざわりを重ねて

大根漬けを細かく刻んだものを使った料理を「かくや」と呼びますな。この語源には諸説あって、私が聞いたんは、修行僧がお泊まりになる隔夜(かくや)堂で出されたものやったという説。あるとき、歯の悪い老僧が来て、このお方のために食べやすく細かく刻んだというハナシやったな。「隔夜」とも「覚弥」とも書くのは、それぞれ謂れとなった説が違うからやろうね。私ゃ、若い頃、「角也」や「各也」と教えられたけど、略字やったんかな?

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角也造りには、サヨリや鱚(キス)に加え、赤甘鯛や若狭ガレイなどの一塩もんも向いてますな。大根漬け、つまりタクアンのポリポリとした食感に負けない活かった魚では、ちょっと興ざめや。タクアンは無着色、無添加のものを選び、塩辛ければ水に浸して適度に塩気を抜いて、刻んでおく。鱚は紙塩した後、淡口醤油の割り酢で洗って、へぎ切りに。これにタクアンをまぶしつけていくんだす。これを重ねるように盛り、酢取り浜防風とワサビを添えると、姿がきれいでっしゃろ。

小向附の中身は、煎り酒。醤油が普及する前、鱠は煎り酒で食べていたようで、昔は梅干しと酒だけで作ったと聞きますな。塩辛い梅干しを煮切り酒で炊いて、淡口醤油を少々、ここに昆布を浸しておくのが、私流だす。


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鯛と筍の巻繊──木ノ芽田楽 竹の輪を型にして焼き抜いた田楽仕立て

巻繊(けんちん)というのは、中国から伝わった料理ですわな。我が師匠(ミナミにあった仕出し料理店『川㐂(かわき)』店主)は若き日に上海で仕事をしていて、その時に覚えた巻繊をよく作っていました。辞書を引くと、椎茸やゴボウ、ニンジンなどをせん切り、つまり“繊”にして味付けし、湯葉で“巻”いて揚げたものとある。後に、湯葉の代わりに水切りした豆腐を使い、せん切り野菜と油炒めしたものも巻繊と呼ぶようになったんだすな。

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4月のお料理ということで、ちょっと豪華に鯛と筍を主素材にして、木の芽味噌で田楽に仕立てたのがこの一品。鯛は薄塩をして焼き、その身をほぐして使います。一尾お買いになるお店やったら、中骨まわりなどの端身を使うと無駄がありまへんな。でも、頬肉や目玉のまわりなどお頭の身はとりわけ旨いから、これを入れるとぐっと深みが増しまっせ。筍は八方煮にしてあられ切り、百合根は塩茹でしておきまひょ。豆腐は水切りして裏漉ししたものを、すり鉢で山芋とろろと合わせて、筍と百合根、鯛の順で加え、生地の完成だす。

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玉子焼き鍋で焼き抜いたり、型に入れてオーブンで、というやり方もおますけどネ。ここはちょっと工夫して、竹の輪を手製してみましたんや。陶板に薄く太白胡麻油を塗ってこの輪をのせ、その中に生地を入れてアルミホイルで蓋をし、弱い下火で3~4割がた焼いていく。その後、サラマンダーの上火で表面を焼いて、固まったら木ノ芽味噌を塗り、焼き色を付けてケシの実を振る。こんなアナログなやり方もありでっせ。

木の芽味噌は、この時季、どのお店でもお作りになられまっしゃろ。私は、白味噌に卵黄・酒・みりん・砂糖で玉味噌を作り、ホウレン草などの青寄せと木ノ芽を加えて仕立てます。新生姜の甘酢漬けを添えて完成だす。

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