上野修三の古典

【レシピ付き】鶏肉×淡口醤油で割烹の一品を

食材の価格が高騰し続ける昨今、「こんな時代やからこそ、安定して手に入る食材を見直し、技で値打ちを上げるべきやないかな」と上野修三さんは提唱します。そこで、今回のテーマは鶏肉。ガラと野菜の切れ端でだしを取り、鶏ミンチに手をかけて、割烹の一品に昇華させます。豆腐と野菜を炒め合わせる「巻繊(けんちん)」や、鶏肉と青菜の取合せ「菜鶏(なとり)」など、古い料理を今風に仕立て直し、淡口醤油を使って美しく、味わい深く。御年89歳の上野さんが提案する鶏料理2品のレシピを、含蓄ある語りと共にご紹介。


上野修三(うえのしゅうぞう):昭和10年、大阪・河内長野に生まれる。ミナミでの修業時代を経て、1965年、『㐂川(きがわ)』を創業。なにわの伝統野菜を発掘するなど、大阪らしい料理を追求し、浪速割烹のカタチをつくる。60歳で開店した『天神坂上野』は伝説の割烹として名を馳せた。なにわの食文化を綴る随筆家としても活躍中で、11月に「上野修三の仕事 うすくち醤油で仕立てる浪速割烹204品」(クリエテ関西)を上梓したばかり。

聞き書き:中本由美子 / 撮影:宮本 進

目次


鶏肉の価値を高める技と、淡口醤油の“喰い色”

ひと昔前の話やけどネ。当時、私ゃ最高峰の食材を揃えようと躍起になってましてん。立派な鯛や松茸をお見せしたら、お客さんが目をみはりまっしゃろ。それを目の前で調理することが、割烹の醍醐味やと思い込んでましたんや。

せやけど、もうそんな時代やないわなぁ。地球温暖化の影響か、食材がえらい高騰して、最高峰を求めると客単価は跳ね上がるばかりや。高級になりすぎたら、和食離れが起きてしまう…。私ゃ、それが心配でなりまへん。

そこで、提案がおます。安定して手に入る安価な食材を見直してみまへんか? 例えば、鶏肉。昔は「黄鶏(かしわ)」と呼んで、合鴨に並ぶ河内の名産やった。筋肉質の軍鶏(しゃも)系でネ。ブロイラーの普及で廃れてしもたけど、お隣の奈良に近い肉質の「大和肉鶏」があるから、今回はこれでいきまひょ!

肝も使って松風にしたり、心臓(ハツ)に切り込みを入れて煮て松笠に見立てたり。手羽は蒸し鶏にして、サラダ仕立て。モモ肉をケチャップやソースを隠し味に炊いて、ロース煮としてお出ししたこともありましたな。昔は和食店で鶏肉をよぉ使ったもんだす。キノコたっぷりの鶏すきは、大阪の郷土料理やしね。

料理屋というのは、料理人の技ともてなしの心を楽しんでもらう場所でっしゃろ。家庭ではできないような手間をかけて、贅沢なだしを使って、ご馳走を仕立てる。「こんな旨い鶏料理、食べたことない!」と言わせたら、あんさんの勝ち。それこそ価値が上がるっちゅうもんですな。

では、私流の炊合せと煮物椀をお見せしまひょ。鶏ガラと野菜の切れ端で取っただしを利かせてネ。割烹の一品に仕立てるには、旨そうな見た目も重要やけど、鶏肉は火を通すと味気ない色になりまっしゃろ。ここは淡口醤油の力を借りるのが一番。琥珀色をまとわせると、喰い味ならぬ“喰い色”に。風味もよく、鶏肉の持ち味も一層深まるって寸法だす。


上野修三さん作・軍鶏と天王寺蕪、大阪黒菜の炊合せ

軍鶏と天王寺蕪、大阪黒菜の炊合せ——淡口風味のあんをとろりとかけて

野菜でも、魚介でも、それぞれを最適な塩梅で煮て盛り合わせる。和食の煮炊きの技を楽しませるのに、炊合せほどええ料理はおまへんな。ところが近年は、炊合せをやる和食店が少なくなったんと違うかな?

長男が二代目として営む『浪速割烹 㐂川』でもお出ししてまへんが、これ、私のせいですねん。煮物椀に注力したことで、品書きから炊合せを省いてしもたんだす。今一度、炊合せを見直してほしいという気持ちと、自戒の念も込めて、今回は鶏肉を主役にした私流をご紹介。

軍鶏は巻繊巻でいきまひょ。豆腐と細切り野菜をそれぞれ炒めて、野菜の方にカツオ昆布だしや淡口醤油で下味を付けてネ。これを合わせたもんを巻繊と呼びますが、今回は鶏ミンチも混ぜて、モモ肉で巻きましてん。

まずは成形のために下蒸しし、鶏肉は皮目が旨いからフライパンで転がしながら焼き色を付ける。カツオ昆布だしに鶏だしを合わせ、淡口醤油と砂糖も使って少し甘めに煮ておくれやす。輪切りにしたら、この断面! 煮汁に葛でとろみをつけた銀あんが“喰い色”でっしゃろ。

お相手は、大阪の伝統野菜で決まりだす。天王寺蕪は、まさに今からが旬。その旬味を生かすために、下茹でせずに、淡口八方地で直煮しまひょ。大阪黒菜(くろな)は、2023年に「大阪市なにわの伝統野菜」に認定されたばかり。ほろ苦さもあって、ええ風味でっせ。軸と葉を時間差でさっと煮て、メレンゲでまとめた「霞(かすみ)とじ」。これも古い仕事だすな。

軍鶏と天王寺蕪、大阪黒菜の炊合せのレシピ

【材料(6人分)】
<巻繊軍鶏巻>
大和肉鶏モモ肉……2枚
塩・ゴマ油・水溶き吉野葛……各適量
●巻繊
│木綿豆腐……1.5丁
⎟大和肉鶏ミンチ……200g
│椎茸……25g
⎟キヌサヤ・ニンジン……各15g
│ゴボウ……20g
⎟ゴマ油……大さじ3
│カツオ昆布だし……45ml
│淡口醤油……15ml
│砂糖……小さじ1/2弱
│卵……1個
│浮き粉……10g
│塩……少々
●鶏美味だし
│鶏だし※・カツオ昆布だし・酒……各360ml
│砂糖……20g
│淡口醤油……72ml
│みりん……80ml

<梅花蕪直煮>
天王寺蕪……2個
淡口八方地……適量

<黒菜の霞とじ>
大阪黒菜……1株(75g)
淡口八方地……適量
卵白……1個分

柚子……適量

※鶏だし
鶏ガラ2羽分を適宜切って霜降りし、水洗いする。野菜の切れ端(椎茸の軸・カブラやニンジンの皮など)適量・昆布と共に水1L・酒450mlで1時間ほど煮出して漉す。

【作り方】

<巻繊軍鶏巻を作る>

木綿豆腐を水切りして軽くほぐし、ゴマ油大さじ2で炒めて水気を飛ばす。
ゴボウをささがきにし、下茹でする。椎茸・キヌサヤ・ニンジンを細切りにし、ゴボウと合わせてゴマ油大さじ1で炒める。カツオ昆布だし・淡口醤油・砂糖を加えて軽く煮て味を含ませる。漉して煮汁と分け、粗熱を取る。
すり鉢に大和肉鶏ミンチと塩を入れ、なめらかになるまでする。①の粗熱が取れたら加えてすり合わせ、溶き卵・浮き粉を加えてさらにすり合わせる。
③に②の炒め野菜を混ぜ合わせる。煮汁で味を調え、棒状に成形する。
大和肉鶏のモモ肉を開き、肉厚の部分をそいで、厚みを揃える。薄塩をして20分ほど置く。
⑤に④をのせて巻き、タコ糸を巻いて形を整える。

鶏モモ肉で鶏ミンチ入り豆腐巻繊を巻く

⑥を20分ほど強火で蒸す。
フライパンにゴマ油を熱し、⑦を転がしながら焼き目を付ける。鶏肉から出た油はその都度、拭き取るとよい。

巻繊軍鶏巻を蒸してから焼く

鶏美味だしをひと煮立ちさせ、⑧を約20分、ゆらゆらと煮汁が揺れるくらいの火加減で煮る。そのまま煮汁に浸して味を含ませる。

巻繊軍鶏巻を煮る

<梅花蕪を直煮する>

天王寺蕪の皮を厚めに剥き、1.5cm厚に輪切りして梅花形に飾り切りする。
淡口八方地ですっと串が通るくらいまで直煮する。

<大阪黒菜を霞とじにする>

大阪黒菜の茎を笹切りにし、葉をざく切りにする。
淡口八方地で⑫の茎から煮て火を通し、煮上がりに葉を入れて煮る。メレンゲにした卵白を加えて急ぎ混ぜ合わせ、卵白に火が通ったら火を止める。

大阪黒菜の霞とじ

<仕上げる>

⑨を温めて2㎝厚に切り、⑪、⑬と共に器に盛る。
⑨の煮汁に水溶き吉野葛でとろみをつけ、巻繊軍鶏巻にかける。柚子皮を細かいみじん切りにしてあしらう。

上野修三さん作・菜鶏椀

菜鶏椀——大阪黒菜と鶏寄せで、淡口仕立ての“名取”の祝い椀に

芸事の世界では、家元や師匠から芸名を許されることを「名取」と言いますな。昔は名取式が春に行われることが多く、そのお祝いに「菜鶏飯」や「菜鶏汁」を食べる習慣がありましたんや。うちの割烹でも、この時季は頼まれてよぉお出ししたもんだす。

菜っ葉と鶏肉を合わせただけの料理やけどネ。今回は、寄せ鶏にしてみましてん。ミンチに山芋とろろや卵白を合わせて蒸し上げた、鶏の真薯(しんじょ)みたいなもんですわな。ミンチは加熱すると肉汁が出て生地が小さくなるので、ここで一工夫。約半量をさっと淡口甘八方地で煮てすり潰したところに、別にすり潰しておいた生のミンチを合わせるって寸法だす。

鶏肉が主役でっさかいね、親子共演といきまひょ。温泉玉子を用意して、その殻を生地に押し込んで蒸しますねん。くぼみができるから、そこに温泉玉子を入れると、どうだす? 面白い見た目になりまっしゃろ。

菜の方は、大阪黒菜の葉を使ったすり流し。緑の色が飛んでしもたら値打ちがないから、ペーストにして吸い地に加えたら、素早く椀に注いでおくれやす。隠し味に白味噌を使ったけど、塩梅の主役は淡口醤油。鮮やかな緑色が生きてまっしゃろ。軸はさっと湯がいて淡口八方地浸しにして天に盛ると、鶏の上に菜。文字通り、「菜鶏」の一椀の完成だす。

菜鶏椀のレシピ

【材料(6人分)】
<寄せ鶏>
大和肉鶏ミンチ……530g
●煮汁
│カツオ昆布だし……180ml
│淡口醤油・みりん・酒……各18ml
塩……少々
山芋とろろ……70g
卵白……70g
浮き粉……6g
鶏だし……36ml
食紅……適量
淡口醤油……18ml
温泉玉子(S玉使用)……6個
<大阪黒菜すり流し>
大阪黒菜(葉)……2束分
薄めの吸い地……800ml
白味噌……75g
淡口醤油……15ml
カツオ昆布だし・重曹・塩……適量
<大阪黒菜八方地浸し>
│大阪黒菜(軸)……適量
│塩・淡口八方地……適量

煎り松の実……適量

【作り方】

<寄せ鶏を作る>

大和肉鶏ミンチ300g分を煮汁で炒り煮にする。ザルで漉し、すり鉢で粒がなくなるまですり潰す。煮汁は取っておくこと。
生の大和肉鶏ミンチ230gに塩を加え、なめらかになるまでする。
①に②を合わせ、山芋とろろ・卵白・浮き粉・鶏だし・①の煮汁の順で加えてすり混ぜ、まとまる程度の柔らかさにする。食紅で色を付け、淡口醤油で味を調える。

寄せ鶏の生地を作る

流し缶(205㎜×180㎜×45㎜)に③を流し入れ、温泉玉子の殻を等間隔で6つ押し入れる。巻き簀をかぶせ、重石代わりにバットをのせ、約25分強火で蒸す。

寄せ鶏の生地を蒸す

粗熱が取れたら玉子の殻を取り除き、1カンずつ切り出す。くぼみに温泉玉子を入れる。

寄せ鶏の生地のくぼみに温泉玉子を入れる

<大阪黒菜のすり流しを作る>

大阪黒菜の葉を重曹入りの湯でしっかりと茹でて水気を絞る。少量のカツオ昆布だしと共にミキサーにかけてピューレにする。
薄めの吸い地をひと煮立ちさせ、白味噌を溶き入れる。⑥を240ml加えて混ぜ、淡口醤油・塩で味を調える。

大阪黒菜のすり流しを作る

<仕上げる>

大阪黒菜の軸を切り揃え、さっと塩茹でして淡口八方地に30分ほど浸しておく。
お椀に⑤を盛り、⑦を注ぎ入れる。⑧と煎り松の実を天にあしらう。

ヒガシマル醤油の超特選丸大豆うすくち吟旬芳醇、特選丸大豆うすくちしょうゆ 超特選丸大豆うすくち吟旬芳醇(左)
国産原料を100%使用。丸大豆しょうゆと米糀の二段熟成で、まろやかな味わいに。400ml。
特選丸大豆うすくちしょうゆ(右)
国産原料を100%使用。淡く上品な色合いと、おだやかな香りで素材を生かします。500ml。

■問合せ:ヒガシマル醤油㈱ お客様相談室 ☏0791-63-4635(受付時間9:00~17:00、土・日曜・祝日・年末年始・夏期休暇除く) https://www.higashimaru.co.jp

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