ウィズコロナの食

「困ったときほど美味しいものを」 医療従事者に"シェフの夕食"を。

「大阪コロナ重症センター」などで働く医療従事者向けに、有志の料理人たちが作る夕食が配られている。この日の担当は、大阪と奈良でレストランを営む、4人の若手シェフたち。それぞれが自店で弁当を仕込み、大阪・靱公園のイノベーティブ・レストラン『RiVi』に集合。「僕たちの出番は今回が3回目です」とは、『RiVi』山田直良シェフ。「今日も喜んでいただけるかなぁ...」。皆が口を揃えながら、真剣な眼差しをみせる。

文:船井香緒里 / 撮影:東谷幸一

「RiVi」山田直良シェフ作、骨付き鶏モモ肉とキノコのトマト煮込み、山菜ピクルスご飯。

左奥/フレンチレストラン『ディファランス』藤本義章シェフによるメニューは、バターポークカレーとキノコご飯。左手前/奈良のイノベーティブ『コムニコ』堀田大樹シェフは、寒ブリと大根のトマトココナッツカレー、菜の花ターメリックライスを考案。
右奥/『アニエルドール』藤田晃成シェフは、鳥取産 鱈とジャガイモ アメリケーヌ風と、黒オリーブとアンチョビのピラフを。右手前/『RiVi』山田シェフ曰く「基本、主菜と炭水化物をセットに。どの組合せでも美味しく食べていただけるよう、皆で相談してメニュー考案しました」。

コロナ禍の中、医療従事者へ向けた"食の支援"は必須である。シェフたちが無償で食事を届けたり、イベント的に実施する取り組みも多くみられるが、善意だけでは、継続は難しい...。何しろ飲食業界もまた、大きな打撃を受けているのだから。
「最前線で闘う医療従事者はもちろん、同時に飲食業界も応援するための取り組みを」と立ち上がったのは、『Office musubi』代表・鈴木裕子さん。新型コロナウイルスの影響が長期化するであろう、との仮説をもとに昨年5月、「困ったときほど美味しいものを!」プロジェクを立案。『食創造都市 大阪推進機構』が事業主体となり、7月に本格始動した。

『食創造都市 大阪推進機構』ディレクターを務める鈴木さん。"どんな時も美味しい街・大阪" を目指し、その仕組みを作っていきたいと話す。賛同いただける企業や個人の協賛も広く募集しているという。

国内で初めて緊急事態宣言が発令されたあの時...。鈴木さんは、最前線で働く医療従事者の食生活を目の当たりにして驚愕する。「時間の余裕がないからって、同じものばかり食べるのは、モチベーションが下がりますよね...」。食事もままならない医療従事者へ向けた、有志料理人たちによるプロジェクトを考える中、「善意を対価に変える、仕組みを作ろうと」。余談だが、鈴木さんは海外在住も長かった。「日本人は"善意"や"奉仕"で何でもやってしまう。結果、続かなかったり、中途半端に終わってしまうなんてことも。その点、アメリカなど海外はシビアですよ。誰かが犠牲になる、という考え方はそもそも持たない。双方にメリットがあれば継続できると考える。そのための仕組みを作ることが必要だと思ったんです」。

『柏屋 大阪千里山』松尾英明さんによるお弁当には、料亭の丁寧な仕事が窺える品々が15種近く。出汁巻玉子、海老東寺揚げ、粟麩油煮 赤蒟蒻煮、分葱と京揚げのぬた和え、蕗御飯、蕗葉辛煮など。(撮影/鈴木裕子)

シェフたちは上限1500円(1人分)で約70食分のお弁当を作り、『食創造都市 大阪推進機構』が買い取る。医療従事者は、"名店の味"を無料で楽しめ、料理人は売り上げを確保することができるのだ。まさに「三方よし」だ。
医療の現場からは、「シェフ達からの夕食が楽しみで、また明日から頑張れます!」、「夕食を受け取りたいから、勤務のシフトを変えようかと思いました(笑)」といった声も。それらが、料理人たちの励みになっているようだ。

ある心温まるエピソードがある。年末、お弁当の調理を担当した日本料理『柏屋 大阪千里山』松尾英明さん。曰く、「大阪コロナ重症センターで働く女性から、お手紙が届きました」。そこにはこう書かれていた。"家族と離れてホテル住まいの毎日です。お弁当に添えられた励ましの手紙を読み、ひと泣き...。そしてお弁当を食べて、元気づけられました。落ち着いた暁には、お店へ伺いたいです"と。「飲食業界も大変ですから...。一通のお手紙に、逆に僕たちが励まされ、元気をいただきました」と松尾さんは微笑む。
2月中旬には、現在休業中の中国菜『一碗水』店主・南 茂樹さんが担当。「お弁当提供は2回目です。1品だけ温めてほしい料理を入れますが、他はそのままでも美味しい中国料理を」。この日は、台湾家庭の味「魯肉飯(ルーローファン)」と、常温でも美味しく味わえる「惣菜4種盛り」などを提供した。
日本料理『楽心』店主・片山心太郎さんは、3月1週目に初参加。自店のテイクアウトメニューにも用いる、上質な赤杉の曲げわっぱ弁当2段に詰め込むのは、玉子焼きや唐揚げ、野菜の煮物、鮭の焼き物、おにぎり...。「あえて、おふくろの味や、皆が慣れ親しんだ味を。緊張感ある仕事を終えた時ほど、ホッとできる味がいいでしょう」。日本料理の料理人が作る、とびきりの家庭料理が、医療従事者たちの心を癒すに違いない。

「このプロジェクトは、感染拡大時のほか、災害発生時など非常事態においても同様の取り組みができます」と鈴木さんは言う。「目指すは、"大阪はどんな時も美味しい"。全国から支援に駆けつけてくれた方々に、"非常時でもさすが大阪、美味しいお弁当が食べられた"と思っていただけたら、それが食の街・大阪の印象に繋がる。そのために食の供給インフラを構築することが大切なんです」。いざという時に動ける体制と仕組みづくりを整えておく「どんな時も美味しい街・大阪」は、世界へ向けたローモデルになり得るのではないだろうか。
未来を見据えたプロジェクトは、3月末まで週1で実施予定だ。

食創造都市 大阪推進機構(事務局:大阪商工会議所、(公財)大阪観光局):06-6944-6323

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