砧巻きとは
大根や独活(ウド)、湯葉など、布や衣のように薄くやわらかい状態にした食材で巻いた料理を「砧巻き(きぬたまき)」と呼びます。では、なぜ「薄くてやわらかいもの」を砧と呼ぶのでしょう? 紐解いていくと、そこには現代では見られなくなった“布打ち”の情景と関係がありました。また、江戸時代の「砧巻き」はどのようなものだったのか、文献に当たってみました。
日本料理の砧巻きとは?
砧巻きは、桂むきにした大根や独活(ウド)、薄焼き玉子や湯葉といった薄くてやわらかい布(衣)状の食材を、ぐるぐる巻いた料理のこと。食感や色味の異なるものを芯にすることが多いです。繊細な庖丁の技が必要で、手間もかかる砧巻きは、まさに特別な日や料理屋ならではの仕事といったところ。庖丁の冴えを見せるための料理と考える人もいたようです。ちなみに、小麦粉や求肥の生地を巻いた和菓子にも、砧巻きの名を持つものがあります。
「砧」は、布を打つ作業に関連することば
そもそも砧とはなんでしょうか。一説に衣板(きぬいた)が音変化したことばと言われており、元は布を叩く時の「台」を指していました。昔の布はごわごわしていたので、そのままだと使い勝手が悪い。麻や木綿の布は折り重ねて木や石の台に置き、絹は横に渡した棒に巻きつけて、槌(つち)で何度も打つことで、やわらかくしたり、しわを伸ばしたり、光沢を出したりしたのです。
そこから派生し、砧は台のみならず、布を打つ作業の総称として、あるいは布を打つ道具の槌や、叩く音も指すようになりました。ちなみに槌は、ビール瓶のような形状の道具です。青磁の最上級品である「砧青磁」も、この形から名がついています。
砧打ちは、紡織が機械化する明治・大正より前、方々で見られた情景でした。生業(なりわい)にする人もいたし、家では特に女性の仕事でもあったので、昔の人は身近なものとして砧打ちの記憶や経験を持っていたに違いありません。
また、古くから詩歌に詠まれ、画題としても好んで取り入れられてきました。秋の夜長に煌々と照る月、冷たい風が吹くなか、トントン、コンコンと布を打つ音が響くという寂寥の感を押し出した描写が多く、その風物詩から「砧」は秋の季語とされています。ただ、料理名の砧巻きには、その季節感は踏襲されていません。
料理書には、江戸時代頃から登場
料理名の砧巻きは、いつからあったのでしょう。江戸時代の料理書を見ると、「きぬまき」の名で似たような料理が散見されます。
例えば『精進献立集』(1819年)には、薄く切った大根あるいは蕪を酢に浸けてから巻く、蕪はワサビを芯にするとあります。遠からずといったところで、きぬ(布)を巻くことに見立てているようです。はっきりと「きぬた」とあるのは、『歌仙の組糸』(1748年)の「きぬた 牛蒡」の記述ですが、ゴボウを桂むきなど薄く切って巻くのは難しそうなので、「槌に見立てた切り方か?」と疑問符付で解釈されています。
江戸時代後期の戯作者・平亭銀鶏(へいてい ぎんけい)の『家内の花』(1833年)には、保存食として「碪大根(きぬただいこん)」が登場。生姜を芯にして、干し大根で巻いて、甘めの酢醤油で煮たものとあります。立川焉馬(えんば)なる戯作者が考案したそうですが、定かではありません。江戸時代の砧巻きは、文献上はむしろ和菓子のほうが名高かったように思われますが、次第に料理名として定着していきます。
布のように薄くやわらかくした食材をぐるぐる巻くという調理法自体は、江戸時代にはありましたが、それを砧巻きと呼ぶようになった時期・理由はわかりません。もしかすると「きぬまき」から転じたことばかもしれないし、砧打ちと結びついたのかもしれない。料理名の由来としては、布に見立てたか、布を巻きつける台のほうか、布を打つ槌を指したものかと、多少の揺らぎはありますが、いずれも本来の「砧打ち」の作業に関連することだと覚えておくとよいでしょう。
▼キスとキュウリの砧巻きのレシピはコチラ
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