村田吉弘さんの「京のひとり言」

第八回:迷走する京ブランド

商売をする上で大切な「ブランド」。本来、長い時間をかけて創られるものですが、その育て方、在り方、伝え方が歪んできている、と『菊乃井』村田吉弘さんは嘆きます。今回は、飲食店の間にも広まっている、「京都」にまつわるものをブランド化する動きや考え方に、一石を投じます。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房 Salon de Muge』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

文:西村晶子 / イラスト:得地直美
※「あまから手帖」2018年9月号より転載

京都が商売のツールに

京懐石、京菓子、京漬物に京町家……。何にでも「京」が付いてて、すっかりブランドになってしまってる。近年は新規の資本が参入してきて、京都の名に乗っかって何か儲けようとしてはる感じ。全国展開してはるのに、わざわざ京都を本店にしてて、東京や地方のイベントに行くと「京都から来ました」て。名刺を見たら「京」やら「祇園」て書いてある。「こんな店あったかいな?」と思うことはよくあるね。

京都が付くだけで物が売れるみたいになってるけど、それっておかしいと思うわ。真面目に物作りして、それが世間から認められて、一つのブランドになっていくのが本物やろうね。それが、最近はブランド戦略とかブランド開発とか言うて、商売を拡大していくためのもんになってしまってる。

『菊乃井』かてブランドみたいに言われてるけど、料理屋で何の特徴もないのは印象に残りにくいから、『菊乃井』らしさを感じてもらえるものがあるとすればそれは有難いこと。でもサービス業やから自己主張はし過ぎず、お客さんに対してどこまで心馳せがあるかが大事。周りからの信頼があってこそのブランドやと思うよ。

志あってのブランド

京野菜もブランド野菜の代表みたいに言われてるけど、僕が30代の頃、『瓢亭』さん(14代主人・髙橋英一氏)が、京都会の会長をされていた時、上賀茂農業青年倶楽部の人らと一緒になって京都の伝統野菜を復活させよう、というのが始まりやった。東京の高級スーパーらがわざわざ買いに来てくれたお陰で、一躍有名になり、ブランドになった。自家需要のためだけに作ってた野菜が急に脚光を浴びて、農家の人はビックリしたと思うよ。それでも自分たちの野菜は絶対に旨いという自信をもって、それからもずっと手間かけて作ってはった。 

ところが、跡を継いだ息子らの中には、親の苦労を知らんやつもいるんやな。見た目が同じもんで売れるんやったら手間かけんでもいい、てなる。そうすると、何じゃこれってことになって、あそこももうあかんわなあ、てなことになる。

一方、『瓢亭』さんの瓢亭玉子や、『一子相伝なかむら』さんの白味噌雑煮は、名物として今まで続いてきた。一子相伝と言うけど、伝えられているのは作り方やなくてそれを作ってきた先代の志。時代によって考えや商売の仕方は変わるけど、根本にある受け継ぐべきもの、受け継がなくていいものの見分けがきっちりできてる。そやから代々続く店になってるねん。守るということは「ちゃんとしたもんを、ちゃんとした値段で、ちゃんと売るということ」なん。大儲けはできへんけど、なくなることもない。

それと高いもの=ブランドという風潮もあかんと思うよ。東京の人らは高いもんが好きやけど、分からん人が分からんことばっかりしてるから、高い=ええもんと思うわけ。でも、値段が高いからといって特別ええかというたら違う。例えば会席で10000円、15000円、20000円の3コースあったとしたら、料理屋は素材は変えても、それぞれ満足してもらえるもんを作ってる。値段は関係ないねん。

ただ同じようなもので値段が違うのは、京都にもある。そこは京都や大阪の人は正しく判断しはる。寸法が揃ってなくても味は一緒のもんやったら、安い方でええわとなる。いらんもんにはお金は使わんでいいという始末の心やね。

ところがインバウンドや他府県からの観光客が増えてから、京都の様子が変わってきた。昔やったらこんな小さな街で変なもん売ったら二度と買いに来はらへんけど、新しいお客さんが次々来るし、年1回売ったらええという発想で商売する人が出てきた。売りっぱなしなんやね。

マスコミに物申す

京都のブランド化はマスコミにも責任があるなあ。テレビや雑誌は、新しい情報を与えることが使命と思ってはる。でも、新しいだけではやっていけないし、古い情報でもちゃんとしたとこが出てる方が信頼性があったりする。それとグルメサイト。何でもかんでも出てて、それがまあまあええ加減(笑)。会員の店にはそこそこの点をつけたり、点の低い記事は削ったり。店のことを知らん人やったらその情報を信じるやろね。行っても分かりはらへんねんし(笑)、分からん人がいるからその情報が通る。玉石混交の中で玉を見つける難しさがあるなあ。

ミシュランガイドとワールド50ベストレストラン、グルメサイトを比べても評価はいろいろよ。結局どこがええねん? てなる。だから良し悪しは言わへんのが一番。評価は主観やから難しいしね。いい悪いはお客さんの判断に任せる、それで僕はいいと思う。

いろんな賞を、ずっと同じ人が審査員をするのもアカンと思う。公正な立場であるべきはずが、権威が付いてややこしくなるからなあ。一部のお金持ちのお客さんとブロガーもそう。店はどちらにも何も言えへんからといって、権力を振りかざすのはアカンと思うよ。東京でよくあることやけど、企業の秘書が上司のためか知らんけど、会社の名前であちこちの店押さえていて、一軒決めたらあとは全部キャンセルする。こんな人ばかりやないけど、ほんま困ったもん。「節度も品位」もあったもんやないなあ。

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