村田吉弘さんの「京のひとり言」

第七回:おもてなしの文化

オリンピックを経て、2025年には大阪・関西万博を開催。自ずと世界の目は、日本、そして日本の文化に向くことでしょう。根底に期待されるのは、世界にも広まった「OMOTENASHI」。「そのプロである仲居さんは、もっと評価されるべき」と村田さんは言います。同時に、世間からのイメージも変えていきたいとも。今回もズバッと切り込んでいただきました。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房 Salon de Muge』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

文:西村晶子 / イラスト:得地直美
※「あまから手帖」2018年10月号より転載

世の中、ちょっとヒステリック

よその料理屋さんからも最近よく聞く話やけど、お客様からのクレームが非常に多くなってるね。昔はそんなになかったし、そないに無茶も言われなかった。せいぜい「山椒ちりめん美味しかったけど、ちょっと硬い実があったで。注意しいや。一応言うとくわ」みたいなね。いい店になって欲しいという愛情や信頼があるから、苦言も言うてくれるし、そんなことがあってもお客さんはまた来てくれはった。

ところが、この頃はそういう風にはならなくて、無理難題言いたい放題。歯止めなくバッシングするから、それで店が潰されたり、料理人の人生が変わってしまったりしてる。名店と言われてた店や人気シェフで最近見なくなったって話も結構あるからなあ。ちょっと気の毒。

お客さんのクレームだけでなくて、度を越しているのはマスコミの報道も一緒。新聞は五社が一斉に書き立てるし、週刊誌はこれでもかと言わんばかりに同じネタを繰り返す。ブロガーやツイッターは自分の名前や顔は公表せず、一方的にあることないこと書いてボロクソや。日本人っていつからこんなに人叩きが好きなヒステリーな民族になってしもたんやろか。

うちでも最近、仲居さんのことでクレームがあってね。太ってて息がハアハアしてるやて。何でもかんでもクレーム付けるってどうなんやろな。もうちょっと大らかであってほしいなあ。

歓楽的なムードって何?

料理屋は法律の上では風俗営業の扱い。どこか低く見られているところがあって。仲居さんの募集を大学にお願いした時の対応はひどかった。「料亭は風俗営業ですから、生徒に募集をかけることは難しい」、「親御さんに説明のしようがない」。スゴイ偏見やね。

料理屋を営業するには風俗営業許可が必要やから、風俗やと思い込んではるねん。許可を出している保健所やそれを取り締まる警視庁に京都の料理屋がなぜ風俗営業の扱いになるのかと聞くと、「歓楽的なムードを醸し出しているから」やて。では歓楽的なムードとは何を指すのかと尋ねたら「酌婦が横にはべって御酌する」。そんなサービス、京都の料理屋のどこ探してもあらへんで。

座敷で歌舞音曲をもってお客さんをもてなしたらアカンって言わはるんやったら、人間国宝で井上流家元の井上八千代さんが舞台で舞を披露しはるのはどうなんや? 気になって聞いたら「それはいいですけど、芸者衆は御酌をするからダメ」だそう。そやけど、彼女らかて踊りの名取やし、そもそも横に座らんと前に座りはる。お酌がだめやったらレストランのソムリエかて同じで、風営法の許可をとらんとアカンことになる。

『菊乃井』には袴を着けてサービスする男性もいるけど、これも歓楽的らしいわ。歓楽的とは何であるかの基準もないままに真っ当な商売をしている店を軽んじる。まったく納得いかんことばかりや。

仲居さんはおもてなしのプロ

料理人はミシュランなどの評価で世の中に認められるようになって、社会的地位が向上している。ドクターの資格を取ったり、大学院で勉強してる人もいて、昔の料理人とは随分変わってきた。それに比べて、仲居さんは低く見られがちで、なかなかなり手がいない。『菊乃井』の仲居さんは初任給25万円で、週休2日制の8時間労働。社会保険にも入れるし、結構いいんやけど、このくらいの条件を整えてないと人は集まらへん。

これから日本料理を世界に広げていこうとする時やし、仲居さんの地位向上は何とかしたい問題やね。外国にはソムリエールって女性ソムリエの呼称もちゃんとあって、職業として認められている。それ考えると、仲居という呼び名を変えるべきなんやろうな。

『菊乃井』の仲居さんは、みんな花は活けるし、書は読む、お茶は点てる。なかには英語や中国語をしゃべる人もいてる。教養も気遣いも必要な、本当の意味でのおもてなしのプロ。着物を着て立ったり座ったりのサービスやし、体力面でもレストランよりずっと大変やと思うよ。僕はいつも座敷には“影のように入って影のように出ろ”と言ってて。せやけど、お軸や器のこととか何か尋ねられた時は答えられないとアカン。皆しっかり学んでいるのに、専門職としては扱われない。

世の中のほとんどの人はおもてなしの実態を知りはらへん。お茶の湯の温度や、右から出すか左から出すか、おしぼりの温度はどのくらいが適温か。そういうことがきちんとできはる仲居さんがいるから、なんの遜色もないおもてなしができてるねん。

おもてなしは心やと言われるけど、心は形にしないと多くの人には伝わらへん。ちゃんとした教育をして、人を育てていかんと。日本の文化はどんどん失われてしまうから。

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