村田吉弘さんの「京のひとり言」

第九回:客の有り方、店の有り方

お客に「美味しい」と感じてもらったり、感動してもらうことに日々、研鑽する料理人にとって、その手段はさまざま。ところが、近年話題になる店の食材の使い方やパフォーマンスには、「危うさを感じる」と『菊乃井』村田吉弘さんは言います。評判を上げること、利益を上げること以上に大切にして欲しいこととは。今後活躍していく料理人に対する、村田さんからのメッセージです。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房 Salon de Muge』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

文:西村晶子 / イラスト:得地直美
※「あまから手帖」2018年12月号より転載

高価なら美味しいのか

美味しいもんが食べられるかどうかは、その人次第と思う。お好み焼きにビールでも気の合う人とやったらご馳走になる。そういうことってあるでしょ。感謝していただこうと思う人のところに“美味しい神さん”はやってきはるねんなあ。

質素な食事は質素なりに、豪華な食事は豪華なりに、できるだけいいところを探して、その場を楽しむことが大事。それをああでもない、こうでもないと細かいこと言って重箱の隅(すみ)つつくようなことしたら、その場はしらけるし、料理は台無し。昔、親父に「男のくせに喰いもんのことでグズグズ言うな」て怒られたけど、まあまあというところで治めておくのがええねんなあ。

高額なお金を出したら美味しいもんを食べられるとは限らへんと、僕は思てる。ものの値段とその価値はどこで判断するかによるんやね。パックで売ってる1000円の寿司と銀座の5万円の寿司。値段は50倍やけど、味の差は50倍あるかといえばそうでもないし、そもそも比べるもんやあらへん。商売のスタイルが全然違うし、味覚の物差しは人それぞれやからね。最近は自分の味覚を優れてると思ってる人が多いけど、自分の好みが万人の好みとは限らない。

お金でもないし、味覚でもない。楽しもうと思う気持ちが大事やと思うよ。

世の中バブってる

最近、世の中バブルやなと思う。黙ってても儲かるという意味でなくてね、なんや危うい。食べることへの感覚や、食べ手と料理屋との関係もおかしくなってるね。それってマスコミにも責任がある。新店ばかり追いかけるもんやから、古い店は忘れ去られる一方や。まだまだ若い店やのに、来年、再来年まで予約が取れない、なんてこともある。いつやったか、晩秋に、東京の寿司屋に予約をお願いしたら「来年6月になります」て言われた。アホか! なんで6月まで待たんといかんねん(笑)。

次々予約が入るから受けてるらしいけど、何年も先まで受けて、一体どうしたいんやろね。本当にお客さんのことを考えたら、毎月1日に予約を取るとか、2カ月先までで切るとか、やり方はいろいろあるはず。それを嬉しそうに「再来年まで満席なんです」「待ってでもみんな食べに来るんですよ」て、なんか上から目線。僕は嫌やなあ。

食べ手にも問題はある。特に、高級食材のオンパレードを喜ぶお客さんが増えてるのはどうかと思うわ。アワビにウニのせて、その上にキャビアみたいな料理があるけど、それって本当に美味しいのん? 昔は「このナス、みんずり炊けてて(ぽてっと汁を含ませ炊いた状態)旨いなあ。値千金や」というお客さんがたくさんいはった。それが今はナスだけやとテンションが上がらんから、アワビのせてジュレかけて、となる。トリュフの季節になったら何でもトリュフ。それに拍手が湧くんやから、お客も店もどっちもどっち。なんか馬鹿げてると思う。

料理人よ、志を抱け

若い人が独立して、店を持つことはいいことやけど、6席とか8席で、一人や奥さんと2人でやってるところが多いね。

高い値段とって高額な材料を使(つこ)て、材料費率を50%ぐらいまで上げて、1年、2年先までいっぱいという店もあるけど、利益はさほど上がってないのと違うかな。人を雇わなければ奥さんも働き続けんとあかんし、家庭はどうなる。そんな商売を続けても、せいぜいできることは欲しい器を買うくらい。こうなるともう商売というより趣味。病気でもしたら、そこで店は終わり。それってお客さんに迷惑でしょ。先々まで予約取ってるんやから。

だから、うちを出た子には、ちゃんと人を使て、席数増やして、次のステップを踏めと言ってる。志を高く持って、自己の利益だけでなく世の役に立つことを考えろとね。料理人はある程度の年になったら人を育て、料理界に貢献すべきやと僕は思てる。

『露庵(ろあん) 菊乃井』を始めた時は、僕と丸山君(現『祇園丸山』主人・丸山嘉桜(よしお)氏)の2人やったから大変なんが分かる。やっぱり店をやっていくには、1人、2人では絶対無理。接客かて中途半端になるはずや。店を大きくすることもできないし、収入も増えない。ずっと続けていくのは大変と思うよ。

今の時代、一線であり続けることは難しい。「菊乃井さん、よう頑張りはりますなあ」て言われるけど、僕は川に浮く楓にはならんとこと思ってる。楓はきれいやけど、流されていってしまうでしょ。それよりどんな大水がきても動じない川底にある石でありたい。時代の流れに動じない存在にね。

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事村田吉弘さんの「京のひとり言」

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です