村田吉弘さんの「京のひとり言」

第六回:和菓子は奥深い

京都における菓子は、平安遷都以来、1200年にわたって育まれてきました。鎌倉時代には栄西禅師が日本に茶を持ち帰り、茶に対する菓子「点心」も伝来。やがて茶の湯が発達し、日本的な菓子が発展、元禄期(1688~1704年)には貴族から庶民の生活に普及し始めます。現在、京都では「菓子司」と「饅頭屋」、「餅屋」の菓子がありますが、食べる目的やシーンを間違えていることが多いと村田さんは嘆きます。その違い、そして和菓子の味わい深さ、さらには和菓子を含む、日本の食文化の分かりづらいルールまでお話しいただきます。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

聞き書き:西村晶子 / イラスト:得地直美

主菓子、饅頭、餅は別物

茶寮『無碍(むげ)山房』を始めたら、お陰様でこれがえらい人気やねん(笑)。料亭に比べたら甘味なんてたいしたことないと思ってたけど、僕なりに考えたからね。世の中の甘味屋はんは、美味しいものを作ろうと思うより先に、これはこういうもんやという決めつけがある気がする。かき氷いうたら赤や黄色の蜜かけたらええみたいな。でもそれっておかしいと思う。蜜の赤はいったい何の色やねん?(笑)。

菓子屋や甘味屋がそこら中にできてるけど、京都で菓子屋というたら3種類あって、上菓子を扱う菓子司と、饅頭屋と餅屋に分けられる。例えば、豆大福は餅やから、餅菓子。饅頭は上用に近いおまんのことで、上菓子というのは菓子司が作る季節があって彩りがきれいな生菓子や干菓子のこと。それぞれ目的や食べるシーンが違うねん。それが最近、味噌もくそも一緒になってしまってる。これって京都人が一番嫌うこと。そやし菓子司をやってる後輩に饅頭屋て言うたらえらい怒りよるよ(笑)。

粒餡よりこし餡が上等とされているから、主(おも)菓子はたいていがこし餡。僕は粒餡も美味しいと思うけど、お抹茶を飲むために作られたお菓子なんで、小豆の味がする粒餡より甘いだけのこし餡がええらしいわ。肝心なんは適度な甘さと、季節を表現する色と形。いかにイマジネーションできるかが大事なん。白い上用にピンクがぽっとあったら吉野山の桜を思い浮かべ、水無月が出てきたら夏越(なごし)の祓(はらえ)やなあてね。でもよく見る外郎(ういろう)でできた水無月は餅菓子。菓子司は葛で作ってはって、上菓子になる。そやから茶席にイチゴ大福なんてもってのほか。出てきたら、「何やこれ」てなるね。

日本文化はファジー

和菓子に限らず、日本には理由やルールが分かりにくいところある。分からへんことをよしとするところがあって、特に京都の人は「そんなこと言わんでも分かりますやろ」ってよく言いはる。

例えば、「一献」が酒何㏄かなんて知ってる人はいいひんし、そんなこと普通聞かへん。でもグラスワインは1杯120~150㎖て決まってる。お茶の「一服」の量は分からへんけど、どのくらいかは何となく分かる。「お湯の温度は何℃で、茶葉は何g必要ですか」て聞いても、たぶんお茶の先生も知りはらへん。でもお湯をすくったら、柄杓の合の半分から2/3くらいの量を入れるし、そうすると茶碗の底の全体が隠れて、だいたいこんなもんやなあ、てなる。いただくと結構なお点前で…、どこが結構やねんて思うわなあ(笑)。

これが紅茶やったらお湯の温度、茶葉の量や茶器のサイズはほぼ決まってて、もっと合理的。それに比べて日本のお茶は決まりごとがあるようでない。そのことは料理の世界でも同じで、曖昧やねんな。ひと口大に切って薄塩して、さっと湯がいて…、それってサイズも量も時間もどれくらいなん? てなる。昔はたいてい「見て学べ、見て分かれ」やった。

器のサイズもバラバラで、正しいサイズはと聞かれてもなかなか分かりにくい。床の間に飾る軸の寸法もそう。でも、そこに料理やお酒が入ってたり、軸が掛かって花が飾ってあったりすると、僕らは分かる。ぴったりやとか、何か変やなあとか。どこにもルールは書いてないけど、なんとはなしに分かるんやなあ。

無茶と嗜み

今は「見て分かれ」という時代ではないから、量や寸法といったルールは残さんとあかんと思う。だから、僕ら料理人は『日本料理大全』という本を作ったんや。ルールがあるとおのずといろいろなことは決まるし、日本のものは用の美を大切にしているから、必ずきれいな寸法とそれに見合った美しさや美味しさがある。

主菓子やったら1個45gで、店によっては50g。男だけがお茶をやってた時代からある古い店はちょっと大きいねん。料理でひと口大と言えば3㎝以下で、口の幅が一寸やから縦になっても横になっても入るサイズ。コンニャクもこのサイズに切っておけば年寄りでも食べられるし、刺身は3㎝×2㎝、厚さ1㎝が基本。鯛をおろして一切れにして、半分に折って盛るとちょうどこのサイズになり、この重さがだいたい12~15g。よく噛まないとあかん鯛は12gで、柔らかいマグロやったら15g。これは口中体積におけるベストな量で美味しいと感じる分量なん。実はルールはちゃんとある。

懐石の器もルールはあって、折敷の中に四寸二分の煮物椀と、男性なら四寸、女性は三寸八分の飯椀をそれぞれ置いて、その間に向付がのると完璧なバランスになる。箸は身長1m60~65㎝の日本人にとって一番使いやすいのは一咫(あた)(親指と人差し指を直角に広げ、その両指を結んだ長さ)の1.5倍の長さ。だから、日本人は箸と茶碗は成長に合わせて買い替えていく。そんな民族は世界中探しておらんと思うよ。座敷の寸法も一間が1m93㎝と決まっていて、本床も同じ寸法やからどのくらいの軸をかけたらいいかもおのずと分かってくる。

こういうことを知ることが、“嗜み”なんやなあ。その根底にあるのがお茶で、そのルールを作ったんが利休さん。日本人の美意識に沿った決まりで、これを知らんと推し進めようとしたら“無茶”と言われる。その字の通り、茶が無いねんなあ。和菓子もその要素の一つで、そこには日本文化の根幹がいろいろある。何事も嗜むことは大事と思うよ。

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