「1年養殖=促成」に取り組む漁師の長い一日
真昆布の名産地・南茅部(みなみかやべ)を訪れたのは7月中旬。我々は大量の真昆布が水揚げされているのを目撃しました。とはいえ、それは9割以上が促成と呼ばれる1年養殖もの。11月に種付けし、収穫は7月から約1カ月半の間行われます。そんな繁忙期の最中にある南茅部の臼尻(うすじり)地区で、昆布漁師の川井靖之さん・英親(ひでちか)さん親子に密着取材。促成昆布は、その名の通り早くお手軽にできるのかと思っていたらとんでもなくて…。促成昆布生産者の多忙な1日を追いました。
午前2時前には昆布を水揚げ
南茅部は昆布だらけだった。「危機に瀕している」と聞いてきたけど豊漁ではないか――と思ってしまうほどに。しかし、実はほとんどが促成と呼ばれる1年養殖物だった。
この連載の初回でお伝えした通り、2022年の南茅部地区の6つの浜の生産比率は、天然0.3%、2年養殖1.6%、促成98.1%。
98%を占める促成は、プロの料理人が欲しい天然物には質的に遠く及ばない。2年物と呼ばれる養殖昆布は天然に比較的近いとされているが育ちにくい。そして、天然物は激減している。天然真昆布は東北の一部を除けば道南の海にしか育たないのだから、養殖技術が発達したことだけでも、大阪の真昆布文化にとっては有り難いといえるだろう。
今回、我々は南茅部の臼尻地区で、漁師の川井靖之さん・英親さん親子に密着取材した。
海辺にある川井さんの作業場に到着したのは、午前4時。大量の昆布がトラックの荷台に山盛りに積まれている。すべて促成昆布だ。午前2時前に水揚げしてきたものだという。真っ暗な海をバックに、川井さんの奥さんや娘さん、親戚、ご近所さんなど10人ほどの人々がそれぞれの持ち場で作業中だった。
手前が川井靖之さん。まだ薄暗い深夜、一家は促成昆布の洗浄作業に追われていた。
トラックの荷台に一人が上って、昆布を下ろす。そこから一枚ずつ洗浄機へ送り込むのは女性。役割分担が決まっていて作業は粛々と進む。
「天然は洗わなくていいんだけどね」と、息子の英親さん。「ほら、これがコケムシ」と示されたのは、昆布の表面に白く斑(まだら)模様になった部分。体長1㎜にも満たない虫の群体が苔(コケ)のように見えるからこの名で呼ばれるらしい。
海底に生える天然物にはあまり付着しないというが、海面のロープから生える養殖昆布には、コケムシや微小な帆立貝の稚貝などがかなり付いている。
グルグル回るブラシが付いた洗浄機は、小型の洗車機を横に倒したような形状。これを通すときれいに取れ、さらにザブザブと水洗いすると昆布はピカピカになる。
トラックの荷台に積まれた促成昆布を、一枚ずつ洗浄機へ。
促成昆布の表面には、帆立貝の殻やコケムシなどが付着している。これを一枚ずつ洗浄機に通して洗い落とす。
干して乾かすのも、漁師の仕事
洗ってツヤツヤピカピカになった昆布は、3~6mのを2mほどの長さに切り揃えて、何故か一つずつ洗濯バサミを付けている。英親さんが20枚分をガバッと抱えて、干し場へと走っていく。
干し場には角材が組まれていて、等間隔に打った釘に洗濯バサミを引っ掛けている。なるほど、吊り下げるための洗濯バサミだったのか。そして、昆布が下につかない長さが2mらしい。
干したらまた作業場へ取って返し、20枚分を小脇に抱えて干し場へ。一体、この往復走は1日何度になるのか…。36歳と組合員の中では格段に若い英親さんだが、ほんの数mとはいえなかなかキツイはず。「まぁ、昔の天日干しに比べたらマシじゃないかな」。
息子の英親さんが、大胆に促成昆布を引きずって乾燥場へと運ぶ。1回に運ぶ総重量は10㎏!
近頃は、ほぼ機械乾燥だ。短時間で高温乾燥させてしまってはダメだが、適切な温度なら天日干しと遜色ない美しい飴色に干し上げられるらしい。
山がすぐ海の傍まで迫る南茅部の環境では、干し場を確保するのもなかなか難しいし、天日で干すのは、途中でひっくり返したり、雨が降り出したら取り込んだりと大変な重労働。高齢化が進む現状では簡単ではない。燃料も高騰している時節柄、天日干しと機械乾燥のハイブリッドのような方法が主流になっている。
我々が多く目にした“昆布の暖簾”は、「水切り」の状態。水分を切って少し乾燥させ、その後に乾燥室に入れて機械乾燥をかけるわけだ。
川井さんもハイブリット方式で、水切りした後に乾燥室へ。「温風で60℃。13時頃まで干します」。
午前5時の鐘が鳴り響き、海に朝日が射し染める。美しい光景を顧みることもなく、人々は影絵のように作業を続ける。
乾燥部屋に配された角材の釘に洗濯バサミを引っかけて、昆布を吊るしていく。その後、角材を固定している鉄柱を上げ、2mの昆布の下が地面に付かないようにして干す。
深夜2時30分頃に干した促成昆布は、朝6時頃この状態に。60℃に設定された部屋で13時頃まで、約半日かけて温風乾燥させる。
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