昆布はどうなる?

天然の真昆布が危機に瀕(ひん)している

昆布は、和食に欠かすことの出来ない唯一無二の食材。底味を決める、その“うま味”の代用品となる食材は、一つもないと言われます。その中でも特に、天然の真昆布が危機的状況にあることをご存知でしょうか。「このままでは天然真昆布がなくなってしまう―!」と、危機感を持って、産地に働きかけ、消費者に現状を訴える活動を続けているのが、大阪の『こんぶ土居』の四代目・土居純一さんです。第1回は、土居さんに昆布への想いや現状を伺います。

文:団田芳子 / 撮影:東谷幸一

目次


天然真昆布の不漁は2015年に始まった

「天然真昆布は10年前まではまったく問題なかったんです。2014年が最後の豊作の年で、徐々にというより急激にダメになりました」。

衝撃の事実を話すのは、『こんぶ土居』四代目・土居純一さん。
「単年の不作年はこれまでもよくあったんですが…。ここまで来たら過去の状況とは違う。主産地の南茅部(みなみかやべ)で700トンあった収量が一桁ですよ」。

『こんぶ土居』で扱うのは真昆布のみだ。
「他の産地がダメというわけではなく、大阪の昆布屋として、歴史上の繋がりがあるからです」と土居さん。

江戸時代から明治にかけて、北前船によって北海道からはるばると運ばれてきた昆布は、“天下の台所”大阪に集積し、加工され、塩昆布やとろろ昆布、そして世界に誇る和食の基礎となる昆布だしを生み出した。

大阪では長らく真昆布が好まれてきた。
真昆布は、蝦夷(えぞ)地を治めていた松前藩が、朝廷や将軍家に上納する献上昆布だった。

「当時から大阪人が食に対して貪欲だったのと、日本一の経済力があったから、日本中から美味しいものを集めたんでしょうね。北海道から真昆布、鹿児島から本枯れカツオ節を運んできて、だしの文化を作った、と言うのも凄いことです」。

そんな伝統ある大阪の食文化を守り育て、次代に伝えることが『こんぶ土居』の使命。だからこそ、真昆布にこだわり続けているわけだ。その真昆布が、ほぼ収穫できていないという背景には、一体何があるのだろうか。

「不作の理由は、大きくは環境問題です。それに長・短期的な人災もあると僕は見ています。ただこれは、道南の天然真昆布に限ったことです。天然昆布が採れている地域もありますし、道南でも養殖真昆布の生産は比較的安定してます。ただ、だしの味わいの深みは、天然と養殖、真昆布かそうでないかで、大きく異なります」。

_67A8951_67A8956土居さんが手にする天然真昆布は、平成28(2016)年のもの。今年売っている27年の真昆布は、もう在庫がないのだそう。

真昆布が最上と言われるワケ

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「日本唯一の昆布の業界団体『日本昆布協会』の所在地は大阪です」と土居さん。その協会が発行する業界向け冊子「昆布手帳」に真昆布は、下記のように紹介されている。

●真昆布[白口浜(しろくちはま)天然元揃]
表皮は褐色で切口は白い。
だし汁の清澄さ、味わいの上品さから、最高級の昆布といわれている。

「“最”高級の文字は、真昆布にだけ付けられています。うま味成分のグルタミン酸量は、羅臼昆布に次ぐ含有量を誇り、さらに羅臼昆布はだし汁が濁りがちですが、真昆布は透き通った美しいだしになるのが特長ですね」。

昆布は品種や採取場所によって品質に大きく違いがあり、それにともなって用途も変わる。

「真昆布と共に、だし昆布として利用されるのは羅臼昆布、利尻昆布。日高(三石)昆布、長昆布などは煮物に適していますね」。
そして、同じ真昆布でも採取地によって、意外なほど品質差があるという。

「真昆布の中でも、道南3銘柄と呼ばれて、高級品と認知されてきたエリアがあります。白口浜、黒口浜(くろくちはま)、本場折浜です。さらに白口浜の中でも川汲(かっくみ)浜や尾札部(おさつべ)浜で採れた昆布が最高級品とされ、昔から献上昆布に指定されていたのです」。

「隣同士の浜でも、見た目も味も全然違うんですよ」。
白口浜の種を黒口で育てたら黒口浜の昆布のようになるのだというから、不思議だ。

_67A8924『こんぶ土居』の貯蔵庫にある天然真昆布。川汲、尾札部に加え、臼尻(うすじり)も主となる産地だ。

促成養殖は盛んではあるが…

日本で養殖技術が確立されたのは昭和40年代。以降、各浜で、天然物、養殖物が生産されている。養殖昆布には、天然昆布と同様に2年かけて育てる「二年養殖」と、1年で出荷する「促成(一年養殖)」がある。

今、真昆布として、一般に市販されているのは、ほとんどが促成(一年養殖)真昆布だ。
「養殖が悪いということでは決してありません。だけど、天然昆布と明確に品質は違いますね。二年養殖であれば、天然昆布と比較的近いと言えるかと思います」。

そして、“献上昆布”を産する旧南茅部町域の真昆布の2022年の生産量比の予想は…
天然昆布 0.3%
二年養殖昆布 1.6%
促成(一年養殖昆布) 98.1%

「『こんぶ土居』の店頭で、だし昆布として販売している真昆布製品は、天然物と二年養殖ですが、もはや二年養殖でも希少品ですね」。

_67A8930いずれも真昆布で、左から、促成(一年養殖)、二年養殖、天然。

『こんぶ土居』の取り組み

『こんぶ土居』では、純一さんのお父さん・成吉(しげよし)さんの時代から、生産地との交流を始め、30年に渡って昆布漁師との信頼関係を構築してきた。

「実は、昆布は共販制度という流通形態があり、業者の産地訪問はタブー視されていました。それを押して、父は単独で白口浜の川汲漁協を訪問したんです」。

その後、同地区の小学校でスタートした食育活動は現在も継続中だ。さらに、純一さんが、生産現場をより理解したいと昆布漁のお手伝いを始めた。15年前からは、同地区の高校生が修学旅行中に、『こんぶ土居』を訪問することが恒例化している。その中には、小学校時代、成吉さんの食育を受けた生徒さんもいるという。

「うちの主力商品・白口浜天然真昆布は、昆布生産者による自由な流通が認められていませんので、買い付けに行くわけではありません。父の時代、産地への訪問は品質向上のためでした。僕の代になってからは、まったく状況が変わって危機的状況の天然真昆布を救うことがテーマです。最初は本当に暗中模索で、報道でも取り上げられることもなく孤軍奮闘でしたが、少しずつ賛同・応援してくださる仲間も増え、まんざら暗い気持ちではないんです。前に進んでいる気はしています」。

「まぁ、昆布屋は完全な斜陽業界ですけどね」と、自嘲気味に笑う土居さんだが、一人一人の生産者と消費者の心をノックするのは、本当に大変なことだろう。
料理人なら、その腕の中に何十人、何百人の消費者を抱えているのだ。一人の料理人が昆布の現状を知れば、多くの消費者に伝えることができるはずだ。

一方、稀少な昆布だから、だしがらを積極的に活用することも大切だと、土居さんは、今年、『捨てないレシピ だしがらから考える食の未来』(ぴあ株式会社)と題した本を執筆、出版した。

「将来的な食糧危機に備えることにも繋がり、フードロス削減という観点からも有効と考えたんですが、それだけじゃないんです。昆布や煮干しの栄養素の約9割はだしがらに残っているんですよ!」。

文部科学省が提供する「食品成分データベース」を参照したところ、昆布に含まれるカルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛など、軟水地域に住む日本人に不足しがちなミネラル分が、だしにはほぼ含まれず、だしがらに90%以上が残っているという事実を知り驚いたという。

本書には、だしをとったあとの昆布を再び「干す」という驚きの保存方法や、だしがら活用レシピもさまざま紹介されている。

今あるものを大切にして味わい尽くす。そんな心がけをするだけでも、昆布の未来は変わるのではないだろうか。

kon001e土居純一さんは、1974年生まれ。20代の頃はバックパッカーとして世界各国を巡った。なかでもイタリアで1年間暮らした経験から、日本独自の食文化を意識し始め、大阪の伝統文化・昆布の魅力や大切さを再認識し、28歳で家業を継承。HPにリンクのある「こんぶ土居店主のブログ」では、熱い昆布愛が炸裂。食周りのみならず、広い人脈や見識から綴られる文章は一読の価値あり。

kon0001g『こんぶ土居』は、1903年創業の老舗昆布店。空堀商店街に店を構え、真昆布を中心に扱う。店内には、だし昆布、とろろ昆布やだしがらを利用したふりかけ、昆布茶など昆布製品が並ぶ。原材料はすべて国産で、食品添加物不使用。商品表示にその矜持が表れている。漫画『美味しんぼ』に何度も登場していることでも知られる。2022年7月、本店のすぐ近くに「大阪昆布ミュージアム」を開設。「だし」文化の継承に尽力している。

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