北鎌倉『心与(みよ)』7月の献立の立て方【前編】コース設計の思考
今年の6月、北鎌倉の古民家に『心与』をオープンしたユーゴ・ペレ=ガリックスさんは、フランス人ながら日本料理の精神性に深く共鳴する料理人。海と山に囲まれ食材が豊富、禅の文化も根付くこの土地と一体になりながら、『菊乃井』や『エスキス』で習得した料理観や技術をベースに懐石料理を追求します。そんなユーゴさんの献立に関する考え方をお聞きしました。
ユーゴ・ペレ=ガリックスさん:1990年フランス中部・ドローヌ地方生まれ。ティエリー・マルクス氏のもとなどでキャリアを積み、2015年来日。京都『菊乃井 本店』での2年間を経て、2017年に東京・銀座のフランス料理店『エスキス』へ。料理長を勤めた後、2024年開業の西麻布『氣分』で料理長を務め、翌年ミシュラン1つ星を獲得。2026年6月、妻で女将の古本ゆきね氏と、神奈川・北鎌倉に『心与(みよ)』を開業。鎌倉の風土を表現する懐石料理に取り組む。
あえて決めきらない
『菊乃井 本店』で伝統的な日本料理の技術と精神を学び、フランス料理店『エスキス』では素材の尊重と独創性を両立する手法を身につけたユーゴ・ペレ=ガリックスさん。自らがシェフを務めた『氣分』では2店での経験が融合したコースを提示してきたが、今年6月に開業した『心与』では日本料理に振り切る。
「『氣分』での2年間で、料理はかなり変化しました」とユーゴさん。例えば初期のコースでは、現在も提供する棒鮨、繊細な庖丁を施したイカの刺身といった日本料理らしい品を組み込みつつ、「椀もの」にあたる料理では野菜ピュレでポタージュ状の濃度をつけ塩味もやや強めにするなど、「一口目ではっきりとおいしい」フランス料理の味付けを志向。焼きたてのパンをコースの後半で提供し、「肉+ソース+付け合わせ」というフランス料理の骨格の皿を合わせたりしていた。
それが徐々に、味は薄味となり、パンやフランス料理様の皿も省略することが増えたという。「やはり、自分は日本料理が好き。目指したいのはこちらだとわかってきたのです」。そんな流れの延長線上で、『心与』でははっきりと日本料理を掲げることとした。
店は、昭和初期に建築された和風住宅で、鎌倉市の文化財に指定されている「去来庵」に入る。
「今の献立は、日本料理の懐石に沿うものです。先付け、棒鮨、和えもの、お造り、お椀、揚げ物、酢の物、場合によっては炊き合せ、ご飯、デザートの9〜10品が基本。特に大切にしているのが、その日の世界観へお客様を誘う一品目の料理と、料理人の技術や考え方が最も表れると私が考えるお椀です。一品目とお椀を軸に、コース全体の強弱、余韻を組み立てます」。
献立は月に一度考案するが、あえて決めきらないようにしている。「自分の中でいちばん大切にしているのは、生産者の方々の思いや、海と山に囲まれた鎌倉の土地の個性を表現すること。料理人として、生産者の方々とお客様をつなぐ存在でありたいと思っています」。
“つなぐ存在”に徹するには、日々届く素材を手にした時の感覚を優先するのが大事。それゆえ、献立の骨組みは決めても変更の余地は残す。
例えば野菜に関しては、この地に来て始めた自らの畑で栽培するもののほか、鎌倉で有機無農薬栽培に取り組む『渡辺農園』から届くものと、「レンバイ」の名で親しまれている『鎌倉市農協連即売所』に毎日通って購入するものを使う。特に自然に寄り添う農法の『渡辺農園』の野菜は、どの日もそれぞれに生き生きとした味わいだが、性質は必ずしも均一ではない。
「それが『渡辺農園』さんの野菜の魅力。素晴らしいキャベツが届き、月曜と木曜で違うよさがあれば、献立への生かし方も変える、という具合です」。
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