人気店の献立の立て方

東京『江戸前 芝浜』8月の献立の立て方【前編】コース設計の思考

『江戸前料理』を掲げて開業してから10年が経つ海原 大(かいばら ひろし)さん。江戸時代の料理書を読み込み、温故知新の精神で料理に取り組みます。ベースにしているのは、主に庶民の料理。ゆえに仕立てはシンプルですが、素材と調味料を丁寧に分析し、調理のブラッシュアップを重ねた品は、いずれも独特の洗練を備えています。毎月の献立では、江戸の素材と手法に加え、その季節に心身が本当に欲する料理とは何かを意識するのが海原さんのモットーです。


海原 大さん:1979年東京都生まれ。イタリア料理店でのアルバイトで料理の面白さを知り、この道に入る。神奈川・葉山『日影茶屋』、東京・白金『心米』、同・代官山『米花』などで働く中で徐々に江戸料理への関心を強め、書物での独学や研究会への参加で学びを深める。2016年、同・芝に『太華』を開業。2021年、近所に移転し、店名も新たに『江戸前 芝浜』を掲げる。

文:柴田 泉 / 撮影:天方晴子

目次


江戸の料理は「旬」と「滋味」

江戸時代の料理に基づく品々を考え、コースを組み立てる海原さん。江戸時代は実は、日本料理の歴史の中でも、特に「味を重視」する料理の存在感が増した時代だった。本膳料理の儀式性や、茶懐石の高度な美意識よりも、味と旬。特に江戸では庶民文化が成熟することで料理店が増え、工夫を凝らした「味がよく洒落のある」料理を多くの人が楽しむようになった。

「江戸時代初期の料理書には、料理で大切なことは『食べやすく』『順序よく』『バランスよく』『塩加減よく』『めずらしくても、味よく』『気候に合う』ということが書かれています。これは現代にも通じることです」と海原さん。献立作りの基本に据えている。

その中でも今は、気候を強く意識する。「とりわけ夏は、何をおいしいと感じるかは気温と湿度次第。一番重視しているといってもいいくらいです」。

そして何をおいしいと感じるかは、江戸時代の料理書に多くのヒントがあるという。具体的には、「薬膳の考えでは自然かもしれませんが、体を温める、または冷やす効果のある食材を意識的に使っています」。例えば夏は、ナスやトウガンがおいしいく、かつ涼性だ。また、温性・涼性に関わらず、旬の素材を食べると体が快適になることが多い。走り、盛り、名残りで状態を変える季節の素材を楽しみ尽くす。

旬の素材の使い方については、「献立の中で『素材が被らないように』ではなく、この時期に身体が求める素材を、いかに変化をつけて取り入れるか考えます」と海原さん。8月の献立(後編にて紹介)でも涼性の素材であるトウガンはすりおろしと煮物で、旬のコチは煮凝りと洗いという具合に複数回登場するが、異なる魅力が引き出されている。かつ、いずれも江戸時代の料理がベースである点もおもしろい。

もう一つ意識しているのが「滋味」。夏の素材を使って五臓六腑にしみわたるような味わいを作れば、それは最も夏の疲れを癒す品になるはず。

特に献立の一品目は「滋味」そのものともいえる品を持ってくる。8月であれば、コチのアラからとっただしを、ごくゆるく固めた「コチの煮凝り」と、そのだしで炊いたトウガンを冷やして合わせた小さな品。一口で夏の疲れが癒され、元気が回復する。

kon2608a_5644店内には、江戸時代の「料理番付」を掛けている。当時も庶民の間で食が娯楽になっていたことを伝える。

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