名宿に郷土の幸あり

金山寺味噌に欠かせなかった、和歌山の伝統野菜・湯浅(ゆあさ)なす復活

ミカンの産地として知られる和歌山県は有田の隠れ宿『栖原(すはら)温泉』。明治25年創業のこの宿は、「天然のクエを食べるならここ」と知る人ぞ知る存在です。そんな宿で、夏に好評を博しているのが、地元の伝統野菜・湯浅なすを使った料理。このナスは、かつて金山寺味噌の材料として欠かせなかったのですが、一時、作りやすい千両なすに取って代わられ、絶滅の危機に瀕していました。そんな中、「固有種を守ろう」と地元の有志が立ち上がります。その立役者でもあり、湯浅なすを作る農園主のもとへ、『栖原温泉』五代目・千川久喜(ちかわひさき)さんと訪ねました。さて、湯浅なすの魅力とは?

文:団田芳子 / 撮影:北尾篤司

昔のままの金山寺味噌を作りたい!

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南国らしい強い日差しの中、まん丸なナスがツヤツヤと光り輝いている。なんて愛らしい。
和歌山・有田で創業130年を数える隠れ湯『栖原(すはら)温泉』の地産の料理」でご紹介した湯浅なすは、採れたては特に輝きが違う。

「生で齧るとリンゴみたいよ」と『三ツ橋農園』の五代目・三ツ橋忠男さん。言われるまま齧ってみると、おお、緻密な果肉の食感がちょっとリンゴっぽく、ほのかな甘みがリンゴや柿を思わせる。

「元々、和歌山の名産・金山寺味噌に使われていたのは、この丸いナスだったんですよね」という千川さんの言葉に、三ツ橋さんが、うんうんと頷く。

「通常、金山寺味噌にはウリ、ナス、ショウガ、シソを入れるんですが、千両なすやと溶けて形がなくなる。この湯浅なすならウリに負けない存在感が残るんです」と三ツ橋さん。
今でも、この辺りの家庭でも作られていると聞いてビックリ。
「金山寺味噌用の麹が売られてるから、野菜と一緒に仕込むんです。昔は米、麹菌、麦、大豆から自分で麹を作っていましたけどね。僕らは子どものころ、おかゆのおかずはいつも金山寺味噌やったわ」と三ツ橋さんは思い出を話してくれた。

mei8159c湯浅町山田に五代続く『三ツ橋農園』農園主。温州みかんのほか、春の柑橘(デコポン、はるみなど)、米、スイカやキュウリなどを栽培。平成23年、湯浅町・湯浅町商工会・イオンリテール(株)などと共に「和歌山湯浅なす推進研究家“蒸しっこクラブ”」を設立。生産部会代表を務める。「亡くなった母が、『天王寺蕪と湯浅なすの味の良さ 湯浅醤油をかけて御ろうじ』とよく言ってました。世界に誇れる美味しいものを食べて欲しい、という想いだったと思います」と三ツ橋さん。「帽子もナス色にしときました」とお茶目な一面も。

夏に旬を迎えるナス。身体を冷やす効果があるとされ、夏には欠かせない野菜だ。その品種は、世界中に1000種あるとも言われ、日本でも全国で様々なナスが栽培されている。

湯浅なすは、古くから金山寺味噌を作るために湯浅で栽培されてきた固有種。まん丸で、大きいものは直径10㎝、重さは400gにもなるそう。

江戸時代から栽培されていたが、金山寺味噌を生産する業者の減少や、より栽培しやすい千両なすに取って代わられ、平成21年には、湯浅なす農家は1~2軒にまで激減、絶滅の危機にさらされていたとか。

「湯浅醤油の醸造元の一つ、『丸新本家』の社長さん、そのころは専務さんやったかな。その人が湯浅駅前の八百屋で湯浅なすを見つけてね」。絶滅寸前だということを知り、ふるさとで育まれてきた伝統野菜を残さねば! とプロジェクトを発足。「僕にも声が掛ったんです。昔のままの金山寺味噌が作りたい。力を貸してと言われてね」と、三ツ橋さん。

『丸新本家』の社長とは、それ以前にも一緒に行っていた活動があったという。
ここは醤油発祥の地とされる湯浅。その歴史や伝統を子どもたちにも伝えたいと、「地元の農業士が大豆を植えて育てて、それで子どもたちに1年がかりで醤油を仕込む体験をしてもらっていたの。麹は『丸新』さんが提供し、醤油造りを教えてくれた。そんな活動を10年くらい一緒にしていた仲間からの話やったから、これは協力したいなと」。

かくして、三ツ橋さんは、地元に一軒ある種苗屋から苗をもらって試作するところから取り組んだ。

手をかけ、ツヤツヤに輝かせる

三ツ橋さんのナス畑は200㎡に70本が植えられ、丸々としたナスが枝をたわませている。

「見た目より重いよ」と一つ手にのせてもらう。確かにずっしりと重みがある。

この重みで木が倒れたり、枝が折れてしまうという。「最初は支柱を立てたりしたけど、日当たりの邪魔になるし、擦り傷に弱いので」吊るすことにした。「葉が触るだけで傷がついてしまうんです」。その上、風に弱い。「強い台風が来たら枝が折れて、2週間は収穫できないし、手入れしないとツヤツヤきれいなのはできない。ミカンより手がかかるわ」。そう言いながら、三ツ橋さんがナスを見る目は優しい。「水もたくさん、陽もたくさん当てて、苦労せんとスクスク育ったのが美味しいわ」。

mei8049d畝(うね)幅は広めで2m。間隔は1m50㎝。4本仕立てで上から吊る。マルチシートを敷いているのは、雑草を生やさず、害獣を防ぎ、太陽光を反射させて湯浅なすの色づきを良くするため。下にはパイプを通し、近くの川から水を引いている。

今、湯浅なすを作る農家は8軒になり、それぞれ50本から70本ほどを作っている。
三ツ橋さんは5月に20㎝ほどの高さの苗を定植する。7月の始めから10月いっぱいまでが収穫期。「だんだん割れてきたり、種も目立つようになるので、そうしたらその年は終わりですわ」。
もっとニーズが増えれば、ハウス栽培にしてもいいと言う。「冬に作ったら鍋ものに入れられる。少々炊いても煮崩れせんから、いいんやないかな」。

それを聞いた千川さんは、「豚肉に合いそう」と、レシピを頭の中で組み立て始めた様子。

心意気だけでは続かない

mei8133e「ヘタの下のグリーンのとこが昨夜大きくなった部分。明日にはここは紫色になるよ」と三ツ橋さん。

花が咲いてから2週間で収穫できる大きさに育つという湯浅なす。「千両なすはもっと早いし、収量が違うからね」と三ツ橋さん。「そりゃ農家は作りやすくてたくさん採れる、効率のいい方へ流される。それでも、ふるさとの伝統的な作物は残したい。そのジレンマの中で頑張ってるんです」。それから「今は、金山寺味噌用に、少々傷のあるものも全部買い取ってもらえるので、何とかやれてます。でも、若い農家さんに参加してもらうためには経済的に合わないと。単価が上がらないとね」と続けた。

意気に感じて、伝統野菜を復活させようとの想いだけでは続かない。
「千川さんには、湯浅なすを可愛がってもらっててウレシイわ」と三ツ橋さんが言えば、千川さんも、「僕も、地元の伝統野菜を復活させてもらえてありがたいです」と笑顔。

千川さんは、10年前、三ツ橋さんたちが作成した湯浅なす復活のチラシを見て衝撃を受けたという。「湯浅に伝統野菜があったんや! ここにしかないナス、絶対に使いたいと思いました」と当時を振り返る。

「昨年やったか、一度、千川さんの料理を食べさせてもらってね。このまん丸のナスを容器にした茶碗蒸しに感激した。美味しいし、面白いアイデアやわ」と三ツ橋さん。

mei8093f千川さんが10年前に目を留めたチラシ。

湯浅なすは賀茂なすの先祖?

湯浅なすは、皮が硬く、実が詰まっているのが特徴だ。
「隣の泉州水なすは水分が多いでしょ、真逆やね。奈良の大和丸なすとも全く違うし。賀茂なすより硬くて、身がしっかりしてる」。そして三ツ橋さん、ちょっと秘密めかして「実はね、賀茂なすの先祖かもしれんのよ」。

江戸時代に紀州から京都御所に献上されていたナスが賀茂なすの先祖——というのは、いろんな資料に書いてある。紀州から持って行ったのはこの湯浅なすやないか、いや江戸時代には和歌山のナスはこれしかなかったはずや——と三ツ橋さんは考えているらしい。

湯浅なすは京都でちょっと面長になって賀茂なすと呼ばれるようになった…のかも。DNA検査などすれば分かるかもしれないけど、真偽のほどはさておき、そんな時空を超えた物語を添えれば、食べ手はロマンを感じてくれるかもしれない。

「ともあれ、形が可愛いのでそれを生かした料理をしてもらえたらウレシイな」と三ツ橋さん。
ご本人は、「割れたものはオリーブ油で焼いて、素麺つゆをかけて食べる」ことが多いのだそう。「トラ剥き(縞目に剥く)にして湯がいて、冷やして酢味噌で食べてもいい。火を通すと柔らかくトロっとするからね」。

mei8068_8089g畑は、ミカン山のふもとにある。あちこちに柑橘の木があり、取材時の8月下旬は緑色の実が生(な)っていた。

mei8077_8113hナスの葉と花。千川さんは、宿で吸水させ、料理のあしらいとして使っていた。

mei8032i出荷は7月中旬ごろから。購入希望の場合は、『古由(ふるよし)青果』へお問い合わせを。価格は、時季によって異なる。
『古由青果』☏0737-64-1777
http://furuyoshi.com/

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