名宿に郷土の幸あり

京都・宮津『amano₋hashidate 幽斎』の“京新感和食”を彩る丹後の食材~丹後とり貝・ジビエ・卵~

2022.07.15
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連載:名宿に郷土の幸あり

丹後半島、天橋立のほど近く。阿蘇の海の目の前に2010年にオープンした和のオーベルジュ『amano-hashidate 幽斎』。亭主の岸和田安弘さんは、「宮津・丹後を感じてもらうことこそが最大のもてなし」と、地元産、それも顔の見える生産者の食材のみで日々コースを仕立てています。そんな『幽斎』の初夏のメイン食材・丹後とり貝を始め、ジビエ、朝食の目玉となる卵の生産地・作り手を訪ねました。

文:団田芳子 / 撮影:東谷幸一

「丹後とり貝」は限りなく天然に近い“育成” 

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京都・宮津『amano₋hashidate 幽斎』の丹後食材だけで仕立てる“京新感和食”」でご紹介したトリ貝のフルコース。亭主の岸和田安弘さんは、宮津産にこだわって仕入れるが、舞鶴、久美浜、粟田など丹後の海で育成されるトリ貝は、「丹後とり貝」の名で全国的に定着している。今回は、その70%を生産する現場、舞鶴を訪ねた。

丹後の海は、大型の天然トリ貝が漁獲される有数の漁場として知られる。トリ貝は北海道を除く日本各地の湾に分布するも、高水温に弱く、多くの地域で夏を迎える前に水揚げされるが、丹後では夏を越え2年近く生育するため大型に成長するものが多いそう。

とはいえ、天然物は水温や環境の変化によって漁獲量が大きく変動する。そこで丹後地域では全国に先駆けて20年以上前から生産者、漁業関係団体、研究機関、行政が連携して、安定供給できるよう養殖技術開発に取り組んできた。

その成果が結実し、2008年に水産物として初めて「京のブランド産品」の認定を受けた「丹後とり貝」は、大型で肉厚、味も濃厚と高い評価を得ている。「大型になるほど味も濃厚になるんです!」と胸を張るのは、「京都府漁業協同組合」舞鶴支所の尾花匡俊(まさとし)さん。

舞鶴湾は、トリ貝養殖の発祥の地とされる。養殖といえば、人工的にエサを与えて育てるイメージで、天然とは似て非なる物と思われがちだが、「丹後とり貝」は天然物と同じ環境で、同じ植物プランクトンを食べて育つ。
「水温、エサ、酸素量などがトリ貝に最適な場所に筏(いかだ)を組み、海の中層で育てるので、むしろ天然が育つ海底より潮通しが良く、エサも豊富。天然より優れた品質を目指すこともできます。養殖じゃなく、限りなく天然に近い“育成”です」と尾花さん。

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トリ貝の筏は舞鶴湾に6カ所ある。静かな湾内に浮かぶ小山の近くにあるのは、山から栄養豊富な水が流れ出ることにより植物性のプランクトンがたくさん発生し、トリ貝のよいエサになるからだそう。

手間の数ほど“年輪”ができる

小船を出していただき、静かな湾内へ。筏に船を寄せ、海中からコンテナをそっと引き上げる。その中には大きなトリ貝が10個ほど入っていた。

「少し育つと別のコンテナに移し、どんどん数を減らしていきます。この飼育密度の調整と、コンテナの掃除をこまめにすることが大切。トリ貝は繊細なので、刺激を与えないように優しく扱わなければならないんですよ」。
心を込めた世話がトリ貝を大きく美味しく育てるというワケだ。

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コンテナには石炭を加工した“無煙炭”という特殊な砂が敷き詰められている。水深6mほどの海中に吊るすのが丹後とり貝の育成方法。

丹後とり貝の出荷は例年5~6月が中心。7月になると暑さにやられてしまうものも出てくる。「そうなると今年の出荷は終わりです」と尾花さん。シャキシャキと歯切れ良く、クリーミーな旨みがあふれ出す丹後とり貝は、来年5月にまたお目見えするはずだ。

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左/最初の稚貝は小指の爪ほどの小ささ(桜色に見える部分)だったとか。右/野球ボール大に育ったトリ貝。貝殻に年輪のように黒い線がたくさん入っているのは、きちんと世話をされた証しだそう。

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丹後とり貝は、宮津や久美浜などで育成されたものも舞鶴漁港に集められ、小から特大、特選まで6段階に選別される。サイズ毎に価格を決め、出荷される。

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丹後とり貝の出荷は、今期は終了。来期は例年5月から。実入り検査し、一定以上の大きさに達したら販売が開始される。
問合せ:「舞鶴水産流通協同組合」☎0773₋75₋3275 https://www.maisui.jp/

ドングリを食べて育つ良質なジビエ

丹後半島東南部に位置する上世屋(かみせや)村。遠くに海を望む山間の集落には、伝統的な造りの民家が点在し、周囲には棚田が広がり、のどかで美しい景観を作っている。とはいえ、冬は積雪2mに及ぶ豪雪地帯。となれば過疎化が心配されるが。
「今、この集落に暮らすのは11世帯23人で、2/3が30代の若い世代。僕ら含めて移住組ですけど」と笑うのは小山愛生(ひでき)さん。

「稲刈りをしていて紐が足りなくなったら、その辺の草やツタでパッと束ねる。水を飲むコップがなければ葉っぱを丸めてコップにする」。そんな村の人の逞しさに憧れて、そんな風に生きたいと移住してくる人が多いらしい。

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移住組は、農作の他、和紙や藤織り、クラフトビール造りなどでぞれぞれ生計を立てている。小山さんも『チャントセヤファーム』で無農薬米を育てながら、猟師でもあり、ジビエ専門の精肉店も営んでいる。

「ここは良い猟場で、姫路や兵庫の猟師が泊まり込みでやって来る」と小山さん。
周囲の山はブナ林。「雪が多く、雪の重みで杉が曲がってしまうので、植林に向かないんです。そのためブナ系の木が多く、ドングリなど木の実が豊富。鹿も猪も木の実を食べて育つと美味しいんですよ。春は新芽、夏の草葉と、冬以外はエサがたくさんあるので、1~2歳でも大きく育ちます」。

『幽斎』で提供された鹿肉も小山さんの手になるものだ。
宮津の『茶六別館』など地元の有名料理宿が小山さんの鹿肉や猪肉を仕入れているほか、京阪神のレストランもお得意様だ。プロたちが信頼を寄せるには理由がある。
「作業が味に直結してるのが僕の強みだと思います。ジビエは放血作業が肉質を左右するので、他の猟師には捕れたらすぐに連絡をくださいと伝えています。放血、解体などのやり方を試行錯誤する中で、相当数の鹿と猪を食べ、こう処理すると美味しくなるということを体で覚えたので」。

この日は、『幽斎』の岸和田さんと共に、窓越しに鹿肉の解体を見学。全身真っ白な作業服の小山さんが、冷蔵庫に吊り下げられていた鹿の右半身を横たえて、大型のメスで骨を外していく。背骨を外し、関節を1つ1つ丁寧に取る。やがてロース肉が現れた。
「これまで衛生面がジビエ業界の問題点となってきました。ここは小さい処理施設ですが、衛生面ではトップクラスだと思っています」と、小山さんは自負する。

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猟期は11月15日から3月15日だが、こちらは有害駆除の目的でワナに掛かったメス鹿。一本ずつあばらを外していく。解体というより手術しているような、丁寧で細やかな作業だ。

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54㎏の鹿1頭から、ヒレ肉は左右各200gほど、ロース肉は1㎏程度。「夏の鹿は脂がのっていて美味しいですよ」と小山さん。

『幽斎』の岸和田さんは、子どもの頃から、味噌炊きにするなど地元のジビエに親しんできたが、「衛生面が気になって」宿では積極的に使えずにいたと言う。そんな中、小山さんのジビエの存在を知る。「彼が手掛けたものなら安心できる」と少しずつ扱うようになったそうだ。

実は、二人が知り合ったのは10年以上前。小山さんは当時、新聞記者だったという。「仕事ぶりを見ても分かるように、彼は真面目で熱心。丁寧な放血のせいか、鹿や猪も野趣がきつくないので、和食にも向いていると思います」と岸和田さん。

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小山さん(左)は、新聞記者として宮津支局に配属され、上世屋に魅了された。「狩猟がしたい!」と、2014年に退職して上世屋に移住。18年には解体場を建て、獣肉店としての営業許可を取得した。「岸和田さん(右)は、あの肉をこんな料理にしたで、と試食させてくれるので本当に有り難い」と小山さん。

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左上から時計回りに、鹿肉サラミ(100g)1050円、ハム(120g)1200円、ソーセージ(150g)1050円。鹿(200g)1500円と猪(220g)2000円はしゃぶしゃぶ用薄切り肉。ネット販売のほか、宮津の道の駅などでも購入可。

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『上世屋獣肉店』☎090-6271-1397 ネット販売はコチラ

昔ながらのシンプルな味わいの卵を

「三野(みつの)さんの卵を知ってから、他所のは香りや味が強すぎるように感じられて食べられなくなっちゃって」と岸和田さん。
『幽斎』の朝食で存在感を放つ巨大なだし巻きも、プリンも温泉卵も、確かにとてもあっさりときれいな味わいだった。割ってみると黄身は淡いレモンイエロー。オレンジ色の黄身を見慣れている目には新鮮に映る。

舟屋が並ぶ海際から山の中へ。きれいな川が流れる集落から、さらに山間へ入ったところに『三野養鶏場』の鶏舎がある。

山の小学校の校舎のような木造で、中に入ると茶色い羽の鶏が上下2段に分かれて並んでいる。2000羽ほどいるが、その規模はかなり小さいと三代目の三野牧人さんは言う。
「1棟に約20万羽という大規模な鶏舎も多くて。卵をコンベアで回収できたりと、一人で養鶏ができるように工夫もされているんですよ」。

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「窓から入る自然の風だけで換気しています」という小さな鶏舎。

2000羽の面倒は、家族みんなでみる。エサやりをし、卵を一つ一つ手で集め、パックに詰めて配達する。「夏場は卵を産む鶏が6~7割くらいになってしまうこともあります」。
産み終わった鶏の食肉加工も家内でまかなう。ついでにいえば、鶏のフンは飼料米の栽培用肥料にし、田んぼに還元している。

ここで飼われているのは、“もみじ”と通称される純国産鶏だ。純国産鶏を守っている岐阜県の『後藤孵卵場』から雛(ひな)を仕入れているという。
「国産鶏は絶滅を危惧されていますが、絶対に絶やしたくないと思っています」。

昔ながらのシンプルな味わいの卵を作りたいと、エサの配合も至ってシンプル。非遺伝子組み換えのトウモロコシや米ぬか、自家栽培の米、牡蛎殻、酸化防止剤不使用の魚粉など、安心できるものだけを自家配合している。
黄身の色は、トウモロコシによるものだそう。さらに「米をたくさん混ぜているので、色は薄くなります。採卵率も低くなるんですが、味はあっさりして美味しくなると思う」。三野さんはとつとつと語る。

ここまでこだわるなら、平飼いにしないのは何故なのだろう。
「家の裏で少しやっているのですが…。平飼いの鶏は気持ち良さそうに見えるけど、案外、鶏社会にも色々あって」。強い鶏には最高の環境だが、弱い鶏にはストレスとなることも。ケージの鶏を平飼いに移すとひと月ほど産まなくなったり、逆にするとケージではエサを確実に食べれるので安心して産むようになったりするのだそう。
「どちらがいいのか…」。考え込むように呟く三野さんの生真面目な顔が印象的だった。

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岸和田さんと三野さん(右)。『幽斎』を始めた頃からの付き合いだ。

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1個30円。夏場は卵が小さくなってSサイズ(1個24円)が増える。紙パック代(10個入り)50円。3人の子どもや妹さんの子どもの名前まで入った看板に、家族経営のほのぼの感が漂う。
『三野養鶏場』☎0772-33-0732 https://www.kyoto-yokei.jp/member/sanno/

今回ご紹介したのは、岸和田さんがこれぞと思う丹後の食材のほんの一部だ。
丹後とり貝、ジビエ、卵、鶏肉。どれも丹後の環境に寄り添い、無理のない自然な姿を大事にしつつ、安定供給を考えた食材だったように思う。そして、生産者はみな、気負うことなく淡々と真面目に取り組んでおられる方ばかりだった。

地元の食材だけで料理を仕立てることを、最大のもてなしと考える岸和田さんにとって、大事なのは美味しさだけではない。丹後という土地の歴史や風土を感じさせる、さらにこの地に生きる人の想いも込められた、そんな物語なのではないだろうか。

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