名宿に郷土の幸あり

岡山・奥津温泉猟友会が仕留めるジビエのはなし

岡山県北部。中国山地の山懐に抱かれた静かな温泉郷・奥津温泉。その中で、唐破風(からはふ)の雄壮な屋根が目を引く『奥津荘』は、昭和9年の創業。足元湧出(ゆうしゅつ)の珍しい温泉と、地元産の食材や調味料で仕立てた料理で人気を博しています。冬の名物は、地元の山で仕留められた猪肉のボタン鍋。分厚い脂が素晴らしく甘い猪肉です。この猪を仕留めた名人を含む、奥津温泉猟友会のメンバーに、奥津の山で獲れる猪や鹿のこと、猟のやり方などを聞きました。

文:団田芳子 / 撮影:太田恭史

奥津の冬の食卓には昔からジビエがあった

mei0003-2a

奥津には“足踏み洗濯”という奇習がある。赤い腰巻きにたすき掛けの姐さんが、川辺に湧き出る湯を使って、足で踏み踏み洗濯する別名“洗濯ダンス”は、奥津橋のたもとで観光用に実演されている(3月~12月上旬日曜日不定期)。

この地に湧く温泉の泉質が漂白成分を含み、洗濯物が真っ白になる=入浴すると美肌効果も期待できる美人の湯として知られるのだが、なぜ足で洗う必要があったのか。それは、熊や狼が来ないか見張りながら洗濯するため。そうここは、獣が棲む山の中の温泉地。ジビエなどという言葉を冠することなく、「喰わんがため」の猟が行われてきた土地だ。

「子供の頃から猪肉が好きで、豚汁代わりに猪汁にしたりして、よく食べていました」と、話すのは奥津で生まれ育った『奥津荘』四代目・鈴木治彦さん。
そんな鈴木さんが、「この人が仕留めて捌いた猪が別格に旨い!」と信頼する人がいる。

代々奥津で猟をしている聖岩(ひじりいわ)寛志さん。「ジビエで商売しようとか生計を立てようという考えはない人ですが、奥津温泉猟友会のメンバーは皆、聖岩さんの解体小屋に獲物を持ち込みます」と言うから、中心的存在なのだろう。

『奥津荘』から車で3分ほど山の中へ入った解体小屋を訪ねた。待っていてくれたのは、聖岩さんと他2人のメンバー。

現在、奥津温泉猟友会は17名。「一番若手は30代で、わしらは年金組」と笑う聖岩さん65歳、稲垣 晴(きよし)さん75歳、小田 登さん68歳。皆さん、春から秋は田んぼ仕事をし、稲刈りを終えたら猟師として山へ行くとか。

同猟友会は、この1年で猪111、鹿161を仕留めたのだそう。「筒持った人もおるし、ワナだけの人もおるわ」。筒とは鉄砲のことだ。
「猟にはほぼ毎日行きます。夜が明ける頃から走り回る人もいる。ワナを張っとる人は毎日見にいかなあきません。まぁ、自分の健康管理にもなります。町の人の散歩と同じじゃあ」と皆さん朗らかだ。

聖岩さんは、小学生の頃からお祖父さんに連れられて山へ入っていたと言い、23歳で免許を取得。

小田さんは、サラリーマンをしながらの兼業農家だった30歳の頃、「自分とこの田んぼを猪が毎晩荒らしよってね。自分は追い払うんが精一杯だったけど、知り合いが来てポンと撃って。私の一生懸命作った稲を食った猪を持っていったんですよ。腹立ってね」。一念発起して資格を取得したと笑う。

一番年長の稲垣さんは、「最初は家族を食べさせるため。戦後すぐの、お肉を買う余裕がなかった時代のことです。今は趣味でもありますね」と穏やかに話す。

mei0003-2b左から、『奥津荘』四代目・鈴木さん、稲垣さん、聖岩さん、小田さん。鈴木さんにとっては、「自分が小学生の頃から知ってるオッチャンたち」だ。

 “町民のため”の狩猟

「昔と違って生態系も変わりましたな。15年ほど前からは猪と鹿が増えてね。兵庫県から来たんやろうと思います。今も岡山は西の方に行くと鹿はいないんです」と稲垣さんが言えば、小田さんも、「鹿や猪は、田畑を荒らしよるもんだから、害獣駆除の委嘱状を町からいただいとりましてな。町の人のために頑張っとります」。

毎日、駆除対象の猪、鹿を狩るために山に入る。
正式な猟期は11月15日から2月15日まで。猪は3月15日まで。委嘱状を持つ人は通年、駆除活動が認められている。

mei0003-2c左/町からの害獣駆除委嘱状と、猟友会で仕留めた個体の記録。右/猟友会の予定表。毎日、聖岩さんの解体小屋に集まって、成果を報告し合う。

銃が使えるのは、日の出から日の入りまで。人家から離れたところでと決まっている。奥津温泉猟友会ではワナを使う人が多いらしい。

「これです」と見せてくださったのは黒い箱型のワナ。「私らは弁当箱と呼んでます」。猪の通り道に仕掛け、落ち葉などで隠す。通り道は長年の勘で分かるという。「餌付けすることもあるし、雪が降ったら、雪の少ないところへ移動しよるからその通り道に仕掛けるんです」。

弁当箱の上を猪や鹿が歩くとワナが作動する。「例えばこの棒を猪の足だとします」と、弁当箱の上で棒をぐっと押すと、途端にバチンッとワナが棒を噛み、ワイヤーが締まる。ワイヤーの先は近くの木の幹などに通されていて、獲物は逃げられない。

「向こうも必死だし、賢いからスッと足を引き抜きよる。逃していることもありますよ」。
「ワナに掛かっとったら皆で出掛けていきます」。電気ショックや槍で仕留め、心臓に近いところをナイフなどで切ってすぐさま放血処理し、解体小屋へ運び込む。協働作業だ。

「魚と同じで、いかに早く血が抜けるかで美味しさが変わるんです。害獣ですからね、駆除したら町民のためになりますから、一頭でも多くと、やっとるんです。ま、食べたら美味しいんだけどね」と聖岩さんが笑う。

mei0003-2dこれが通称・弁当箱。確かに大きな弁当箱のようなワナだ。バネ仕掛けで、獲物が上を歩くと足を捕らえる。

mei0003-2e “弁当箱”を落ち葉で隠しておき、獲物が上を歩くと、このように足を捕らえられる。

mei0003-2f下が電気ショックを与える道具。上は槍。共に長い柄が付いていて、離れて仕留めることができる。

猪肉の味は脂の質で決まる

「極寒の中で取る猪が旨いね」「南と北で脂が違うんですよ。脂の層が厚いほど旨い」と、ひとしきり味談義。猟師さんは、どんな風に食べているのだろう。
「まぁ鍋が多いね。昆布だしに味噌と醤油で味付けしてね。猪の鍋は大根が合うね」「うん大根が美味しい時期じゃしね」。

取材班は、昨夜『奥津荘』でボタン鍋をいただいている。
「こんなお肉でした」と、ボタンの花のように美しく盛られた猪肉の画像を披露すると、「おおー!こりゃ極上品じゃぁ」と稲垣さん。

『奥津荘』の猪肉は聖岩さんが仕留めたものだ。
「晩秋から12月いっぱいに獲った中から、これは、という絶対の自信を持って出せるものだけ持っていきます。そうやな、年間4~5頭でしょうか」。

“これは”という上質なものとは。
「腹を割って内臓を出す時にいいかどうか分かります。まず脂を見ますね。厚みと輝き。それから赤身の色。これまで一番ええのは、脂の厚みが10㎝以上ありました」。

普通は、3歳以上で50~60㎏が、美味しいサイズだという。
「見た目はよぉないけど、赤身がどす黒いのも食べたら旨みがある。若い猪はピンク色できれいけど、味は淡泊やな」と稲垣さん。
「オスはシワイ(硬い)わな。けど、少し年取ったオスの方が味があって好きと、通の人はいうね。メスは肉質がやらかいで食べやすいわ」と小田さん。

「発情期に入ってホルモン分泌が盛んになると、肉に臭みが入る気がします」とは、『奥津荘』の鈴木さん。「こういう説明をせずに流通するから、ジビエの印象が悪くなる。放血処理、肉の保存など、正しく提供できる人が増えれば、もっと食べてもらえると思うんです」と、猪好きの鈴木さんは力を込めて話す。

mei0003-2g『奥津荘』で供するのは、聖岩さんが晩秋に仕留めた猪肉だけ。奥はロース、手前は小猪のスペアリブ。

獲れたら食べる、山の流儀

聖岩さんは、平成21年に食肉販売、加工場の許可を取得しているが、その期限は令和9年。「そこまでで、もうやめようかと思っとります」と仰る。彼の技術の後継者はまだ見つかっていない。猟師の後継者不足は奥津に限ったことではないだろうが、今後はどうなってしまうのだろう。

「東北の宿仲間がうちで聖岩さんの猪肉を食べて感動して。頼まれて数軒に送ってもらっているので、うちも困るけど、彼らも困りますよね。青森では、猟師さんたちに使ってもらえる解体場を宿が開設したという話も聞きました。僕もやらなければならないかもしれません」と鈴木さん。

ジビエが都会の料理屋でご馳走の一つとなって久しいが、そもそもは野生の肉。自然相手ゆえに家畜と違って安定供給は難しい。食べるために獲るのではなく、獲れたら美味しくいただく。それが流儀なのだ。

使い手には、こんな山の事情も知っておいてほしいと思う。

mei0003-2h聖岩さんの解体小屋にある冷凍庫には、獲った日付とオスメス、部位が記された肉塊が。その中から特に上質のものだけが届く『奥津荘』では、併設の倉庫に肉専用の業務用冷凍庫があり、-27℃で保管。ロースやバラ、モモ肉などほぼ一頭分をもらうので、ボタン鍋には通常、いろんな部位を使って様々な味を楽しんでもらっているとか。

mei0003-2i聖岩さんの猪肉は、『奥津荘』から徒歩すぐの『道の駅 奥津温泉』にて販売中。常時あるわけではないので、必ず問合せを。発送も可能だ。この日の猪肉は1パック(180g)1000円。
『道の駅 奥津温泉』岡山県苫田(とまだ)郡鏡野町奥津463 ☎0868-52-7178 https://okutsu.org/

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事名宿に郷土の幸あり

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です