和歌山・有田で創業130年を数える隠れ湯『栖原(すはら)温泉』の地産の料理
和歌山市から少し南下した有田は、ミカンの里として有名。そのミカン山の中に隠れ湯『栖原温泉』はあります。「ウチのミカン畑にあった井戸の一つが冷泉だと分かって」、温泉宿を始めたのが明治25年。昭和の時代は、釣り客相手の宿だったのを、五代目となる当代が食事をメインにしたいと料理宿へとシフト。建物も徐々にグレードアップしました。“醤油のふるさと”とされる湯浅(ゆあさ)の重要伝統的建造物群保存地区は車で5分の距離でもあり、ミカン、クエ、醤油を3本柱に、今や「天然のクエを食べるなら『栖原温泉』」と知る人ぞ知る存在。そんなお宿の夏の顔としてユニークなナスの料理があると聞き、訪ねました。
モダンな隠れ宿で地の食材を
ミカン山と民家ばかりの長閑(のどか)な風景の中に、黒壁のモダンな外観が目を引く一軒宿。2022年11月に130周年を迎える。五代目・千川久喜(ちかわひさき)さんが継いで以来、リニューアルを重ね、客室は徐々に減らして、部屋風呂を備えた和洋室や、テラス付きの広々とした客室などで限定5組のみを迎える。
左/客室「晃(てる)の間」。温泉を引いた風呂とテラス付き。漆塗りの床と左官の技が映える壁がおしゃれ。右/「灯(あかり)の間」。無垢のヒノキや杉が美しい和洋室。
温泉は今も家の裏からこんこんと湧き出ている。「芯から温まる」と好評だが「湯殿も早く改装したいんです」と千川さんは静かに意欲を燃やしているようだ。
食事処は、2022年5月、完全個室のしっとりと落ち着いた空間へと改装したばかり。かつては、地元の20人ほどの団体利用もしばしばあったが、20人以上になると納得のいく料理が出せないと、思い切って8人までの個室のみとした。
完全個室の食事処。土壁と無垢の木肌がしっとりとした風情を作る。以前は掘りごたつ式だったのをすべてテーブル席に。
数年前に、息子の晃矢(てるや)さんが、大阪は河内長野の名店『日本料理 喜一』で3年の修業を終えて戻ったことも、宿に勢いをもたらしているよう。
父(右)189㎝、息子182㎝、長身の千川親子。
仲良し親子が力を入れる料理は、「できる限り地産地消で」と、魚介は湯浅湾に揚がる怪魚・クエをはじめ、天然ものにこだわる。
地元の人が、「発祥の地」と自負する湯浅の醤油は、醸造元の個性を知った上で使い分けたりブレンドしたりと、工夫を凝らして使う。
さらに、和歌山の伝統野菜に出合って、夏の一品に湯浅なすが加わったという。
伝統野菜・湯浅なすの“可愛さ”を生かして
湯浅なすとは聞きなれない名だと思ったら、「13年前に復活した和歌山伝統野菜なんです。僕も10年前に初めて知りました」と千川さん。
実は、地元の名産として名高いおかず味噌・金山寺味噌に欠かせないナスだったらしい。
コロンと丸い姿が可愛らしく、実は大変緻密で、炊き込んでもしっかりしている。だからこそ、金山寺味噌として数カ月熟成させても、ナスとしての存在感を残していたという。
茄子紺が艶めく湯浅なす。1個300~400g。ずしりと持ち重りがする。丸っこい形がキュートだ。
ところが、農家にとってより作りやすい千両なすにお株を奪われ、一旦はほぼ姿を消した。それを地元有志が復活させたという。
「夏の一時期、ここにしかない伝統野菜。絶対使いたい! と思って、料理を工夫しました」と千川さん。
蓋に茄子紺の色味を残してお披露目する茶碗蒸し。具は赤イカとくり抜いたナスの身。上に小エビと枝豆を彩りに散らして。「器までオール地元産です」と千川さん。地元の作家さんに夏の器として作ってもらった皿に。
夏のコースに必ず組み込んでいるのが、茶碗蒸し。「まん丸な可愛い形を生かしたくて」、身をくり抜いて器に仕立てた。他のものに比べて実が硬めであるから成せる調理法だ。
冬場に、大ぶりな柑橘・三宝柑(さんぽうかん)を器にした茶碗蒸しが名物料理となっているが、その対になるものを、という意味もある。
ナスは300gのサイズを仕入れる。くり抜いたナスの身は揚げて、昆布カツオだしに醤油を少々加えた地に10~20分漬け込む。「ナスから出る水分で茶わん蒸しの味が薄まってしまうので」と。湯浅なすだから必要な仕事だが、「何といっても珍しいナスなので」と手間は厭わない。
揚げたナスの身は、茶わん蒸しの中でトロトロと蕩けて優しい味わいだ。
皿の上で安定させるため、ヘソと呼ぶ底の部分を切り落とし、上部はフタに利用。身はペティナイフで皮の内側に一周切れ目を入れ、中央に十字に切れ目を入れて、あとはスプーンで側面を破らないように注意しながら身を取り出す。
このくり抜いた身が余ってもったいないので、まかないで食べていた湯浅なすご飯も、出してみるととても好評だとか。三角や四角のコロコロとしたナスの身を甘辛い丼地で炊き、卵でとじて、白いご飯にのせたもの。茄子丼といった感じだが、存在感のある湯浅なすだからか、とろりと甘くてお代わりしたくなるほど美味。
湯浅なすご飯は、畑でもらったナスの葉をあしらって。木ノ芽、ミョウガ、三ツ葉を散らして、まかないから生まれた一品とは思えない品の良い仕立てに。
発祥の地の自負を込めた醤油アレンジ
他の夏のお料理を数品ご紹介しよう。
先付は、鱧と素麺。鱧の骨を焼いて取っただしにスダチを搾って、マスカット、玉ネギ、冬瓜、パプリカでカラフルに飾る。暑い時季の爽やかなスターターだ。
造りには、前の海から揚がったクエと太刀魚、赤イカを盛り込んで。「クエは3㎏の小さいサイズです」と言うが、さすがの前もの。しっかりとコラーゲンを蓄えているようで、プラチナ色に輝いており、独特の食感と共に甘く蕩ける。これをオリジナルの醤油塩パウダーでいただく。
冬季のみの寒造りを守り、昔ながらの手作りを続ける地元湯浅の醤油蔵『角長(かどちょう)』の粉末醤油に、「隣の広川町で海水を濃縮して作っている稲むらの塩(則岡醤油醸造元)」を炒ってブレンドしました」というパウダー醤油塩が香ばしくて旨い。
このほかに、泡醤油とブレンド醤油も添える。「せっかく醤油の町にいるんだから」と千川さんは、地元の様々な醸造元から発売されている種々の醤油を片っ端から味見したとか。その中から、泡醤油には、『角長』と『カネイワ』をブレンド。「主張の強いのと甘みのあるものを合わせて程よくしています」という。
左/手前がクエ、角皿に炙った太刀魚、赤イカ。右/泡醤油と醤油パウダーに炒った塩をブレンドした粉醤油塩を造りに添える。
椀物は、焼いた太刀魚と南京の茶巾絞りを椀種にしたオクラのすり流し。ふくよかな太刀魚の身は、海のそばの宿でいただく醍醐味を感じさせる。
海のものに加えて珍しい伝統野菜も登場。さらに醤油の町の宿としての面白味がこの宿の料理の個性を形作る。
左/木箱に氷を敷きつめてガラス器で供する先付。鱧だしにスダチを搾って、一口の素麺を。マスカットの清涼感が心地よい。右/太刀魚と南京の茶巾絞り、オクラのすり流し。和歌山でたった一人の蒔絵師による夏用のお椀は、花火が鮮やかに描かれている。
平成29年「最初の一滴 醤油醸造発祥の地 紀州湯浅」と日本遺産に登録された重要伝統的建造物群保存地区。歩けば香ばしい醤油の香りが漂う。造りを盛り込んだ角皿にもこの風景が描かれている。
【住所】和歌山県有田郡湯浅町栖原1363
【電話番号】0737-62-2198
【営業時間】in15:00~18:00、out~10:00
【定休日】水曜
【お料理】1泊2食18700円~。※入湯税150円、サービス料5%別。
https://suharaonsen.com/
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