おいしさの科学

タンパク質の変性は料理にどう影響する?

生卵から温泉玉子や茹で玉子を作ったり、肉を焼いてステーキを、魚のすり身からかまぼこを作ったり。これらは、食材の形状や食味を変えるために行われる調理です。この状態の変化に関わっているのが、「タンパク質の変性」。そのメカニズムや具体例、「おいしさ」にどう作用しているのかを解説します。


釜阪 寛(ひろし)さん:1964年生まれ。神戸大学農学部卒業後、1989年江崎グリコ株式会社入社。菓子開発研究室の焼き菓子チームに3年在籍した後、生物科学研究所で食品の新しい素材・技術開発を行う。健康科学研究所に名称変更した後、カルシウム、主に「お口の健康」の研究に携わる。2022年4月より甲子園大学 栄養学部 食創造学科教授に。同大学の学長である伏木 亨氏と共に食品の嗜好性の研究を行う。農学博士。

聞き書き:阪口 香 / 撮影:岡森大輔

目次


タンパク質の変性の基礎知識

昨今、健康や美を意識してタンパク質含有量が多い食品を積極的に摂取する方が増えてきました。髪のツヤや肌のハリ、筋肉の増加に関係することが周知されてきましたね。

生卵やお造りなど生食しておいしい食材もありますが、多くの場合は加熱などの調理を行います。食べやすさやおいしさ、新たな食品を生み出すために調理を施しますが、その際、食品内では何が起こっているのでしょうか。今回はその際に大きく関わる「タンパク質の変性」のメカニズムを解説します。

タンパク質の変性とは何か

まず、タンパク質の変性について教科書的な説明をすると
【さまざまなアミノ酸が水素結合・イオン結合・疎水結合などによって立体構造を形成し、それがいくつも集まった複合体=タンパク質が、加熱や凍結、強い攪拌といった物理的要因、酸やアルカリ、金属イオンなどの化学的要因によって立体構造が変化し、形や性質が変わること】
です。理系科目を履修されてない方にはチンプンカンプンだと思います。

簡単に言うと、複数の分子によって構成されているタンパク質を加熱したり、酸などの刺激を与えると、その構造が崩れ、硬くなったり、凝固したりするということです。

料理に利用した例をいくつかご紹介します。

加熱によるタンパク質の変性

・生卵を熱して、温泉玉子や茹で玉子を作る
・肉を短時間、強火にかけることで表面を焼き固める。その後、弱~中火で中心部の弾力をコントロールする
・豆乳を温めることで湯葉を作る/牛乳を温めると表面に膜ができる
⇒表面の水分が蒸発する時に、脂肪とタンパク質が濃縮されて膜状に固まる(ラムスデン現象という)

玉子料理 

凍結によるタンパク質の変性

・豆腐を凍結後、乾燥させて凍り豆腐(高野豆腐)を作る
⇒豆腐を最大氷結晶生成帯(食品を凍らせる際に氷結晶が大きくなりやすい温度帯:一般的には-1~-5℃)に長時間おくことで細胞が壊れ、キセロゲルと呼ばれる海綿(スポンジ)状の組織ができる。
・テングサなどの海藻を煮出した液を冷やして固めて「ところてん」にし、凍結と解凍を繰り返して寒天を作る

酸やアルカリによるタンパク質の変性

・鯖を酢(酢酸)に浸け、〆鯖(きずし)を作る(身が締まる)
・牛乳に乳酸菌を加えて発酵させ、ヨーグルトを作る
⇒乳酸菌が牛乳中の乳糖を分解し、乳酸を作ることでタンパク質(カゼイン)が酸凝固し、沈殿する
・アヒルの卵を木炭や灰、塩などと一緒に粘土で包んで発酵させ、皮蛋(ピータン)を作る
⇒殻を通して徐々にアルカリ性の作用が浸透。白身の部分が真っ黒、黄身がグレー廣に変化し、独特の風味が生まれ、保存食にもなる

しめ鯖撮影/竹中稔彦

電解質(イオン)によるタンパク質の変性

・豆乳ににがり(塩化マグネシウム)や硫酸カルシウムを加えて豆腐を作る
⇒豆乳は、水への溶解性の高い物質(親水コロイド)が浮遊している液体。多量の電解質を加えると、コロイドの周りの水分子が取り除かれ、タンパク質が凝縮・沈殿する(塩析という)
・牛乳に凝乳酵素(レンニン/キモシン)を加えてチーズを作る
⇒牛乳は、水への溶解性の低い物質(疎水コロイド)が浮遊している液体。少量の電解質を加えると、コロイド表面の電荷を打ち消し、固まって沈殿する(凝析という)


タンパク質の変性による効果

タンパク質を変性させたものとさせていないものを比べた時、食味以外に、消化のしやすさにも違いがあります。タンパク質を変性させているということは、上でお伝えしたようにタンパク質を形作っていた構造が崩れるということ。その方が消化酵素による分解がしやすいのです。

タンパク質が変性していない食物は、胃の中の胃酸によって初めてタンパク質の変性、分解が起こります。口に入る前から変性している方が身体への負担が少なく、栄養を効率的に吸収できる、と言うことができます。


肉や魚の筋肉を構成するタンパク質

肉や魚の筋肉は、肉基質タンパク質、筋形質タンパク質、筋原線維タンパク質の3種類の筋肉タンパク質から構成されています。これらは加熱調理によって変質や収縮をし、肉質が硬くなる原因となります。

以下に、それぞれの性質をまとめました。

筋肉タンパク質の種類 特徴 加熱すると 種類 性質 肉と魚に含まれる割合
肉(筋)基質タンパク質 硬さに影響する ちぢまる(小さくなる) コラーゲン・エラスチン 溶けない 肉:約20%
魚:約5%
筋形質タンパク質 タンパク質分解酵素を含む かたまる ミオグロビン 水に溶ける 肉:約30%
魚:約30%
筋原線維タンパク質 弾力のもとになる かたまる・ちぢまる(小さくなる) アクチン・ミオシン 塩に溶ける 肉:約50%
魚:約65%

「肉と魚に含まれる割合」はあくまでも目安。肉や魚の種類によって、それぞれの含有量は異なります。


肉のタンパク質の変性

肉に含まれる筋肉タンパク質は、主に筋原線維タンパク質のアクチンとミオシン。
加熱することでそれぞれの立体構造の結合がほどけ、別の分子とくっつき、硬化・離水(肉汁が外に出ること)します。

肉のタンパク質の変性温度

アクチンは50℃、ミオシンは70~80℃で凝固を始めます。コラーゲンは60~65℃で収縮して弾力性が低下。70℃以上になると分解され、ゼラチン化により軟化します。

一般に、ステーキの焼き加減としてベリーレアは45℃程度、レアは50~55℃程度、ミディアムは60~65℃程度、ウェルダンは70℃程度(いずれも肉の中心温度)と言われています。しかし、それぞれの筋肉タンパク質は肉の種類や部位によっても含まれる量は異なり、そのおいしさを引き出す方法は100を超えると言われる奥深い調理技術。以前、「WA・TO・BI」でもプロによる肉の火入れが取り上げていましたので、こちらもぜひ参考にしてみてください。

スチームコンベクションとフライパンを利用した赤身肉のローストビーフの火入れ

赤身肉のローストビーフ撮影/北尾篤司

スチームコンベクションとフライパンを利用した鶏ムネ肉の火入れとフライパンのみで仕上げる鴨ロース肉の火入れ

鶏むね肉と鴨ロース肉撮影/北尾篤司


魚のタンパク質の変性

魚に含まれる筋肉タンパク質も、筋原線維タンパク質が多いのですが、白身や赤身、青魚など、種類によって含有量はかなり異なります。

魚のタンパク質の変性温度

肉基質タンパク質が多いのは、カレイやキンキ。40℃くらいから収縮を始め、その後、分解して溶けます。煮付けなど、箸でほぐしながら食べる調理に向いてます。
筋形質タンパク質が多いのは、カツオや鯖など、血液筋が多い魚。65℃以上でタンパク質が凝固して硬くなり、温度の上昇と共に凝集が進みます。硬く均一に固まりので、カツオ節や鯖節、マグロ節、イワシ節といった「節」加工が可能です。
筋原線維タンパク質が多いのは鯛やタラ、ヒラメなどの白身魚。筋繊維が太く、もろく、崩れやすいですが、塩を加えて加熱すると決着力が強まるので、練り物に向いています。

練り物は、筋肉タンパク質を上手く利用した食べ物

魚肉を主原料に、すりつぶして調味料や補強料などを加えて練り、加熱して作る練り物。

ポイントは筋原線維タンパク質を多く含む魚を使うことと、水洗いで筋形質タンパク質を取り除くこと。筋形質タンパク質には白さを阻害する物質・加熱時にゲル形成を抑制する物質が含まれています。水溶性ですので、水で洗い流すことができます。

筋原線維タンパク質を多く含む魚は塩溶性で、塩を加えてすり混ぜるとアクチンとミオシンが溶出して互いに絡み合います。成型して加熱すると水を抱えたまま凝固し、網目構造を形成。練り製品特有の弾力「足」が生まれます。グチ、エソ、ムツなどの白身魚、特にスケトウダラが向いています。

練り物はタンパク質を変性させた食べ物の中でも利点が多く、アミノ酸スコアが高い(優良なタンパク質であるということ)上、体内での消化吸収が他の動物性タンパク質よりも高いとされています。
カマボコやちくわ、さつま揚げ、真丈など。ぜひ積極的に食べたい食品です。

練り物が入ったおでん鍋撮影/竹中稔彦

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